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プレスリリース

深層学習を用い、粒子線照射即発X線実測データから正確な線量画像の生成に成功 ~粒子線がん治療への応用に期待~

掲載日:2020年6月4日更新
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 名古屋大学大学院医学系研究科 総合保健学専攻の 山本 誠一 教授、矢部 卓也 大学院生、量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所の 山口 充孝 主幹研究員、河地 有木 プロジェクトリーダー、兵庫県立粒子線医療センターの 赤城 卓 博士、University of California, Davis(カリフォルニア大学デービス校)の Chih-Chieh Liu(チー・チェ リュー)博士、国立台湾大学のHsuan-Ming Huang(シュアン・ミン ファン)教授は、粒子線がん治療に用いる炭素線注1)を照射したときに生じる即発X線画像注2)に対して、深層学習(注3)を用いることにより、正確な線量画像注4)を生成することに成功しました。

 患者に入射した粒子線がん治療ビームの飛跡を治療中にモニタリングすることは、ビームが患者の腫瘍に正しく照射されていることを確認するために、粒子線治療の現場で切望されています。これまでに我々が開発してきた放射線画像化装置を用いた即発X線撮像法は、炭素線の飛跡を画像化できる画期的な手法ですが、得られた画像は実際の線量画像と一致しないという問題点がありました。この問題点を解決するために、今回、日本、米国、台湾の研究者が協力し、深層学習を用いて、ビームの飛跡から正確な線量画像を生成することを試みました。量研が計算で即発X線画像と線量画像を高速に作成する方法を考案し、作成した大量の学習用データを、UC Davisが提案した深層学習アーキテクチャに学習させた結果、高い空間分解能で、かつ鮮明な線量画像を生成することに成功しました。

 今回の成果は、即発X線画像化法に深層学習を組み合わせることにより、飛程のみならず線量分布を得ることが可能であることを示しました。今後、さらに最適化を図り、放射線画像化装置に組み込み、治療現場への普及を目指していきます。

 本研究成果は米国医学物理学専門誌であるMedical Physics誌に掲載されました。

ポイント

  • 日本、米国、台湾の研究者が協力し、粒子線治療における即発X線撮像法で得られた画像から、深層学習により線量画像を得ることに成功した。
  • 即発X線画像から深層学習による線量画像を得ることを可能にするために、効率的に学習データを作成する方法を考案した。
  • 深層学習を用いることにより、実際の即発X線撮像法で得られた測定画像から、短時間で、鮮明で高い精度の線量画像を得ることができることを実証した。

背景

 粒子線がん治療は、効果の高い放射線治療法ですが、治療ビームの体内飛跡や到達位置を非侵襲的にその場で画像として得られれば、治療計画どおりに照射が行われたかどうかを照射中に確認できる可能性があります。そのため、治療ビームを粒子線照射中に画像化する手法の研究開発が世界各国で精力的に進められています。

 これまでの研究により、量子科学技術研究開発機構の山口主幹研究員らが考案した粒子線照射生成即発X線画像化法を、山本教授らが開発した放射線撮像装置で画像化することで鮮明な画像が得られるようになり(図1)、改良を重ねることで粒子線治療の現場で利用できる水準にまで画質を高めることができました。

粒子線を照射したときに生じる即発X線を開発した放射線撮像装置で画像化する方法の模式図

図1     粒子線を照射したときに生じる即発X線を開発した放射線撮像装置で画像化する方法の模式図

 しかし、粒子線を照射したときに生じる即発X線画像から到達位置を計測することは可能になりましたが、その分布が照射した放射線の線量とは異なるという問題点がありました。また、測定時間などの制約から、測定される画像は比較的統計的雑音が多いという問題点もありました(図2)。一般的な画像処理法を用いることで、画質をいくらか改善出来ましたが、精度良く到達点を求めるためには不十分であり、また得られたX線画像から線量分布を得ることは不可能でした。

 

炭素線を上方向からみた図

図2        炭素線を上方向から水に照射したときに生じる即発X線測定画像。3種類の異なるエネルギーの画像を示す。

 

 今回、本研究グループは、深層学習を用いれば、正確にかつ効率的に、粒子線を照射した時の即発X線測定画像から線量画像が生成可能ではないかとの着想に至りました。しかし深層学習を用いた線量画像推定を実現するためには膨大な数の学習データが必要になり、実測で画像を得ることは極めて困難でした。この問題点を解決するために、量子科学技術研究開発機構の山口主幹研究員らは、計算により高速で即発X線画像と線量画像を作成する方法を考案し、深層学習のために短時間で10,000対の画像データを作成することに成功しました。この膨大な画像データをUC DavisのLiu研究員らがDouble U-Netと呼ばれる深層学習アーキテクチャに学習させ、測定データを入力することで線量画像を生成することを可能にしました(図3)。このアルゴリズムでは測定画像から線量画像を生成するのみならず、生成した画像からさらに高分解能の画像を生成できるように2段階の深層学習を行いました。

粒子線を照射した時の即発X線測定画像から高分解能な線量画像を生成するDouble U-Net深層学習アーキテクチャ

図3        粒子線を照射した時の即発X線測定画像から高分解能な線量画像を生成するDouble U-Net深層学習アーキテクチャ

 学習させたDouble U-Net深層学習アルゴリズムに、実測した3種のエネルギーに対する炭素線照射即発X線画像(図2に示した画像)を入力して得られた出力画像は、入力画像とは全く異なり、線量分布に比例した画像を得ることができました(図4)。得られた線量画像は空間分解能が非常に高いうえに、実測画像で観察された統計雑音が無くなり、極めて鮮明な画像になりました。今後、臨床測定での応用が期待されます。

炭素線を照射にした時の即発X線の測定画像を入力し、Double U-Net深層学習を用いて生成した3種のエネルギーに対する線量画像

図4        炭素線を照射にした時の即発X線の測定画像を入力し、Double U-Net深層学習を用いて生成した3種のエネルギーに対する線量画像

成果の意義

 今回の研究により、粒子線照射即発X線画像化法で得られた画像から鮮明で精度の高い線量分布を得ることができるようになりました。この手法は、即発X線画像化装置と組み合わせ、粒子線治療の現場で利用できます。今後、臨床現場での利用を目標に、製品化を進め広範な普及を目指します。

用語説明

注1)炭素線:粒子線を加速し、患者の腫瘍に照射することで治療を行う放射線治療に使われるビームの一種。線量を腫瘍に集中して与えることができるため、治療効果が大きい。

注2)即発X線:粒子線は標的内を通り過ぎるときに原子の中の電子をはじき飛ばしながら進みます。このはじき飛ばされた電子が、近傍にある原子の原子核の電場によって、急激に減速もしくは進行方向を曲げられた時に瞬時に電磁波(X線)を放射します。ここでは、この電磁波を即発X線と呼んでいます。本研究では、この即発X線を計測することでビームの飛跡を画像化します。

注3)深層学習:脳を構成する神経細胞のネットワークを単純化して計算機上に構築したものを「多層化人工ニューロンネットワーク」と呼びます。多層化人工ニューロンネットワークは適切にトレーニングすることで、複雑な問題を解くことが出来るようになります。この多層化人工ニューロンネットワークを効率よくトレーニングし、様々な問題に対応できるように開発された一連のアルゴリズムのことを「深層学習」と呼びます。

注4)線量画像:粒子線治療では、患者に粒子線を照射したときにどの部分にどの程度の放射線の影響があるかを知った上で粒子線を照射し治療を行う必要があります。この放射線を照射された対象が受ける作用の大きさを示す量を線量といい、作用の大きさを表す画像を線量画像と言います。線量画像は、通常は計算により求めます。

論文名(関連成果 1)

雑誌名:Medical Physics(米国医学物理学専門誌)

論文名:Dose image prediction for range and width verifications from carbon‐ion induced secondary electron bremsstrahlung X‐rays using deep learning workflow

著者:Mitsutaka Yamaguchi, Chih-Chieh Liu, Hsuan‐Ming Huang, Takuya Yabe, Takashi Akagi, Naoki Kawachi, Seiichi Yamamoto(山口 充孝、Chih-Chieh Liu、Hsuan-Ming Huang、矢部 卓也、赤城 卓、河地 有木、山本誠一)

DOI:doi.org/10.1002/mp.14205