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プレスリリース

一瞬で超高線量の放射線をがんに照射するFLASHではどうして副作用が抑制されるのか?―その要因と考えられている現象を放射線化学的実験で初めて明らかに―

掲載日:2020年10月27日更新
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発表のポイント

・従来の治療照射の線量率1)(0.03 Gy/s程度)に比べて1000倍以上と極端に高い線量率(> 40 Gy/s)で照射する高線量率照射(FLASH)では、従来よりも副作用が抑制され、より安全な放射線治療に繋がることが期待されており、そのメカニズムの一端を初めて実験的に明らかにしました

・陽子線照射により水中で発生するラジカル2)と溶存酸素による反応がFLASH条件では大幅に低下することを実験で確認しました

・FLASHで副作用が抑制される要因として考えられている、放射線の飛跡近傍3)の急激な低酸素化を実験的に示しており、この知見は今後のFLASHによるがん治療法の進展に大いに活用されることが期待されます。

 

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」)量子医学・医療部門高度被ばく医療センター計測・線量評価部の楠本多聞博士研究員、小平聡研究統括らの研究グループは、従来の治療照射に比べて極端に高い線量率を一瞬でがんに照射するFLASHで副作用がより抑制される要因として考えられている「放射線の飛程近傍の急激な低酸素化」を初めて実験的に示しました。

 陽子線や炭素線を用いた粒子線がん治療4)では、粒子線が腫瘍部に線量を集中的に付与するという特徴を利用することで、がん細胞を集中的に死滅させることで治療を行います。現在、この特長を更に際立たせ、副作用である正常組織への障害をより一層軽減することを目指した様々な研究開発が進められています。

 近年、これまでの照射線量率(0.03 Gy/s程度)よりも1000倍以上の極端に高い線量率(> 40 Gy/s)で放射線を照射することで、腫瘍については通常の治療と同等の効果を得ながら、副作用を抑制可能であることが細胞や動物を用いた実験で確認されています。一瞬で放射線を照射する様子から、FLASH(フラッシュ)と呼ばれ、世界的に大きな注目を集めています。FLASHで副作用が抑制される要因として、放射線の飛跡近傍の低酸素化であることがコンピューターシミュレーションや細胞実験によって示唆されていましたが、それを実験的に明らかにした例はこれまでにはなく、本研究グループが世界で初めて明らかにしました。

 本研究では、クマリン-3-カルボン酸(C3CA)と呼ばれるOHラジカルと反応すると蛍光を発する水溶液に陽子線を照射しました。照射後にこの蛍光量を測定した結果、通常の線量率での照射と比べてFLASH照射では蛍光量が1/3と少なくなりました。この蛍光量は酸素が関わる反応と関わらない反応の2つの反応を検出します。FLASHでは一瞬の照射の間に水溶液中に陽子線の飛跡が密に存在し、飛跡近傍の酸素分子は他の水の放射線分解生成物(水和電子や水素ラジカル等)との反応で先に使われてしまいます。このため酸素分子が介在したOHラジカルとの反応で生成する蛍光量が大きく減少したと考えられます。これはFLASHによるがん治療で見られる副作用の抑制効果に繋がると考えられている粒子線の飛跡近傍の低酸素化が起きている事を実験的に示した重要な知見です。放射化学的な視点からFLASHで副作用が抑制される効果の作用機序を実験的に明らかにできれば、臨床で得られた結果を理解するための助けになるだけなく、治療計画時の臨床効果を推定する計算プログラムに実装するなどにより、FLASHによるがん治療の進展につながると期待されます。

 本成果は化学研究分野において権威ある英国王立化学会の「RCS Advances」オンライン版に10月27日(火)18:00(日本時間)掲載予定です。

研究開発の背景と目的

 放射線がん治療は、「生活の質(QOL: Quality Of Life)」を損なうことなく、高い治療効果を得ることができる治療法です。特に陽子線や炭素線を利用する粒子線治療の広がりは世界的に見ても顕著であり、量研の重粒子線がん治療装置HIMACを用いた治療件数は2020年3月の時点で12000件を超えています。粒子線がん治療では、粒子線のブラッグピーク5)付近を腫瘍部に合わせることで、一般的なX線治療に比べると腫瘍により線量を集中させて治療をおこなうことができます。現在、この特長を更に際立たせ、正常組織へのダメージをより一層軽減することを目指した様々な研究開発が進められています。

 放射線治療における細胞へのダメージの一因にはOHラジカルの生成があると考えられています。粒子線が生体に入射すると、その飛跡に沿って細胞内の水分子と反応することで活性酸素種のOHラジカルが発生します。OHラジカルとDNAが反応するとDNAが損傷し、その損傷は周囲の酸素分子と反応することで固定化されてDNA修復ができません。結果として酸素が供給されている正常細胞の場合は副作用になると考えられています。

 近年、通常の治療線量率(0.03 Gy/s程度)より1000倍以上も極端に高い線量率(> 40 Gy/s)で放射線を照射することで、通常の治療と同等の効果を得ながら副作用を抑制できることが細胞や動物を用いた実験で確認されています。瞬間的に放射線を照射する様子から、FLASH(フラッシュ)と呼ばれており、オランダのフローニンゲンの陽子線治療センターでは陽子線を用いたFLASH陽子線治療の臨床研究が始まるなど世界的に大きな注目を集めています。

 FLASH照射では陽子線の飛跡近傍の領域が低酸素化することがコンピューターシミュレーションや細胞実験によって示唆されていました。このことで正常組織では副作用が抑制され、一方最初から低酸素状態にあることが多い腫瘍ではFLASH照射でも効果が変わらないと考えることができます。但し、この飛跡近傍での低酸素化を実験的に明らかにした例はこれまでにありませんでした。そこで本研究では、その現象を実験的に確認することを目的としました。

研究の手法と成果

 実験にはクマリン-3-カルボン酸(C3CA)水溶液を用いました。C3CA水溶液に放射線を照射すると水分子が分解されて、その飛跡に沿って局所的にOHラジカルが生成され、C3CAと反応して蛍光性の7ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸(7OH-C3CA)が生成されます。

 7OH-C3CAを生成するための経路は主に2つ考えられます。1つ目はOHラジカルがC3CAと付加したC3CA-OH同士が不均化反応6)する経路(経路A)で、もう1つはC3CA-OHと酸素分子との反応による経路(経路B)です。経路AはC3CA水溶液中で一定の割合で起こる反応であり、周囲の環境や線量率には依存しません。一方で、経路Bは水溶液中の酸素濃度に大きく依存します(図1)。

 C3CAがOHラジカルを捕捉して蛍光性の7OH-C3CAが生成される経路

図1. C3CAがOHラジカルを捕捉して蛍光性の7OH-C3CAが生成される経路

 実験では、200 μLのC3CA水溶液に量研が所有する大型サイクロトロンで加速した陽子線(30 MeV7))を様々な線量率(0.05~160 Gy/s)で照射し、7OH-C3CAの生成量を高速クロマトグラフ装置に接続した蛍光分光光度計8)を用いて定量測定しました。この時の照射量は全て同じになるように揃えました([照射量]=[線量率]×[照射時間])。

 その結果、通常の線量率での照射と比べてFLASH照射では7OH-C3CAの収率9)が1/3と少なくなりました。また、FLASHに満たない線量率(<40Gy/s)では、7OH-C3CAの収率は線量率の増加に伴って徐々に減少したのに対し、FLASH条件下(> 40 Gy/s)ではほぼ一定となりました(図2)。

線量率に対する7OH-C3CAの収率(100 eVあたりに生成した7OH-C3CAの数)の変化

図.2 線量率に対する7OH-C3CAの収率(100 eVあたりに生成した7OH-C3CAの数)の変化

 FLASH照射の場合、一瞬の照射の間に陽子線の飛跡が水溶液中で密に存在することになります。このような場合、水溶液中の飛跡近傍の酸素分子は他の放射線分解生成物(水和電子や水素ラジカル等)との反応で先に使われてしまうため、経路Bの反応に十分な酸素が供給されなくなります(図3)。これが7OH-C3CAの生成量がFLASH条件で少なくなった理由だと考えられます。これはFLASH照射により生物実験で確認されている副作用の抑制効果に繋がると考えられる飛跡近傍の低酸素化を初めて実験的に示した重要な知見です。

FLASH照射時に蛍光性の7OH-C3CAが生成される経路

図3. FLASH照射時に蛍光性の7OH-C3CAが生成される経路

今後の展開

 FLASH放射線がん治療は治療時の正常組織へのダメージを軽減できるとして、世界中で大きな注目を集めている新しい治療法です。今後、本研究で用いた放射化学的手法を用いて、炭素線(重粒子線)のFLASH照射による副作用の抑制効果の検証やOHラジカル以外の化学種生成の実測を進め、FLASH照射による副作用の抑制効果の系統的なメカニズム解明を目指します。

 放射化学的な視点からFLASHで副作用が抑制される効果の作用機序を実験的に明らかにできれば、臨床で得られた結果を理解するための助けになるだけなく、治療計画時の臨床効果を推定する計算プログラムに実装するなどにより、FLASHによるがん治療の進展につながると期待されます。

用語解説

  1. 線量率 [Gy/s(J/kg/s)]
    1秒あたりに放射線が単位質量あたりに落としたエネルギー量を表します。

     

  2. ラジカル
    一般には不対電子をもつ原子や分子、あるいはイオンのことを指します。放射線照射によって発生するラジカルの中でも、特に活性酸素種であるOHラジカル(ヒドロキシルラジカル)は糖質やタンパク質、脂質などあらゆる物質との反応性が高く酸化力が強いため、DNA鎖を容易に切断し生体へダメージを与えます。

     

  3. 飛跡近傍
    粒子線が物質内を進む際に、その通過経路の径方向に集中的に電離された領域が生成され、これを飛跡(あるいはトラック)と呼びます。特にその中心部分は半径数ナノメートルの円筒状になっており飛跡コア(トラックコア)と呼びます。ラジカルは粒子線の飛跡に沿って生成します。生成したラジカルの集団を特にスパーと呼び、初期のスパーは照射後ピコ秒まで形成され、空間的に不均一な状態です。時間の経過とともにスパー内・スパー間のラジカル同士が反応し、マイクロ秒領域になると空間的に均一な状態になります。このときのラジカルの広がりは半径約200ナノメートル程度だと考えられています。

     

  4. 粒子線治療
    陽子(原子番号1)や炭素(原子番号6)の原子核を高エネルギーに加速し、体外から患部に照射して腫瘍の細胞のDNAを傷つけることで治療する方法です。

     

  5. ブラッグピーク
    陽子線などの粒子線は物質中で止まる直前で大きな線量を物質に与えます。この線量分布のピークをブラッグピークといいます。

     

  6. 不均化反応
    同じ種類の化学種2つ以上が互いに反応して2種類以上の異なる種類の生成物ができる化学反応です。

     

  7. eV(電子ボルト)
    放射線のエネルギーの単位で、1 Vで加速された電子1つがもつエネルギーが1電子ボルトであり、1 eV =1.6×10-19 Jです。

     

  8. 高速クロマトグラフと蛍光分光光度計
    機械的に高い圧力をかけることによって、液体試料を高流速でカラム(分析したい化学物質の特性に対応した充填剤が入った細長い配管)に通し、流れ出る時間の違いを利用して分析したい化学物質を特定し、さらに蛍光分光光度計に接続することにより、特定した分析物のあるある特定の蛍光強度を定量測定することができます。

     

  9. 収率(放射線化学収率)
    放射線のエネルギーを吸収した際の生成物あるいは分解物の量。放射線化学分野では通常100 eV当たりの生成物あるいは分解物の量で表します。

 

論文について

Significant changes in yields of 7-hydroxy-coumarin-3-carboxylic acid produced under FLASH radiotherapy conditions, RSC Advances

https://doi.org/10.1039/D0RA07999E

 

Tamon Kusumoto,a   Hisashi Kitamura,a   Satoru Hojo,a   Teruaki Konishia  and  Satoshi Kodaira*a  

 

aNational Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology, 4-9-1 Anagawa, Inage-ku, 263-8555 Chiba, Japan