大型放射光施設SPring-8において2本の専用ビームライン(BL11XU、BL14B1)を運用し、成果非専有課題については文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業で支援を行っています。
放射光メスバウアー分光装置(BL11XU)
1.できること
スピントロニクス薄膜・多層膜の機能発現部の舞台となる磁性層の局所磁性探査や微小サイズの放射光を用いた散乱メスバウアー分光による鋼材等のピンポイント非破壊分析
- 放射光から超高輝度14.4keVのγ線を発生する核共鳴分光装置を用いて、物質・材料の磁気相互作用、電子状態やスピン配列を局所的に調べることができる。
- 集光したメスバウアーγ線を用いて、試料の微小部の顕微分析や試料空間が10μm程度に限定される超高圧下の物質状態の研究を実施できる。
- 回折法を用いた結晶サイト選択的な磁気構造解析や斜入射配置のメスバウアー分光法を用いて機能性磁性薄膜を局所磁性探査できる。
- 鉄以外の元素については要相談。
2.利用・実用例
磁性薄膜の磁気構造解析
Al2O3(1nm)/MFG(30nm)/Cr(20nm)/MgO
高速メモリ材料の組成最適化
未来のスマート社会を支えるため、省エネルギーかつ高速動作を可能にする革新的なメモリ素材が注目を集めています。我々は、内部転換電子放射光メスバウアー分光という最先端の技術を活用し、高速メモリ候補として有望な磁性薄膜(Mn₂FexGa:MFG薄膜)の磁気構造解析しました。その結果、A図に示すように、磁性不純物相(T相)が混⼊しない最適な合金組成を決定できました。
図A 放射光メスバウアー分光で評価したMFG薄膜の磁気構造。高速メモリに適した磁性相(C相:橙色)だけのMn2FexGa薄膜がx=1~1.3領域で成膜できることが分かる。
多彩な鉄系多層膜の磁性評価に利用できます。
大気暴露試験片の局所メスバウアー分析
Cr等を微量添加した建築用耐候性鋼材が数年間大気中に暴露されると、環境に応じて表面に防食層が形成される。私達の開発した放射光散乱メスバウアー分析装置を用いて四日市高架橋で17年大気暴露した標準鋼材を分析した所、図Aに示すように表面から約120 μm領域に形成されたCr置換ゲーサイト微粒子が鋼内部の腐食の進行を防ぐことが分かりました。
図A 長期大気暴露した鋼材表面から20, 120, 250μmの部で測定したスペクトル。20-120m領域には腐食による(Cr置換ゲーサイト:Singlet)が検出されている。
鋼材の表面、腐食/溶接部の局所構造解析に応用可。その他、鉱物などの局所分析にも利用できます。
3.必要なビームタイム
大まかな目安として実施例の分布を得るのに約1日
共鳴非弾性X線散乱装置(BL11XU)
1.できること
触媒や電池電極材料などのオペランド電子状態解析、遷移金属化合物における電荷・スピン・軌道励起の観測。
- 入射X線、散乱(発光)X線の双方のエネルギーを最高0.1 eV程度のエネルギー分解能でX線分光実験が可能な装置。
- 通常のXAFSよりも高エネルギー分解能のXAFS(HERFD-XAFS)やX線発光分光(XES)により、触媒等の詳細な電子状態のオペランド観察。
- 4軸回折計配置で共鳴非弾性X線散乱(RIXS)により、強相関電子系物質等の電子励起の運動量依存性の測定。
- 酸素、窒素、水素などのガス雰囲気下での測定。
- 10Kから800Kまでの温度依存性の測定。
2.利用・実施例
固体高分子形燃料電池正極触媒の高分解能オペランド電子状態計測
高エネルギー分解能XAFSを用い、酸性溶液中での白金/炭素触媒の酸素還元反応過程を追跡することで、触媒への吸着種を逐次同定するとに成功した。その結果、反応過程において、燃料電池の構成材料の劣化を招く超酸化水素の吸着(Pt-OOH)を見つけることができた。
N. Yamamoto et al.,
J. Power Sources, 557, 232508 (2023).
スピン軌道相互作用が強い系での動的Jahn-Teller効果の発見
5d遷移金属酸化物Ba2MgReO6において、Re-L3吸収端RIXS(SPring-8で測定)と酸素K吸収端RIXS(Swiss Light Sourceで測定)の測定を行い、結晶に歪みのない温度(約50 K以上)においてもReの5d軌道の縮退が解けていることを示すスペクトルが得られた結果から、ReO6八面体が複数の歪み形状を取り、それらが量子力学的トンネル効果によって飛び移る動的Jahn-Teller効果が生じていることを明らかにした。
I. Živković et al.,
Nat. Comm. 15, 8587 (2024).
3.必要なビームタイム
1スペクトルあたり0.5-4時間程度。試料の濃度やエネルギー分解能による。
表面X線回折計(BL11XU)
1.できること
半導体量子ドット、半導体多層膜の成長過程のリアルタイム解析
- 半導体ヘテロ構造や多層膜、半導体量子ドット結晶やナノワイヤなどの成長過程について、原子が一層ずつ積み上がってゆく様子を、表面X線回折法によってリアルタイム観察できる装置。
- 原子状窒素を利用する分子線エピタキシー法により、GaNやInNなどの窒化物半導体の成長を行うことができる。
- 良質な電子材料の作製をサポート。
SPring-8・BL11XUでは、分子線エピタキシー装置と結合した表面X線回折計が設置されています(図1)。本装置は窒化ガリウム(GaN)等の窒化物半導体の表面構造研究や多層膜またはナノ構造の成長ダイナミクス研究に利用されています。回折計は、試料の位置調整のための4軸と検出器の位置調整のための2軸により構成され、φテーブル上には、試料表面が回転軸の中心に位置するようにxyzステージが搭載されています。チェンバに溶接されたBe窓によって、入射角および取り出し角は試料表面から45度まで、面内の散乱角は120度まで測定することが可能です。
図1分子線エピタキシー装置と結合した表面X線回折計
図2 GaN表面への原料照射前後のX線散乱測定結果と表面で形成される秩序構造
Applied Physics Express 17,025502 (2024)
利用・実施例
パワーデバイス等への応用が期待されているGaNですが、薄膜成長中の表面が実際どのような構造になっているか明らかにされていませんでした。表面X線回折計を用いた薄膜成長中のその場測定によって、表面にはGaが2原子層程度の秩序構造を形成することを実験的に初めて明らかにしました(図2)。また、この秩序構造は結晶の面方位や薄膜の成長温度に大きく依存することも見出しました。
必要なビームタイム
大まかな目安として2~3日
※ただし、ビームタイム前に結晶成長条件の事前検討が必要
コヒーレントX線回折イメージング装置(BL11XU)
1.できること
ナノ結晶を非破壊にて3次元的にイメージングし、形状や内部の欠陥、歪み等を観察
- 微小結晶粒(粒径:数十nm~数μm)を対象に、形状だけでなく、電子顕微鏡では観察が困難な内部構造(歪分布や欠陥、空洞、ドメイン等)を非破壊で3次元可視化できる装置。
- 硬X線領域のブラッグ反射を用いたコヒーレントX線回折イメージング法を利用する。
- 各種ナノ材料の評価をサポート。
- 試料温度は室温~1100℃の範囲で設定可能。その他の試料環境制御は要相談。
2.利用・実施例
ブラッグコヒーレントX線回折イメージング(Bragg-CDI法)によるBaTiO3セラミクス中ナノ結晶の3次元可視化
図A セラミクス中一粒子のイメージング結果。300℃において内部歪みや欠陥を計測。すべり面を起点に分極ドメインが発生。
セラミクス内部にある粒子の状態は?
誘電体ナノ結晶を焼結して作られる誘電体セラミクスはコンデンサーやピエゾ素子などに広く使われていますが、その内部において粒子がどのような状態にあるかを非破壊で知ることは非常に困難でした。透過能力の高い硬X線を利用するBragg-CDI法はそのような悩みを解決する手法として期待されています。我々はチタン酸バリウム(BaTiO3)セラミクス中にある300 nmサイズのナノ結晶の可視化に成功し、結晶子がどのような応力を粒界から受けているか、また、すべり欠陥を起点に分極ドメインが形成される様子を明らかにしました。
見えない内部粒子の構造を鮮明に診断!
3.必要なビームタイム
大まかな目安として上記の結果を得るのに1日
高温高圧プレス装置(BL14B1)
1.できること
高温高圧下での反応過程等における結晶構造の変化をその場観察
- 高圧高温下での材料の状態変化や反応の進行を、白色X線を用いたエネルギー分散型X線回折法によって観察できる装置。
- 圧力10万気圧まで、温度2000℃程度までの発生が可能。
- 材料の高温高圧合成をサポート。
- 10万気圧、1000℃程度までの超高圧高温の水素雰囲気発生もでき、高温高圧下の金属水素化反応のその場観察による新規水素貯蔵材料の探査に活用されている。
2.利用・実施例
放射光高温高圧その場粉末X線回折によるアルミニウムと鉄の合金の水素吸蔵反応の観測
軽量安価なアルミニウムを含む合金は、極めて水素を吸蔵しにくいと考えられてきました。ここで1万気圧以上の高圧を加えた水素は反応性が非常に高くなることに着目し、アルミニウムと鉄の合金を9万気圧750℃で水素中に保持し、放射光高温高圧その場粉末X線回折測定を実施したところ、合金が水素を吸蔵して結晶構造が変化する様子を計測することに成功しました。この測定により、未知の水素化反応が進行する温度や圧力条件を効率的に決定することができ、材料探索が効率的に進められる様になります。
高速2体分布関数計測装置(BL22XU)
1.できること
結晶性試料におけるナノスケールの局所構造観察
- 結晶の平均構造からのずれや局所構造を評価できる原子2体分布関数(PDF)の導出に必要な測定を高速に行う装置。
- 最高70 keVの高エネルギーX線の利用により、最大Q = 27 Å-1までのX線全散乱測定が可能であり、約100 Åまでの距離相関のPDFが導出可能。
- 窒素吹付冷凍機を用いた低温測定、および、1 MPa未満の水素と窒素ガス雰囲気でのその場観察が可能。
- 計測一点につき数分程度で実施できる。
BL22XU実験ハッチ1には大型二次元X線検出器と高エネルギーX線を組み合わせた迅速なPDF測定法(Rapid-Acquisition PDF (RA-PDF))が可能な高速2体分布関数測定装置が国内で初めて導入されています。大型二次元X線検出器で測定した全散乱プロファイルをフーリエ変換することで導出されるPDFの解析は、大きな局所ひずみを持つ物質やナノ構造を含む物質、触媒等に使われる金属や酸化物等のナノ粒子、ガス吸着材や触媒等に使われる多孔質材料など様々な材料の構造研究に適用されています。
パラジウム粉末とパラジウムナノ粒子のPDFプロファイル。
ナノ粒子の方がピークがブロードで原子配列の秩序度に違いがあること示している。
2.利用・実施例
水素貯蔵合金はカーボンニュートラルな水素社会を実現するための重要な材料ですが、水素を吸蔵・放出することによって結晶格子に乱れが生じて、それが水素吸蔵能に影響します。バナジウム系の水素貯蔵合金では水素吸蔵放出のサイクルによって水素貯蔵量が減少するサイクル劣化が問題となっていますが、水素吸蔵放出のサイクルによるPDFプロファイルのブロードニングと転位密度との間に相関があることを見出しました。(H. Kim et al., J. Phys. Chem. 117, 26543 (2013).)
3.必要なビームタイム
室温での測定で、1試料あたり数分から数十分程度。試料の結晶性や量による。
分析にかかる料金は?
料金は装置の利用時間+事務手数料+技術料金で算出されます。利用時間は8時間単位で試料や測定の条件等で変わるため、都度ご相談ください。
大まかな目安として1日の利用で約6万円(税別)となります。(成果非専有の場合。成果専有の場合の料金は異なります)
詳細はQSTマテリアル先端リサーチインフラ事業をご参照ください。
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