量子デバイスに囲まれる生活
第3回 ダイヤモンドで情報素子
NV量子チップが搭載されたデバイス
世界各国で量子コンピュータの開発が精力的に進められている。Googleや理研などによる極低温にまで冷却した超電導量子ビットを用いる方式や、量子科学技術研究開発機構(QST)で取り組んでいる真空中にトラップしたイオンを用いる方式などが知られる。一方で、これらの大規模な量子コンピュータとは対照的な小型の量子デバイスにも、QSTは目を向けている。例えるならば、計算性能を極限まで高めた大規模なスーパーコンピュータに対して、私たちが日常で使っているスマートフォンなどのポータブル・ウエアラブルデバイスの量子版と考えれば分かりやすいだろう。極低温や真空といった特殊な環境が必要な量子ビットを身に着けることは現実的ではなく、日常的に使う量子ビットは室温や大気中で動作することが必須となる。
室温、大気中で動作する量子デバイス実現のためにQSTが取り組んでいるのが、ダイヤモンド中のスピン欠陥である。欠陥と聞くと不良品のようなイメージが湧くかもしれないが、その逆で、量子の性質を持つ「スピン」をダイヤモンド中に作るために不可欠な単結晶中の微小構造のことである。ダイヤモンドは炭素原子が格子状に並んだ配置の単結晶であることはよく知られている。炭素原子が窒素原子(Nitrogen)で置き換わって、その隣の炭素原子が無くなった空孔(Vacancy)になっている微小構造のことを、英語の頭文字をとってNVセンターと呼ぶ。
NVセンターは室温でスピンという量子性を発現できる極めて特別な性質を持つ。NVセンターは量子コンピュータというよりも量子センサーとしての開発が盛んだ。NVセンターをたくさん集めると超高感度な磁気センサーになることから、脳磁や心磁計測のためのプロトタイプ開発が国家プロジェクトで進んでいる。一方、量子デバイスでは、NVセンターを量子ビットと見立てて、それを1つずつ正確に量子操作することが求められるが、NVセンターでは多量子ビット化が難しいことや量子操作の難易度が高いことが相まって、これまで研究開発が進んでこなかった。QSTでは、皆さんの使っているデバイスにNV量子チップが搭載される未来を目指して、独自に開発したNV多量子ビット化技術を足掛かりにした量子操作の研究開発を加速している。
執筆者略歴
量子科学技術研究開発機構(QST)
量子技術基盤研究部門
高崎量子応用研究所
量子センシングプロジェクト
研究統括
小野田 忍(おのだ・しのぶ)
イオンビームを用いたダイヤモンド中のスピン欠陥形成・利用に関する研究に従事。現在、ダイヤモンドNVセンターを使った室温動作の量子デバイスを開発している。博士(工学)
本記事は、日刊工業新聞 2023年6月29日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(100)量子デバイスに囲まれる生活 ダイヤモンドで情報素子(2023/6/29 科学技術・大学)