量子デバイスに囲まれる生活
第1回 身近な量子デバイス
量子技術基盤を活用
最近話題の最先端のAI技術を目の当たりにして、近い将来に私たちの生活が大きく変わるのではと感じている方も多いと思う。我が国では、AI技術やIoT技術といった我々の社会の在り方を変える可能性を持つ最先端技術を取り込むことによって経済発展と様々な社会課題の解決を両立できる未来社会「Society5.0」の実現が進められている。Society5.0ではIoTで全ての人とモノがつながり、実空間(フィジカル空間)に張り巡らされたセンサーから膨大な情報が仮想空間(サイバー空間)に集積・解析され、実空間に住む我々が必要とする情報が必要な時に得られるようになる。このような社会の実現には情報を飛躍的に高速かつ高効率に処理することが必須であり、それを可能にする最先端技術として量子コンピュータをはじめとする量子センサー、量子通信などの量子技術が注目を集めている。
量子コンピュータについては、極低温にまで冷却した超伝導量子ビットを用いる方式でGoogleによる量子超越性の達成や、理研等による国内初号機の稼働など、近年急速な発展を見せている。一方で量子技術を社会全体に広く浸透させていくためには、私たちの身の回りの様々なところで社会生活を支える最先端の機器・量子デバイスも必要になる。例えば、社会の隅々に張り巡らされる各種量子センサーや、量子コンピュータが生み出す量子情報を伝達する量子中継器や量子受信機、個人情報を安全に持ち運ぶウエアラブルな量子メモリなどが挙げられる。日常的に身の回りで使用されるこれらの機器を量子コンピュータと同様に極低温まで冷却させることは現実的ではなく、室温で動作することが重要なポイントになる。
量子科学技術研究開発機構(QST)では、量子ビームを用いた精密な量子ビット形成技術をはじめとする世界最先端の量子技術基盤を有しており、それを活用した室温動作可能な量子ビットや量子デバイスの開発を進めている。この連載では、QSTにおけるイオントラップやダイヤモンドスピン欠陥といった量子ビット、フレキシブルな量子デバイス、単一光子源等の研究開発とそれらが目指している応用について紹介したい。本連載を通じて量子デバイスに囲まれる未来の生活について考えをめぐらす機会になれば幸いである。
執筆者略歴
量子科学技術研究開発機構(QST)
量子技術基盤研究部門
部門長
河内 哲哉(かわち てつや)
原子分光学を背景に、軟X線レーザーや高強度場科学の研究に従事。2017~2022年度まで関西光量子科学研究所長を務める。現在、量子技術イノベーション拠点の一つである量子技術基盤拠点の拠点長として拠点運営にあたっている。博士(工学)。
本記事は、日刊工業新聞 2023年6月15日号に掲載されました。
■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(98)量子デバイスに囲まれる生活 身近な量子デバイス(2023/6/15 科学技術・大学)