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物質の機能を可視化する 第2回 放射光蓄積リング整備

掲載日:2022年12月15日更新
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物質の機能を可視化する
第2回 ​放射光蓄積リング整備

プリズム分散 極小化

 光速に近い速度で走る電子が磁石等でその軌道を曲げられたときに「放射光」と呼ばれる非常に輝度の高いX線が発生する。この原理を利用した放射光施設は、主に電子にエネルギーを与える線型加速器、加速した電子を蓄積すると共に放射光源となる蓄積リング、放射光実験の場となるビームラインで構成されている。

 蓄積リングは、磁石の配置で定まる軌道上に電子ビームを繰り返し周回させ蓄積する装置で、軌道上に設置したアンジュレータ等から高輝度放射光X線を生成できる。アンジュレータは、小型磁石のN極とS極を交互に反転して多数並べた磁石列であり、磁石列間隔や磁場強度を制御して、通過電子ビームが発生する放射光X線の波長(エネルギー)を制御する。

 宮城県仙台市に建設中の放射光施設ナノテラスは、コンパクトな施設であることが特長で、軟X線領域で2桁弱上回る世界トップクラスの高い放射光輝度(単位面積・立体角・時間あたりの光子数)と高いコヒーレンス性能実現を目指している。そのため、ナノテラスでは様々な機器装置に最新技術を導入している。

 蓄積リングには最新のMBA(Multi-bend achromat)設計を導入した。蓄積リング内の電子ビームは構造的な要因で空間的な広がりが生じる。この広がりは光のプリズム分散と同様にビーム軌道上の個々の電子のエネルギーの差異から生じ、放射光の輝度低下の要因となる。このプリズム分散を引き起こす電子エネルギーの差異は、偏向磁石内で個々の電子から放射光がランダムに発生し、エネルギーが低下することで生じる。そこで、MBA設計により電子ビームの空間広がりを抑制することとした。MBA設計は、偏向磁石の細分化と四極磁石の収束レンズ機能を組合わせにより、偏向磁石内のプリズム分散を極小化する仕組みを有する。こうした一連の技術の導入により、ナノテラス蓄積リングは世界最高クラスの高輝度放射光を発生することが可能となった。また、蓄積リングのコンパクト化のため新型の高次モード加速空胴を世界に先駆けて導入した。これにより、ビームラインスペースが十分に確保され、利用者が実験しやすい環境となった。

 2024年度からのユーザー運転に向けてナノテラス蓄積リング整備を鋭意進めている。また、将来の軟X線自由電子レーザーの増設も展望している。

NanoTerasu蓄積リング

執筆者略歴

量子科学技術研究開発機構(QST)
量子ビーム科学部門
次世代放射光施設整備開発センター
​高輝度放射光研究開発部
加速器グループリーダー

西森 信行(にしもり・のぶゆき)

第75回著者

3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu加速器の設計・製作・設置の全体統括と、建屋インフラ設備との調整に従事。2024年度からのユーザー運転に向けた加速器試運転の準備を進めている。博士(理学)。


本記事は、日刊工業新聞 2022年12月15日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(75)物質の機能を可視化する 放射光蓄積リング整備(2022/12/15 科学技術・大学)