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量子科学技術でつくる未来 物質の機能を可視化する(連載記事 全8回)

掲載日:2023年2月9日更新
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連載企画「量子科学技術でつくる未来」(第74回-第81回)について

量子科学技術研究開発機構が進める事業や研究開発を広く一般の方にご紹介するため、2021年5月から日刊工業新聞の「科学技術・大学」面にて毎週木曜日に「量子科学技術でつくる未来」を連載しています。

物質の機能を可視化する」に関する連載(第74回-第81回)では、量子マテリアルや燃料電池などの新素材開発に役立つと期待される次世代放射光施設 NanoTerasu(ナノテラス)の特徴、役割、用途などをわかりやすく紹介します。今まで放射光施設や放射光に馴染みの無かった皆様にも関心をもっていただける内容となっておりますので、ぜひご覧ください。

その他の連載については、こちらのページ(これまでの連載記事)に掲載していますので、ぜひご覧ください。

※新聞掲載版は各リンク先(日刊工業新聞HP)をご参照ください。

※日刊工業新聞社の承諾を得て掲載しております。
※新聞連載記事とは内容が一部異なる場合があります。


物質の機能を可視化する 第8回
ナノテラス 開かれた施設に

ナノテラスと従来の放射光施設との管理区域設定エリア(塗部)の比較 レントゲンが放射線(X線)を初めて発見したのは、19世紀後半1895年のことである。手指の骨と指輪がくっきりと映った X 線発見を象徴する透視画像は、骨折や病気の画期的な診断法を生み出し、放射線が現在に至っても基礎科学研究から医療、産業に広く利用されるきっかけとなった。また、122 年に渡るノーベル賞の歴史で60件近くが放射線に関わる業績であり、最近では、放射光によるリボゾームの構造解析と機能研究(アダ・ヨナス等、2009年化学賞)が記憶に新しい。一方で、放射線は細胞の遺伝子を傷つけ、大量に浴びると健康に影響を及ぼす恐れもあるため、安全に制御・管理して利用する必要がある。

 ナノテラスでは、シンクロトロン放射によって、X線を発生させる。シンクロトロン放射とは、光速に近い速さの電子が磁場によって曲げられた際に光を放射する現象で、その放射された光(X線)を放射光と呼ぶ。ナノテラスでは非常に明るい放射光を発生させるが、そのエネルギーはレントゲン検査等で用いるX線と同等かそれ以下である。放射光が物質を透過する力はエネルギーに依存するため、ナノテラスの場合、比較的薄い鉛等でも遮へいが可能で、利用者が安全に実験できる環境を作りやすい。​​→続き

執筆者: 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 次世代放射光施設整備開発センター 高輝度放射光研究開発部 基盤技術グループリーダー 萩原 雅之(はぎわら・まさゆき)

■日刊工業新聞 2023年2月9日(連載第81回) ナノテラス 開かれた施設に

物質の機能を可視化する 第7回
電子スピンの変動観測

分割型アンジュレータの模式図 モーターは電気自動車をはじめとする各種動力機械の中心部品であり、ハードディスクドライブは記録媒体として普及している。現代社会に欠かせないこれらの製品には磁石が利用されており、その機能を分解していくと、製品性能に対して磁石性能が占める割合は大きい。

磁石の性質は物質中の電子の自転に例えられる「スピン」と呼ばれる特性に起源がある。より小さな空間で、よりわずかな電子スピンの変動を観測し、操作できれば、磁石の性能・性質を制御して、新規材料や高性能のモーター等の開発に繋げることができる。そのため、上記の観測・操作を可能とする実験装置の開発が様々な分野・機関の研究者・技術者から求められている。​​→続き

執筆者: 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 次世代放射光施設整備開発センター 高輝度放射光研究開発部 主任研究員 大坪 嘉之(おおつぼ・よしゆき)

■日刊工業新聞 2023年2月2日(連載第80回) 電子スピンの変動観測

物質の機能を可視化する 第6回
軟X線ビーム新現象発見

ナノビーム軟X線を利用したARPES実験の模式図 次世代放射光施設「ナノテラス」においてQSTが整備する3本の共用軟X線ビームラインのうちの一つがARPES(角度分解光電子分光)ビームラインである。光電子分光は物質に高いエネルギーの光を照射した時に物質中から電子が放出される光電効果という現象を利用したもので、この放出された電子のエネルギーや放出角度を調べることにより物質中の電子の量や動きを可視化することができる。ナノテラスでは、ビーム径が100ナノメートル以下の非常に細く絞られた軟X線を利用できるようになり、物質中のごく限られた領域にのみ光=軟X線を照射し、その部分だけの電子状態を光電子分光により可視化するという、他の手法では真似できない実験をすることが可能になる。 ​​→続き

執筆者: 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 次世代放射光施設整備開発センター 高輝度放射光研究開発部 上席研究員
堀場 弘司(ほりば・こうじ)

■日刊工業新聞 2023年1月26日(連載第79回) 軟X線ビーム新現象発見

物質の機能を可視化する 第5回
超高分解能RIXS開発

RIXSでスピン波のエネルギー・運動量を計測するイメージ ナノテラスで開発中の共用ビームラインに共鳴非弾性X線散乱(Resonant Inelastic X-ray Scattering: RIXS)のビームラインがある。RIXSとは、物質に吸収が起こるエネルギーを持ったX線を照射すると(この条件を共鳴という)、X線と物質が強く相互作用し(この結果、物質中の様々な状態が励起される)、エネルギーを失って(これを非弾性という)、X線が散乱される現象を利用した分光手法である。

 RIXSでは、入射X線と散乱X線のエネルギー差を測定することによって、電子状態、電子の軌道・スピンや結晶の格子のエネルギー準位、さらには原子や分子の振動のエネルギー準位などを調べることができる。X線を入射し、X線を検出するので、磁場や電場の影響を受けることなく測定可能であり、測定対象・環境に対する柔軟性も高いことから、電子デバイスや電池などが動作している状態での測定にも有効である。​→続き

執筆者: 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 次世代放射光施設整備開発センター 高輝度放射光研究開発部 主任研究員 宮脇 淳(みやわき・じゅん)

■日刊工業新聞 2023年1月19日(連載第78回) 超高分解能RIXS開発​

物質の機能を可視化する 第4回
ビームラインで分光駆使

ビームライン概要図​ 蓄積リングと呼ばれる円形加速器をほぼ光速で周回する電子から、シンクロトロン放射と呼ばれる現象を利用して高輝度な光を発生させ、各種実験に利用する一連の装置を放射光ビームラインと呼ぶ。NanoTerasuには、最大28本のそれぞれ特色ある放射光ビームラインが設置可能である。ここに世界中の科学者や技術者が入れ替わり立ち替わり研究試料を持ち込んで、最先端の学術研究から製品開発に直結する応用研究まで、多彩な研究を展開する。

 ビームラインの起点は、蓄積リング内に設置されるアンジュレーターやウィグラーと呼ばれる挿入光源である。挿入光源で発生した強力な放射光は、水冷スリットなどを経て、厚さ約1mにもなる鉄筋コンクリート製の遮蔽壁で隔てられた実験ホールへと導かれる。実験ホールには、何枚もの反射鏡や分光器などから構成されるビームライン光学系が、長さ数十mにわたって並べられている。​​→続き

執筆者: 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 次世代放射光施設整備開発センター 高輝度放射光研究開発部次長 高橋 正光(たかはし・まさみつ)

■日刊工業新聞 2023年1月12日(連載第77回) ビームラインで分光駆使​

物質の機能を可視化する 第3回
高密度電子ビーム生成

NanoTerasuの「3GeV線形加速器」​ 次世代放射光施設NanoTerasuの蓄積リングでは、光速(30万km/s)の99.9%以上で周回する高密度電子ビームに蛇行軌道を与えることで、太陽光の10億倍以上の明るさをもつ高強度X線を生成することができる。この高強度X線を利用した生命科学、物質科学等の実験で高精度のデータを得るには、X線強度を長時間にわたって安定に維持することが不可欠である。そのためには、X線の発生源となる蓄積リングに蓄えられる電子ビーム強度を一定に保たなければならない。これは蓄積リングを周回する電子数を精密に測定し、失われた分だけ線型加速器から新たに電子を生成・供給することで可能になる。

 全長が110mの線型加速器は、電子群を生成する電子銃、生成された電子群を集める集群システム、高密度電子ビームを高エネルギーまで加速する高周波加速装置で構成される。電子銃は、1000˚C以上に熱せられた陰極とその直後に配置したグリッドメッシュ電極の間に高電圧を与えることでパルス状の電子ビームを引き出す。​​→続き

執筆者: 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 次世代放射光施設整備開発センター 高輝度放射光研究開発部 上席技術員 安積 隆夫(あさか・たかお)

■日刊工業新聞 2022年12月22日(連載第76回) 高密度電子ビーム生成

物質の機能を可視化する 第2回
放射光蓄積リング整備

NanoTerasu蓄積リング 光速に近い速度で走る電子が磁石等でその軌道を曲げられたときに「放射光」と呼ばれる非常に輝度の高いX線が発生する。この原理を利用した放射光施設は、主に電子にエネルギーを与える線型加速器、加速した電子を蓄積すると共に放射光源となる蓄積リング、放射光実験の場となるビームラインで構成されている。

 蓄積リングは、磁石の配置で定まる軌道上に電子ビームを繰り返し周回させ蓄積する装置で、軌道上に設置したアンジュレータ等から高輝度放射光X線を生成できる。アンジュレータは、小型磁石のN極とS極を交互に反転して多数並べた磁石列であり、磁石列間隔や磁場強度を制御して、通過電子ビームが発生する放射光X線の波長(エネルギー)を制御する。​​→続き

執筆者: 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 次世代放射光施設整備開発センター 高輝度放射光研究開発部 加速器グループリーダー 西森 信行(にしもり・のぶゆき)

■日刊工業新聞 2022年12月15日(連載第75回) 放射光蓄積リング整備

物質の機能を可視化する 第1回
「ナノテラス」24年度運用

ナノテラス全景 宮城県仙台市内、東北大学青葉山新キャンパス内に、直径170メートルの巨大な白いドーナツ状の建物が出現している。ナノテラス(NanoTerasu)と名づけられたこの研究施設は、物質を分子や原子のレベルで様々な手法を用いて観察するための「巨大な顕微鏡」であり、2024年度の運用開始を目指して、現在、建屋内の装置の設置作業が急ピッチで行われている。

 物質を細かく観察するためには光が必要である。極めて微小な分子や原子の並び具合やそれらの動きを詳細に見るためには、可視光よりもはるかに波長の短いX線を用いることが有効である。​​→続き

執筆者: 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 次世代放射光施設整備開発センター長 内海 渉(うつみ・わたる)

■日刊工業新聞 2022年12月8日(連載第74回) 「ナノテラス」24年度運用