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物質の機能を可視化する 第6回 軟X線ビーム新現象発見

掲載日:2023年1月26日更新
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物質の機能を可視化する
第6回 軟X線ビーム新現象発見

次世代イノベ創成に貢献

 次世代放射光施設「ナノテラス」においてQSTが整備する3本の共用軟X線ビームラインのうちの一つがARPES(角度分解光電子分光)ビームラインである。光電子分光は物質に高いエネルギーの光を照射した時に物質中から電子が放出される光電効果という現象を利用したもので、この放出された電子のエネルギーや放出角度を調べることにより物質中の電子の量や動きを可視化することができる。ナノテラスでは、ビーム径が100ナノメートル以下の非常に細く絞られた軟X線を利用できるようになり、物質中のごく限られた領域にのみ光=軟X線を照射し、その部分だけの電子状態を光電子分光により可視化するという、他の手法では真似できない実験をすることが可能になる。

 電子の動きが関係する不思議な物理現象としては、例えば電流が流れるときに電気抵抗が生じない超伝導や、電流は流れずに電子のその場での回転運動(スピン)だけが伝搬して情報を伝えるスピン流といったものがある。どちらも省エネルギーの電力輸送やデバイス動作に繋がる新技術になりうることから、基礎・応用の両面から精力的に研究が行われている。このような特殊な現象は、往々にして物質の中のごく一部の領域でのみ起こっている場合がある。ナノテラスのARPESビームラインでは、細く絞った軟X線ビームによって、そのごく一部の領域の電子状態だけを抽出して分析すること可能であり、これまで見つからなかった新現象の発見やその解明に繋げるデータを得ることができる。

 さらにこのARPESビームラインでは、デバイス加工した試料を動作させた状態で電子状態計測ができる測定環境を開発中である。ナノテラスの軟X線ナノビームと組み合わせることにより、微細加工したデバイスの動作領域にスポットを当てて、その領域だけの電子の動きを可視化することが可能になる。これはデバイス特性の向上に繋がるという応用研究の用途だけではなく、目的のデバイス構造を設計することで、物質に電圧や圧力などの外場を加えたときに現れる新たな物理現象を発見できる可能性もある。様々なアイデアでこの実験手法が広く活用されることにより、超低消費電力デバイスの開発や量子コンピュータの実現など次世代イノベーションの創成に貢献できることを期待している。

ナノビーム軟X線を利用したARPES実験の模式図

執筆者略歴

量子科学技術研究開発機構(QST)
量子ビーム科学部門
次世代放射光施設整備開発センター
​高輝度放射光研究開発部
​上席研究員

堀場 弘司(ほりば・こうじ)

第79回著者

放射光を用いた半導体やLiイオン電池など固体材料・デバイスの分光研究に従事。ナノテラスではARPES研究のための共用軟X線ビームラインと実験装置の設計および建設を担当。博士(工学)。


本記事は、日刊工業新聞 2023年1月26日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(79)物質の機能を可視化する 軟X線ビームで新現象発見(2023/1/26 科学技術・大学)