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物質の機能を可視化する 第7回 電子スピンの変動観測

掲載日:2023年2月2日更新
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物質の機能を可視化する
第7回 電子スピンの変動観測​

磁石の性能・性質制御

 モーターは電気自動車をはじめとする各種動力機械の中心部品であり、ハードディスクドライブは記録媒体として普及している。現代社会に欠かせないこれらの製品には磁石が利用されており、その機能を分解していくと、製品性能に対して磁石性能が占める割合は大きい。

 磁石の性質は物質中の電子の自転に例えられる「スピン」と呼ばれる特性に起源がある。より小さな空間で、よりわずかな電子スピンの変動を観測し、操作できれば、磁石の性能・性質を制御して、新規材料や高性能のモーター等の開発に繋げることができる。そのため、上記の観測・操作を可能とする実験装置の開発が様々な分野・機関の研究者・技術者から求められている。

 物質中の電子スピンの観測には、物質に対して電場方向が1方向に回転している光(円偏光)を入射させ、その反応を観る手法が有効である。X線磁気円二色性(XMCD)測定は、物質との相互作用が大きく電子物性の観測に適した軟X線の円偏光を用いる手法であり、様々な磁石の性質を明らかにしてきた。

 量子科学技術研究開発機構(QST)は、官民地域パートナーシップの下、高輝度軟X線放射光施設「ナノテラス」を建設中である。そこで整備される実験装置の1つが軟X線顕微XMCDビームラインだ。

 従来、円偏光軟X線放射光は周期的に並んだ磁石列(アンジュレータ)を特定の配置に動かして発生する手法が一般的だったが、磁石同士の強い磁力に逆らって磁石列の再配置を頻繁に行う必要があり、偏光操作に時間を要していた。そこで、ナノテラスの顕微XMCDビームラインでは、既存のアンジュレータを4つ1組で同時に運用し、さらに電磁石を途中に挿入することでそれぞれのアンジュレータから発生する放射光同士を干渉させる(移相機)ことで円偏光を作りだす新技術を採用する。磁石列を動かすことなく、干渉条件の調整だけで円偏光放射光の発生が可能となり、偏光の切り替えを従来よりも格段に高速、高精度で行える見込みだ。

 この分割型アンジュレータにより、従来技術では観えなかった小さな空間における微量の電子スピンの変動を検出できるようになる。この軟X線顕微XMCDビームラインが、新たな磁気的性質の発見やその制御法の開発、ひいては新たな磁石利用製品の開発に役立てられればと期待している。

分割型アンジュレータの模式図

執筆者略歴

量子科学技術研究開発機構(QST)
量子ビーム科学部門
次世代放射光施設整備開発センター
​高輝度放射光研究開発部
​主任研究員

大坪 嘉之(おおつぼ・よしゆき)

第80回著者

放射光を用いて低次元電子のスピン偏極構造を明らかにする研究に従事。東北大学内に建設中のナノテラス建設チームの一員として主にXMCDビームラインの建設を担当。博士(理学)。


本記事は、日刊工業新聞 2023年2月2日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学技術でつくる未来(80)物質の機能を可視化する 電子スピンの変動観測(2023/2/2 科学技術・大学)