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光による量子制御 第4回 レーザーで生体反応観察

掲載日:2023年5月18日更新
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光による量子制御
第4回 レーザーで生体反応観察

光合成過程の量子性解明

 植物やラン藻などの微生物は「光」から光合成過程によりエネルギーを得る。光化学系と呼ばれるクロロフィル(色素分子)-タンパク質複合体がアンテナとして光を受容し、そのエネルギーを反応中心に運ぶことで光合成過程のエネルギー伝達が開始される。そのエネルギー効率は、ほぼ100%と特異的に高いため、その反応や伝達には量子性の寄与が推測されている。

 その過程を詳しく調べると、複合体内に存在する一つのクロロフィルが光を吸収して電子が励起され、その電子エネルギーが複数の色素分子を介して反応中心に伝達されているのだが、なぜ高い効率が実現されているのかはわかっていない。その機能の理解は人工光合成物質の合成に必須であり、直面しているエネルギー問題や光合成による二酸化炭素削減等のカーボンニュートラルへの貢献が期待される。

 光受容から反応中心へのエネルギーの流れは1ナノ秒(10億分の1秒)と高速で、個々の色素分子間の反応は1ピコ秒(1兆分の1秒)以下とさらに高速である事が知られている。近年、ある種のラン藻に含まれる色素を介したエネルギー伝達過程が調べられた。その中で、複合体内の色素にエネルギーを与えると、エネルギーを受け取った色素分子は、小さな一つの分子のみで振る舞わず、近傍に存在する他の色素分子と複合することでより大きな一つの分子の塊として振る舞う「量子ビート」と呼ばれる現象が観測された。この「量子ビート」現象と呼ばれる100兆分の1秒程度の極短時間の周期で起こる色素分子間の「量子的」な結びつき(コヒーレンス)が光合成過程における高効率なエネルギー移動に寄与しているとも考えられている。

 タンパク質内に埋め込まれた色素分子は電子励起されると、それぞれ固有のエネルギーで量子的な振動を起こすため、固有エネルギーを目印として測定すれば、どの色素分子がエネルギー伝達に寄与しているかを判別できる。量子科学技術研究開発機構では、この判別法を活用し、さらに10フェムト秒(100兆分の1秒)以下の極めて短時間だけ光るカメラの「フラッシュ」にあたるレーザー光を駆使することで、光合成初期過程の本質に関わる量子の謎に迫ろうとしている。

レーザーを利用した生体の電子状態観測

執筆者略歴

量子科学技術研究開発機構(QST)
量子技術基盤研究部門
関西光量子科学研究所
量子応用光学研究部
超高速電子ダイナミクス研究プロジェクト
上席研究員

坪内 雅明(つぼうち・まさあき)

第94回著者

テラヘルツから紫外光まで幅広い周波数領域の超短パルスレーザー光を用いて、光と物質の相互作用を分子レベルで解明する研究に従事。博士(理学)。


本記事は、日刊工業新聞 2023年5月18日号に掲載されました。

■日刊工業新聞 量子科学でつくる未来(94)光による量子制御 レーザーで生体反応観察(2023/5/18 科学技術・大学)