発表のポイント
- 超高速光励起-X線プローブ実験を模した理論モデルを構築し、反強磁性モット絶縁物質の光励起応答をシミュレーション
- 数十フェムト秒の光励起によって、プローブX線の散乱強度が数十フェムト秒周期の特異な振動を起こすこと、またそれが電子スピン配列の量子的な振動に起因することを世界で初めて発見
- 将来的に、超高速磁気応答の計測技術として新奇磁気デバイス開発等への応用に期待
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長、平野俊夫)量子ビーム科学部門関西光科学研究所の筒井健二上席研究員、東京理科大学(学長事務取扱、岡村総一郎)の新城一矢CREST 研究員及び遠山貴巳教授は、隣り合うスピンが互いに逆向きに配列している反強磁性モット絶縁物質1)に、極短光パルス(レーザー光)を照射すると、逆向きのスピン配列が壊れたり元に戻ったりする振動が、100兆分の1秒(10フェムト秒)の時間スケールで規則的に起きることを理論的に発見しました。
物質の磁性は、電子のスピンという量子力学的な性質で決まることが知られています。今回我々の研究チームは、スピンが互い違いに並ぶという特徴的なスピン配列を示す反強磁性モット絶縁物質に着目し、「高強度のレーザーパルスを照射した際に100フェムト秒以下の時間で瞬間的に起こるスピンの状態変化をX線散乱で調べる」という一連の過程を模擬した理論モデルを構築し、多次元シミュレーションを行いました。その結果、光励起された反強磁性モット絶縁物質から散乱されるX線の強度は、数十フェムト秒の周期で振動し、さらに互いに90度方向に散乱される成分は強度変化が逆位相になることを世界で初めて発見しました。パルス光励起下のような瞬間的な状態において、このような規則的な現象は予想されておらず、光照射によってスピン配列上に「量子的な振動」が起こることを示す新たな知見です。
今後、X線自由電子レーザー2)を用いた実験により今回の結果が検証され、極端時間に生じる新奇磁性の探査法を確立することで、磁性の学理究明や、従来より3桁以上速いフェムト秒レベルの超高速磁気デバイスの動作原理開拓に貢献することが期待されます。
本成果は、令和3年3月25日(木)に米国物理学会Physical Review Letters誌のオンライン版に掲載されました。
成果の背景
近年、レーザー技術の発達により、これまで困難だった極短パルス・高強度のレーザーが開発されてきています。この極短パルス・高強度のレーザーを物質に照射すると、瞬間的に物質中の電子が励起され、その結果、普段の物質の性質を担っている「時間が影響しない定常的な現象」とは全く異なる物理現象が生じます。そのため、レーザーなどの光で励起(光励起)された直後の極短時間に起こる物理現象を明らかにし、化学反応の制御による材料開発等、様々な応用に展開することを目的とした新たな研究が注目を集めています。
このような研究開発にはポンプ・プローブ法という手法が用いられています。ポンプ・プローブ法というのは、実際に物理現象を引き起こす極短パルスレーザー(ポンプ光)を物質に照射して光励起を引き起こし、その直後に光やX線を「プローブ光」として照射して、その光励起時の物質の物理状態を調べる手法(図1)です。
近年は、SACLA等の大型X線自由電子レーザー施設の整備により、極短パルス・高強度のX線も得られるようになり、上記のポンプ光やプローブ光としての利用も可能となってきました。一般にX線は、物質を構成する原子の配列や、材料の磁性や電気特性を決定する電子・スピンの振る舞い等の情報が得られることから、物性研究のキーツールとして利用されています。さらに極短パルス・高強度のX線をプローブ光として利用することによって、未開拓でかつ未知の領域である光励起下のような特殊な環境における極短時間領域の物性を調べることが現実味を帯び始めており、様々なアプローチが検討されてきています。
本研究では、パルスレーザー光照射によって、高速の量子力学的な状態変化を起こすことによる新奇現象が期待される磁性体に着目し、その「スピン」の状態を調べました。このスピン状態を実験的に調べることは現段階ではまだ技術的に困難であることから、その前段階としてポンプ・プローブ法によって光励起・計測を行う一連の過程を模擬した理論モデルを構築し、数値計算によるシミュレーションを行いました。
成果の詳細
本研究では、対象物質として、二次元反強磁性モット絶縁物質に着目しました。これは典型的な「反強磁性」を示す磁性体であり、磁性の最小構成要素となるスピンが層内で反平行に(スピンの向きが互い違いに)並ぶ層状構造をとります。この反強磁性モット絶縁物質に、ポンプ光として極短パルスのレーザーを照射し、プローブ光として極短パルス・高強度のX線を照射する時間分解共鳴非弾性X線散乱3)と呼ばれる実験を念頭にした理論モデルを構築し、数値計算シミュレーションを行いました(図2)。このような計算では多次元解析が必要であり、例えば、1回の計測の過程につき、数百万次元の状態を300個位求める計算を行いました。また、プローブとなる散乱X線としては、2次元的に互い違いであるスピン配列状態の変化を捉えやすい互いに90度に散乱される二つのX線シグナルに着目しました。
その結果、光励起された反強磁性モット絶縁物質においては、プローブ光として照射したX線が互いに90度に散乱される際、散乱された双方のX線の強度が、数十フェムト秒の周期で振動し、しかもそれが「逆位相」になることを発見しました(図3)。この逆位相であることは、片方の散乱X線の強度が高い時は、もう片方が低くなるということであり、極端時間にこのような規則的な現象が生じることを世界で初めて見出しました。
また、この逆位相となる原因についても調べた結果、レーザー照射により光励起された際の物質のスピン配列に起因することが分かりました。すなわち光照射されることにより、「互い違いのスピン配列が壊れた状態」と「元のスピン配列の状態」とが、量子力学的に重ね合わせられて、その二つの状態を行き来する「逆移相」の特徴を持った振動が発生することが分かりました。
極短パルスレーザーを照射した瞬間は、様々な励起が同時に起こるため、このような規則的な現象は予想されておらず、全く新しい物理現象の理論的発見と言えます。
本成果は、未開拓の超高速時間領域という最先端物理における新たな現象の理論的発見とX線自由電子レーザーを用いた新しい実験の提案という学術的に極めて先駆的・画期的なものです。また、将来的に、実験技術の進展により今回の結果が検証され、極端時間に生じる新奇磁性の探査法を確立することで、磁性の学理究明や、従来より3桁以上速いフェムト秒レベルの超高速磁気デバイスの動作原理開拓に貢献することが期待されます。
図1 ポンプ・プローブ法の模式図
図2 本研究でシミュレーションを行った計測の模式図
図3 パルスレーザー光照射後のX線散乱強度
赤と青は互いに90度方向に散乱される成分の強度変化を示しており、(a)の図は、照射するレーザーの周波数が大きいとき、(b)はレーザーの周波数が小さいときの結果です。レーザーの周波数が変わっても、赤と青のどちらも数十フェムト秒程度の周期で規則的に、かつ、その強度変化が互いに逆位相になっています。
研究グループ
量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門
関西光科学研究所 放射光科学研究センター
上席研究員 筒井 健二(つつい・けんじ)
東京理科大学 理学部第一部 応用物理学科
CREST研究員 新城 一矢
教授 遠山 貴巳
研究支援
本研究は、以下の支援を受けて実施しました。
- 基盤研究(B)一般「相関電子系に対する時間分解共鳴非弾性X線散乱の理論」
- 科研費新学術領域 「量子液晶の理論構築」
- CREST「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法
の開発と応用 強相関系における光・電場応答の時分割計測と非摂動型解析」
- JAEA大型計算機
用語解説
1)反強磁性モット絶縁物質
銅酸化物高温超伝導母物質やイリジウム酸化物Sr2IrO4等は反強磁性モット絶縁物質と呼ばれ、磁性の最小構成要素となるスピンが層状構造の層内で反平行で並んでいるといった磁性の特徴を持つ。
2)X線自由電子レーザー
(自由)電子ビームと電磁場との共鳴的な相互作用によってX線領域のエネルギー有するコヒーレント光のこと。短いパルス幅、大きなピーク輝度を持つのが特徴で、国内の大型施設としてはSACLA(理化学研究所)がある。
3)共鳴非弾性X線散乱
入射X線により物質中の内殻電子を共鳴励起し、その励起状態が緩和する過程で放出されるX線を分光する手法。この実験手法の特徴として、X線領域の波長が結晶の格子定数と同程度であることから励起の運動量依存性が観測できること、入射するX線のエネルギーを変えることで共鳴励起する元素(吸収端)を選べるので元素選択した励起が観測できる。時間分解型は、この散乱をプローブ(探査)に用いてレーザー照射後の状態の時間変化を調べる手法。