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プレスリリース

マイクロメートルサイズの 微小な粉状結晶の電子構造測定に初めて成功─ 次世代半導体開発や微粒子の物性解明のブレークスルーに─

掲載日:2023年3月2日更新
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発表のポイント

  • 高輝度放射光1)を用いて層状半導体である菱面体硫化ホウ素(以下、r-BS)2)の微小粉状結晶における電子バンドのピンポイント計測に成功し、「粉状材料の測定は困難」という常識を覆した。
  • r-BSが異方的有効質量3)を持つp型半導体4)であることを明らかにして、新たなエレクトロニクスデバイス開発への道を拓いた。
  • 本手法は広範な粉状材料にも適用可能で、電子計測による材料研究の対象を飛躍的に拡大する。

概要

 近年、高輝度放射光を用いた電子状態5)の観測により、高温超伝導体やトポロジカル絶縁体などに代表される量子材料における物性解明が大きく進展しています。一方、これまで電子状態の観測対象は大面積の試料(大型単結晶など)に限られるという問題があり、様々な材料の物性研究における障害となっていました。
 東北大学、筑波大学、物質・材料研究機構、高エネルギー加速器研究機構、量子科学技術研究開発機構、東京工業大学の共同研究グループは、マイクロメートル(μm)サイズに集光された放射光を用いて、これまで困難とされてきた微小な粉状結晶における電子状態の直接観測に世界で初めて成功しました。具体的には、近年発見され2次元材料としての応用が期待されている層状半導体であるr-BS の微小粉状結晶にμm程度に集光された紫外線をピンポイントで照射して、放出された電子のエネルギー状態を新たに開発したマイクロ集光角度分解光電子分光6(マイクロARPES7)装置を用いて精密に観測しました。その結果、r-BSが異方的な有効質量を持つp型半導体であることを突き止めました。今回の成果は、r-BSを用いたエレクトロニクスデバイスの開発に貢献するだけでなく、これまで計測が困難だった様々な粉状材料や微粒子における物性研究へのブレークスルーとなります。

 本研究成果は、アメリカ化学会発行の学術雑誌Nano Lettersの2023年2月28日号で公開されました。

詳細な説明

研究の背景

 近年、電子デバイスの機能性向上に向けた新規材料の開発と、その電子物性の解明が世界各地で精力的に進められています。そのような中で最近発見されたのが、ホウ素(B)と硫黄(S)で構成された菱面体構造を持つ層状材料r-BSです(図1)。r-BSは、よく知られている層状遷移金属ダイカルコゲナイド注8)の、遷移金属の部分をB-Bに置き換えたような構造をしており、その層状構造に起因して、劈開によって層を剥がすことで容易に薄くできるため、単層(原子層)化したときの物性にも興味が持たれています。また、半導体の特性を決定づける最も重要なパラメータである禁制帯(バンドギャップ)注9)を、層数の変化によって容易に制御できると理論予測されており、次世代半導体材料として有望視されています。さらに触媒材料や水素貯蔵材料として、グラフェン注10)を超える特性を持つ可能性が指摘されています。r-BSの機能性開拓のためには、エネルギーバンド構造などの基本的な電子構造を実験的に明らかにすることが重要ですが、そのような研究は全く行われていませんでした。その理由は、試料が粉状の微小単結晶(結晶1つの大きさが~20μm程度の微粒子)であるため、大面積の試料が必要となる従来の電子計測法では全く太刀打ちできなかったためです。この問題が、r-BSの物性解明や将来的なデバイス応用に向けて障害となっていました。

研究の内容

 今回、東北大学大学院理学研究科の菅原克明准教授と材料科学高等研究所(以下、WPI-AIMR)の佐藤宇史教授、筑波大学数理物質系物質工学域の近藤剛弘教授らの研究グループは、東北大学WPI-AIMRの折茂慎一所長と多元物質科学研究所の組頭広志教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の北村未歩助教、量子科学技術研究開発機構の堀場弘司上席研究員、物質・材料研究機構の宮川仁主任研究員と国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)の谷口尚拠点長、東京工業大学理学院物理学系の豊田雅之助教と斎藤晋教授らと共同で、微小粉状結晶r-BSを精密に観測しました。これには東北大学とKEKのグループが最近共同でKEKフォトンファクトリーにて開発した、放射光からの紫外線のスポットサイズを10μm程度に絞って精密観測できるマイクロARPES装置(図2)が用いられました。観測にあたり、まずは過去に全く例がない粉状試料の電子バンド計測を行うためのスキームを実験的に確立しました。具体的には、大気中でr-BS粉末試料を金(Au)の板上に拡散させ、そのAu基板を超高真空中に導入して表面をポリイミドの粘着テープで剥がしました。これにより、目視では確認できないほど微小な、劈開されたr-BS結晶がAu基板のごく一部の領域に残ります。次に、マイクロ集光された紫外線をAu基板に照射して、基板全体をくまなく走査しながら外部光電効果によって放出された光電子を精密に計測(図3a)することで、清浄試料表面を有する〜20μmサイズの微小結晶の位置を特定しました(図中赤点)。さらに、この位置にマイクロ紫外光を固定してピンポイントで精密測定を行うことで、r-BSのエネルギーバンド構造を初めて観測することに成功しました(図3b)。これにより、r-BSは理論予測に合致した大きなバンドギャップを持ち、p型半導体となるのに加えて、電気の流れ易さに方向依存性が現れる「異方的有効質量」を持つことも明らかになりました。

今後の展望

 本研究は、放射光先端分光を駆使して微小粉状結晶r-BSの電子状態を明らかにしたもので、材料開発と先端計測の二つの観点から大きな波及効果が期待されます。材料開発の観点では、r-BSにおける半導体的電子状態の情報に基づいたp-n接合ダイオードや太陽電池などのナノエレクトロニクスデバイス開発への応用研究が進展すると期待されます。先端計測の観点では、本研究で確立した粉状材料についてのマイクロARPESによる電子構造解明のスキームは、より広範な粉状材料や微小結晶にも適用可能なため、これらの材料においてNanoTerasuを代表とする次世代放射光施設の高輝度放射光を用いたマイクロARPESが強力な威力を発揮すると期待されます。また、本手法を用いることで、様々な新機能量子材料(例えば、新規2次元材料、原子層同士をひねって積層したツイスト原子層材料、トポロジカル材料)の局所電子状態の解明が大きく進展すると期待されます。

 本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田正仁)における研究課題「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(JPMJCR18T1)(研究代表者:佐藤宇史)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「原子・分子の自在配列と特性・機能」(研究総括:西原寛)における研究課題「MBE・原子置換・パターニングを融合した新原子層材料の創製」(JPMJPR20A8)(研究代表者:菅原克明)、日本学術振興会科学研究費助成金、などの支援を受けて行われました。

論文情報

雑誌名: Nano Letters

論文タイトル: Direct imaging of band structure for powdered rhombohedral boron monosulfide by micro-focused ARPES

著者: Katsuaki Sugawara*, Haruki Kusaka, Tappei Kawakami, Koki Yanagizawa, Asuka Honma, Seigo Souma, Kosuke Nakayama, Masashi Miyakawa, Takashi Taniguchi, Miho Kitamura, Koji Horiba, Hiroshi Kumigashira, Takashi Takahashi, Shin-ichi Orimo, Masayuki Toyoda, Susumu Saito, Takahiro Kondo, and Takafumi Sato*
*責任著者

DOI: 10.1021/acs.nanolett.2c0404

用語解説

注1. 高輝度放射光

 ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えることで発生する非常に明るい電磁波(光)のことです。真空紫外線やX線など様々な短波長領域の光を含みます。

注2. 菱面体硫化ホウ素(r-BS)

 ホウ素と硫黄から構成される原子4層の厚みの二次元シートが積み重なることでできた層状半導体物質。近年注目されている材料であったがその電子物性は未解明なままでした。

注3.  異方的有効質量

 物質中の電子や正孔は、周囲の原子や電子との相互作用によって、真空中の自由電子の質量に対して見かけ上異なる質量を持っているように振る舞います。この相互作用を取り入れた質量を有効質量と呼びます。この有効質量が運動量の方向に依存して変化する場合を異方的有効質量と呼び、電気伝導に異方性が生まれます。

注4.  p型半導体

 電荷キャリアである電子と正孔(電子の抜けた穴)のうち、正孔が動くことで動作する半導体。

注5. 電子状態(電子構造)

 固体中の電子は、決まった運動量(質量と速度の積)とエネルギーを持つことが知られています。固体中における電子の運動量とエネルギーの関係で描き出された構造を、電子エネルギーバンド構造、または単に「バンド構造」と呼びます。バンド構造は物質の結晶構造や構成元素によって様々に変化し、電気伝導や磁性などの物質固有の性質を決定づけます。

注6. 角度分解光電子分光(ARPES)

 物質の表面に紫外線やX線を照射すると、表面から電子が放出されます(外部光電効果)。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量を測定することで、物質中の電子状態が分かります。その測定手法を角度分解光電子分光(ARPES)と呼びます。この外部光電効果は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。

注7. マイクロARPES

 ARPESを行う際に用いられる光を、K-Bミラー(2枚の楕円ミラーで光を横方向と縦方向に分けて2次元集光する光学系)などによって1点に集光することで、微小試料をμmスケールの空間分解能でピンポイントに測定できます。

注8. 遷移金属ダイカルコゲナイド

 遷移金属が第16族元素のカルコゲン原子に挟まれた構造を持つ2次元シート材料のことで、グラフェンとは異なる多種多様な物性を示すことが近年明らかになってきました。そのためグラフェンを超える新たなデバイス開発の基盤材料として期待されています。

注9. 禁制帯(バンドギャップ)

 電子が占有する最高のエネルギー準位と、電子が非占有となる最低のエネルギー準位の間のエネルギー差のことで、電子の存在が許されないエネルギー範囲です。半導体を電子デバイスとして利用する際に重要となります。

注10. グラフェン

 炭素原子が蜂の巣格子上に配列した2次元シート材料のことで、炭素原子一個程度の厚さしかありません。

説明図

(a)r-BSの結晶構造および(b)微小粉状結晶r-BSの写真

図1: (a)r-BSの結晶構造および(b)微小粉状結晶r-BSの写真。

 

マイクロARPESの(a)概念図と(b)マイクロARPES装置の写真

図2: マイクロARPESの(a)概念図と(b)マイクロARPES装置の写真。高輝度紫外線を物質表面に照射して外部光電効果によって放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子構造を決定できます。さらに光のスポットサイズをミクロン単位まで小さくすることで、原子層物質などにおける局所電子構造の決定が可能になります。本研究では、Au基板上に拡散したr-BS試料にピンポイントでマイクロ紫外線を照射することで、r-BSの電子状態を精密に明らかにしました。

 

マイクロARPESを用いて得られたr-BSのB1s軌道とそのARPES強度

図3: (a) マイクロARPESを用いて得られたr-BSのB1s軌道(電子構造の一種)内殻準位強度の空間マッピング。赤が強度の強い箇所、青が強度の弱い箇所に対応します。(b) 輝度の最も強い強度の箇所で測定したARPES強度。緑色、黄色、茶色、白色が光電子の多い箇所、すなわちエネルギーバンドに対応しており、明確に観測されます。