

2025年11月7日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)
株式会社モノベエンジニアリング
倉敷繊維加工株式会社
発表のポイント
- 従来のホウ素除去技術は処理速度が遅く、大型装置の導入が必須であった
- 新開発の吸着材と独自構造のバネフィルターにより、ホウ素を従来比で約500倍の速度で除去できる
- 小型・高性能な装置は多様な業種に応用でき、除去した元素の資源利用も期待される
概要
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫)高崎量子技術基盤研究所先端機能材料研究部の保科宏行主幹研究員、瀬古典明プロジェクトリーダー、株式会社モノベエンジニアリング(代表取締役社長 物部長智)の物部長順会長、倉敷繊維加工株式会社(代表取締役社長 米澤秀次)企画開発部の中野正憲部長らの研究グループは、排水中のホウ素を従来の500倍の速さで除去できる新技術の開発に成功しました。

図1 吸着材とバネフィルターを組み合わせたホウ素除去技術の概要
かつて日本では、カドミウムによるイタイイタイ病の発生を受けて、有害物質に対する排水規制や除去技術の開発が急速に進展しました。現在では、ホウ素もまた、環境および健康への影響が懸念される物質として注目されています。ホウ素は微量の摂取であれば有益ですが、長期ばく露により発育障害や中枢神経系への影響が報告されており、水質汚濁防止法により排水中濃度は10 mg/L以下に規制されています。
しかし実情として、ホウ素はめっき業やガラス製造業などで利用され、また温泉施設では全国1,300もの施設が対象となっているなど、社会全体で取り組みが必要とされる一方、従来の除去技術では処理速度が遅く、大型設備が必要となるため、多くの事業者にとって基準値の達成が困難な状況が続いています。これに対し、長年にわたり暫定的な緩和措置が適用されており、処理速度が速い新しい除去技術の開発が求められてきました。
このような課題を解決するため、まず、親水性が高く、表面積の大きいパウダー状のセルロースに、放射線グラフト重合によりホウ素に吸着選択性のある官能基を高密度に導入した吸着材を開発しました。次に、この吸着材を独自構造のバネフィルターに充填して、圧力損失を抑えつつ水流との接触効率を最大化することで、従来技術の限界を大きく超える従来比約500倍の速度でホウ素を除去することに成功しました。
この処理速度の飛躍的向上は、装置の小型化につながり、限られたスペースでの高効率なホウ素除去が可能となります。これにより、小規模事業所での導入が現実的になるだけでなく、暫定基準が適用されてきためっき事業者や温泉施設でも環境基準の遵守が促進されることが期待されます。また、除去後のホウ素は吸着材の酸処理により回収することができ、処理コストの低減と資源循環の両立が期待されます。
本技術は、有害物質の除去にとどまらず、有用物質の回収にも応用可能であり、持続可能な水処理技術への展開が期待されます。
本研究成果は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境総合研究推進費(JPMEERF20221G02) 「バネの隙間を利用した超高速ホウ素除去技術の開発(研究代表者:保科宏行)」の支援が含まれています。
本研究成果は、2025年11月10日(月)に北九州国際会議場で開催される第35回日本MRS年次大会の社会実装材料研究シンポジウムの招待講演において、発表されます。
語句説明
【ホウ素】
ホウ素は、めっきやガラス製造などの産業排水に含まれる物質であり、水質汚濁防止法により排水中濃度は10mg/L以下と定められています。ホウ素は自然界にも存在する元素ですが、高濃度で水環境に流出すると、水生生物への毒性や農業用水への影響が懸念されており、慢性的な蓄積による生態系への影響が指摘されています。さらに、ホウ素は人体に対しても影響を及ぼす可能性があり、過剰に摂取した場合には、消化器症状(吐き気、下痢)、皮膚炎、腎機能障害などを引き起こすことが報告されています。特に乳幼児や妊婦に対しては感受性が高く、長期的な曝露による健康リスクが懸念されるため、排水中のホウ素濃度管理は公衆衛生の観点からも重要です。
【水質汚濁防止法】
水質汚濁防止法(通称:水濁法)は、工場や事業場から公共用水域や地下水へ排出される水を規制し、国民の健康と生活環境を守ることを目的とした法律です。1970年に制定され、有害物質や生活排水に対して排水基準を定めています。公害対策の柱として現在も重要な役割を担っています。
【暫定基準】
水質汚濁防止法では、全国一律の排水基準(一律排水基準)が定められていますが、既存の事業所のうち、技術的にすぐにはその基準を達成することが困難な業種に対しては、暫定的に緩和された排水基準(暫定排水基準)が設定されます。
【バネフィルター】
ステンレス製の巻きバネに微細な突起を設け、隣接するバネ線との間に一定の隙間を形成した構造であり、
汚濁水がフィルター外部から流入すると、バネの隙間で懸濁物質がろ過される。高性能・高耐久のろ過装置で、特にメンテナンス性やろ過精度に優れた特徴を持っています。
【放射線グラフト重合】
放射線(電子線やγ線)を用いて高分子材料に新たな機能を付与する技術です。園芸の「接ぎ木(graft)」のように、既存の高分子鎖に別の高分子鎖を化学的に結合させることからこの名がついています。
高分子基材(ポリエチレンやセルロースなど)に放射線を照射すると、ラジカル(活性種)が生成されます。ラジカルが生成された基材に、反応性モノマーを接触させることで、モノマーがラジカルと反応し、基材に枝状の高分子鎖(グラフト鎖)が成長します。これにより、モノマーが持っていた機能が基材に付与されます。
【水処理技術】
水処理技術は、水中の不純物や有害物質を除去して、目的に応じた水質に改善する技術です。物理的処理(ろ過・沈殿)、化学的処理(吸着・中和・凝集)、生物的処理(活性汚泥法)などがあり、用途に応じて組み合わせて使われます。これらの技術は、飲料水製造から工業排水処理まで幅広く活用されています。
水処理設備のサイズは、用途や処理量によって大きく異なります。例えば、500m3/日の排水処理を行っている処理場では、10m3のホウ素吸着塔を備えています。

