2025年12月5日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)
発表のポイント
- 産業微生物(細菌・酵母・微細藻類など)は医薬品やバイオ燃料など多くの分野で活用されていますが、従来の手法では、望ましい性質だけを効率よく引き出すことが困難でした。
- 実験進化とガンマ線照射を組み合わせ、微生物の進化を加速させる新しい技術の開発に成功し、高温耐性と増殖能力を兼ね備えた優良株の獲得に成功しました。
- この新技術は食品、医薬、エネルギーなど多様な分野へ応用し、生産性の向上や環境負荷の低減などに貢献することが期待されます。
概要
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)高崎量子技術基盤研究所 量子バイオ基盤研究部の長谷プロジェクトリーダーらの研究グループは、量子ビームの一種であるガンマ線を活用し、微生物の進化を加速させて改良する新たな手法を開発しました。
細菌や酵母、微細藻類などの微生物は、発酵食品や医薬品、バイオ燃料の製造など、私たちの暮らしのさまざまな場面で活躍しています。しかし、これらの産業微生物の機能を向上させることは容易ではありません。研究グループはこれまでに、量子ビームの照射によって高温に強い根粒菌の変異株を獲得することに3年以上かけて成功しました。しかし、この変異株は、野生株(もとの株)が最もよく増殖する温度(至適温度)では増殖能力が低く、実用化に向けた試験に発展させることはできませんでした。そこで今回、人工的な環境で長期間培養することで望ましい性質を獲得させる「実験進化」と、多様な変異を導入できるガンマ線の「繰り返し照射」とを組み合わせることで、高温に強く、至適温度での増殖能力も損なわれない、望ましい性質を持つ変異株を速やかに獲得できると考えました。
研究グループは、根粒菌の高温耐性と増殖能力をモデルとして「実験進化+くり返し照射」の効果を検証しました。培養温度を徐々に上げながら、約3カ月の間、週1回のペースでガンマ線を繰り返し照射しました。その結果、照射を行わない場合に比べ、より速やかに高温耐性を獲得するだけでなく、至適温度では野生株と同等の増殖能力を維持していることが明らかとなりました。
この手法は、根粒菌を含むさまざまな産業微生物に適用可能であり、より高機能な微生物の開発に新たな可能性を拓くものです。食品分野では発酵効率の向上、医薬品分野では有用物質の高生産、エネルギー分野ではバイオ燃料製造の効率化など、多様な応用が期待されます。今後は、本技術を幅広い産業微生物に展開し、実用化に向けた研究開発を加速します。これにより、持続可能な社会の実現に貢献するとともに、産業界との連携を深め、革新的な生産技術の社会実装を目指します。
本研究成果は、キヤノン財団「善き未来をひらく科学技術」(課題名:実験進化遺伝子マイニングによる作物デザイン情報基盤創出)の支援を受けています。
本研究成果は、2025年11月25日(火)にMutation Research– Fundamental and Molecular Mechanisms of Mutagenesisに掲載されました。
【研究開発の背景】
量子ビームなどによって変異を起こす方法は、植物や微生物の改良に広く用いられています。従来、変異処理を施した数多くの植物や微生物の集団の中から、望ましい性質を持つ変異株を見つけ出し、新品種として利用してきました。しかし、新しく生じる変異には生育に悪い影響を及ぼすものも多いため、従来法では本来の増殖能力が損なわれる場合も多く、望ましい性質だけを効率よく引き出すことは困難でした。
以前、研究グループは、植物の生育を促進する働きがあり、バイオ肥料にも使われている根粒菌を高温に強くすることを目指し、量子ビームを照射することによって、高温に強い変異株を獲得することに成功していました。しかしながら、野生株が最も良く増殖する本来の至適温度での増殖能力が低く、実用的な価値は見いだせませんでした。
実験進化は、人工的な環境下で微生物を長期間培養することによって望ましい性質を持つ変異株を獲得する手法で、産業微生物の改良にも使われています。実験進化は、微生物の集団を増殖させながら、培養環境に適した変異株が集団内に発生することを期待する手法であるため、本来の増殖能力を維持しやすい一方、長期間の培養が必要です。研究グループは、ガンマ線によるくり返し照射を実験進化と組み合わせることで、望ましい性質をもたらす変異が蓄積し、且つ本来の増殖能力を損なわずに保持している変異株を速やかに得られるのではないかと考えました。そこで今回、根粒菌の高温耐性をモデルとして、「実験進化+くり返し照射」の効果を検証しました(図1)。
【研究手法と成果】
野生株の増殖至適温度である32℃から野生株がほとんど増殖できない37℃まで徐々に温度を上げながら3ヵ月にわたって培養し、この間に10回のガンマ線照射を行いました(図2)。最終的に、36℃の寒天培地上で良好な生育を示し且つ32℃で野生株と同等の生育を示す高温耐性株の獲得に成功しました。36℃の寒天培地上で増殖できる系統は、今回の実験条件では線量40 Gyのくり返し照射で最も多く得られ、ガンマ線の照射によって高温環境への適応を加速できることがわかりました。さらに、36℃の寒天培地上で最も優れた生育を示す系統では、複数の共通する遺伝子に変異が生じており、高温耐性をもたらす有益な変異を複数あわせ持つことが確認されました。これらの結果から、「実験進化+くり返し照射」によって、従来法では獲得が困難な優れた変異株の獲得が期待できることがわかりました。

図2 「実験進化+くり返し照射」による高温に強い根粒菌変異株の獲得
【今後の展開】
今回、根粒菌の高温耐性をモデルとしてその効果を実証した手法は、様々な産業微生物の潜在力を最大限に引き出すことに貢献すると期待されます。高温耐性だけをとりあげても、培養プロセスにおける培養液の冷却コストを低減でき、生産性の向上に役立つと期待されます。
【謝辞】
本研究は、キヤノン財団「善き未来をひらく科学技術」(課題名:実験進化遺伝子マイニングによる作物デザイン情報基盤創出)の支援を受けて実施しました。
【掲載論文】
タイトル:Repeated artificial mutagenesis of Bradyrhizobium diazoefficiens by gamma irradiation accelerates the acquisition of high-temperature tolerance
著者:HASE Yoshihiro*, NAGAFUNE Ikuko, SATOH Katsuya (*:責任著者)
所属:Takasaki Institute for Advanced Quantum Science, National Institutes for Quantum Science and Technology
掲載紙:Mutation Research – Fundamental and Molecular Mechanisms of Mutagenesis
DOI:10.1016/j.mrfmmm.2025.111919

