令和8年1月5日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
発表のポイント
- 早期乳がんに対する世界初の根治的重粒子線治療の第II相試験を実施しました
- 12例を評価した結果、5年局所制御率1)92%、再発は1例のみ、重い副作用はなく、外見も良好な状態が維持されました
- 手術非適応または手術を希望しない患者へ、早期乳がんの根治的かつ生活の質(QOL)が高い治療として期待されます
概要
量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)の唐澤久美子医師(現:河北総合病院)、小此木範之医師(現:順天堂大学病院)、村田和俊医師(QST病院泌尿生殖器腫瘍課長)、らは、早期乳がんに対する切除を行わない根治的重粒子線治療の第II相試験2)を行い、有効性と有用性を確認しました。
乳がんは、世界中の女性で最も多く診断されるがんで、毎年世界で約230万人が罹患するといわれています。早期乳がんの治療では、手術が標準的な方法であり、ほとんどの患者が乳房の一部または全部を切除しています。近年は、乳房を残しながら治療する「乳房温存療法」が広まり、整容性(見た目が自然であること)の面や生活の質(QOL)の向上が期待できるようになりました。しかし、乳房にメスを入れることに抵抗を感じる患者はまだ多く、手術をしない治療法の開発が求められています。
重粒子線治療は、がんに集中して高い効果を発揮し、周囲の皮膚や乳房への影響を最小限に抑えられる特徴があります。このため、手術をせずに早期乳がんを根治できる可能性があると考えられています。
QST病院では、2013年から60歳以上のI期低リスク群3)乳がん患者に対する「手術をしない重粒子線治療」の臨床試験(第I/II相)を開始し、2019年までに第II相として患者12例に治療を行いました。重粒子線は1日1回15Gy(RBE)4)、4日間で総線量60Gy(RBE)を照射しました。5年以上の経過観察では、局所制御率は92%と有効性を確認しました。1例に再発があり手術が行われましたが、その他の患者は再発なく経過し、重い副作用もなく、整容性の面でも良好な結果が得られました。
この治療法は、手術ができない、または手術を望まない早期乳がん患者にとって、新しい選択肢になる可能性があります。現在QST病院では、早期乳がんに対する「手術をしない重粒子線治療」の対象となる患者の拡大や、治療の負担のさらなる軽減を目的に、新たな試験を行っています。一つは20歳以上のすべてのリスク群0-I期乳がんに対する標準的補助療法を併用する試験、もう一つは50歳以上の低リスク群0-I期乳がんに対する1回照射の試験です。
本研究は、放射線治療に関する論文が数多く発表されている国際誌International Journal of Radiation Oncology, Biology, Physicsに2025年10月24日にオンライン掲載さました。
研究開発の背景と目的
早期乳がんの標準治療は手術ですが、医学的に手術ができない患者や手術を望まない患者のため、近年は手術以外の方法も試みられています。例えば、ラジオ波焼灼療法、凍結療法、高密度焦点式超音波、定位放射線治療、粒子線治療などです。ラジオ波焼灼療法と凍結療法は、乳房に針を刺す侵襲的治療であり、痛みを伴います。高密度焦点式超音波、定位放射線治療は、それぞれ外部から超音波およびX線を照射するため侵襲はありませんが、がんの周囲への影響は粒子線の方が低く抑えられると考えられます。これらのことから、より侵襲が少なく、より周囲への影響が少ない治療法として重粒子線治療による早期乳がん治療の研究開発が期待されています。
粒子線治療の一種である重粒子線治療(炭素イオン線治療)は、がんに集中して高い線量を届け、周囲の正常組織に当たる線量を低くできる特徴があります。また、重粒子線は当たった細胞のDNAの二本鎖を切断する等、修復困難なDNA損傷を起こすことが知られています。そのため、従来のX線治療に比べて、2~3倍の効果があると考えられています。
重粒子線治療はこれらの特性を生かして、前立腺がん、頭頸部がん、膵がん、肝がんなど多くの悪性腫瘍で臨床的な有効性が示され、複数の疾患で保険適用されています。早期乳がんに対しても、手術ができない、または手術を望まない患者にとって、新しい非外科的治療の選択肢になると考えられます。
そこでQST病院は、2013年から早期乳がんに対する「手術をしない重粒子線治療」の臨床試験(第I/II相)を開始しました。今回の臨床試験では、治療の「長期的な効果」「安全性」「整容面(外見)」を評価することを目的としました。
研究の手法と成果
本臨床試験では、I期、ER陽性5)、HER2陰性6)の浸潤性乳管癌で、直径2cm以下で転移がない60歳以上の女性の患者を対象としました。重粒子線は1日1回15Gy(RBE)、4日間で総線量60Gy(RBE)を照射しました。
第II相試験の一部として12例の患者が治療を受けました。観察期間の中央値は73カ月(60-100カ月)です。「長期的な効果」として評価した5年全生存率は100%、5年局所制御率および無病生存率7)はいずれも92%と良好でした(図1)。細胞増殖に関連するタンパク質のKi-67指数が高い患者1例で治療した部位で再発が認められ、乳房切除術が行われました。

図1 『重粒子線治療後の長期的治療効果
5年全生存率は100%、5年局所制御率および無病生存率はいずれも92%でした。
(5年以降に1例遠隔転移再発をしている)
照射後1カ月程度に軽微な皮膚の変化又は皮膚炎は6例に認められましたが、痛みなどの症状を伴う皮膚の変化や皮膚炎は認められませんでした。遅発性有害事象としては、2名に肋骨骨折が、3名に乳腺炎関連疼痛が認められましたが、いずれも保存的に回復しました。これらのことから「安全性」を確認できました。「整容面(外見)」については、再発により乳房切除術を受けた1例を除く全例で、良好な状態が維持されました。
今後の展開
これらの結果は重粒子線治療が、医学的に手術ができない、または手術を望まない早期乳がん患者にとって、生活の質(QOL)が高い根治的治療の選択肢として期待できることを示しています。今回の臨床試験は非常に限られた病態を対象としておりましたが、対象となる早期乳がん患者を拡大するために20歳以上のすべてのリスク群0-I期乳がんに対する標準的補助療法を併用する試験も現在行われております。さらにより患者の負担が軽減されることを目指して、1日で治療が終わる50歳以上の低リスク群0-I期乳がんに対する1回照射の試験も行われております。今後は早期乳がんに対する根治治療の選択肢となるべくより大規模な臨床試験による検証が求められるため若月優副病院長を中心に進めてまいります。
用語解説
1)局所制御率
治療を行なった(重粒子線を照射した)部位で再発が起きていない確率。
2)第2相試験
新しい治療法の有効性と安全性、適切な用法・用量を評価するために、比較的少人数の患者を対象として実施される段階の臨床試験です。社会実装の最終段階となる第III相試験の設計を検討するための重要なステップと位置付けられています。
3)低リスク群
乳癌のリスクは、がん細胞の性質や増殖スピード、再発リスクの違いによって分類しています。低リスク群は、腫瘍が2cm以下などと小さく(Tis〜T1)、リンパ節転移がなく(N0)、ホルモン受容体陽性・HER2陰性で、増殖能が低い(ルミナルA)タイプで、特に50歳以上の患者では局所再発リスクが低いとされます。
4)Gy(RBE)
グレイ(アールビーイー)。重粒子線治療の時に使う放射線線量の単位です。
5)ER陽性
エストロゲンレセプター陽性。がん細胞の表面にエストロゲン受容体が存在していること。日本の女性の乳がんの7~8割がER陽性で、ホルモン療法が有効な治療法になります。
6)HER2陰性
ハーツー陰性。がん細胞の表面にあるHer2タンパク質の発現がないこと。HER2タンパク質を標的にした分子標的薬が効かないタイプです。
7)無病生存率
治療後に再発や転移をしていない状態で生存している確率。
掲載論文
タイトル:
Carbon-Ion Radiotherapy as Non-Surgical Treatment for Early-Stage Breast Cancer: Five-year Results from the Phase II Part of the First Prospective Clinical Trial
著者:
Noriyuki Okonogi, MD, PhD a,b, Kumiko Karasawa, MD, PhD a,c,⁎, Kazutoshi Murata, MD, PhD a , Tokuhiko Omatsu, MD, PhD a , Hiroto Murata, MD, PhD d , Masaru Wakatsuki, MD, PhD a , Hitoshi Ishikawa, MD, PhD a
著者所属:
a QST Hospital, National Institutes for Quantum Science and Technology, Chiba, Japan
b Department of Radiation Oncology, Juntendo University Graduate School of Medicine, Tokyo, Japan
c Department of Radiation Oncology, Kawakita General Hospital, Tokyo, Japan
d Department of Radiation Oncology, National Center for Child Health and Development, Tokyo, Japan
⁎ Corresponding author: Kumiko Karasawa, MD, PhD
雑誌名:
International Journal of Radiation Oncology, Biology, Physics
DOI: https://doi.org/10.1016/j.ijrobp.2025.10.020
