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プレスリリース

電子のふるまいを1マイクロメートルの細かさで見る顕微鏡の開発に成功 ~量子材料・次世代情報処理デバイス開発の加速に期待~

掲載日:2026年3月11日更新
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QST縦ロゴロゴ
2026年3月11日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
国立大学法人東北大学

 

発表のポイント

  • 量子材料中の電子状態を放射光で計測する手法である共鳴非弾性X線散乱(RIXS)では、従来、精度(エネルギー分解能)と位置情報(空間分解能)の両立が困難でした。

  • このたび、X線光子の空間情報を逆算する新たな手法により、超高エネルギー分解能と1 マイクロメートル以下の空間分解能を両立させて試料中の電子状態の分布を可視化する「2D-RIXS顕微鏡」を世界で初めて開発しました。

  • 今後、スピントロニクス材料、ナノデバイス内部の電子状態を高精細に観察できる新技術として期待できます。

 概要

 量子科学技術研究開発機構(QST)の山本航平研究員、宮脇淳主幹研究員、東北大学学際科学フロンティア研究所の鈴木博人助教らの研究グループは、ナノテラス(注1)に設置した電子状態のわずかなエネルギー差を見分ける超高エネルギー分解能をもつQSTの共鳴非弾性X線散乱(RIXS:注2)装置「2D-RIXS」において、物質中の電子のふるまいを1マイクロメートル以下の精度で可視化することに世界で初めて成功しました。本装置は、ナノテラスの高輝度X線と独自の光学設計を組み合わせることで、これまで困難だった「材料内部の量子状態の空間分布」を、顕微鏡のように直接観測することを可能にします。本成果は、量子材料やスピントロニクス材料、次世代情報処理デバイスの研究開発を大きく前進させるものです。
 RIXSは電子や原子、スピンの量子力学的な電子状態を直接調べる強力な手法です。これまでRIXSはエネルギー分解能の向上をめざして開発が行われてきました。QSTは、世界最高のエネルギー分解能の装置「2D-RIXS」を独自に開発し、2025年3月から広く研究者に利用されています(注3)。一方で、微細化が進む半導体デバイスや、不均一性が鍵となる量子材料の研究の進展に伴い、「どんな電子状態か」だけでなく、「それが試料中のどの位置に存在するのか」を知ることが不可欠になってきました。
 超高エネルギー分解能を失うことなく、空間分解能を手に入れるためにはどうすればよいのか?この問いに研究チームは「2D-RIXS」装置の原理を根本から見直しました。「2D-RIXS」装置では、超高エネルギー分解能を達成するために、X線を当てて得られた試料全体の信号を足し合わせて強度を高めていますが、この足し合わせる前の個々のデータには試料中のどの位置から来た信号であるかの情報も含まれていることに研究チームは着目しました。この着想をもとに、空間分解能の評価と光学系の精密な制御という地道で粘り強い検証を積み重ねた結果、一つ一つのX線光子ごとに空間情報をたどる手法を確立し、これまで両立不可能であった超高エネルギー分解能と高空間分解能を同時に実現しました。
 この新しい技術はナノテラスの共用実験制度において利用可能であり、今後、材料内部の電子状態をこれまでにない高精細で描き出す技術として、次世代デバイス開発への貢献が期待されます。

 この研究成果は、学術誌Journal​ of Synchrotron Radiationに2026年3月11日付(日本時間)で掲載されます。

研究開発の背景と目的

 共鳴非弾性X線散乱(RIXS)は、物質中の電子や原子、さらには電子のもつスピンの状態を直接捉えることができる、極めて強力な分光手法です。電子状態のエネルギーの情報を得る手法であり、世界各地の放射光施設で、長らく超高エネルギー分解能を追求する熾烈な競争が繰り広げられてきました。量子科学技術研究開発機構(QST)は、ナノテラスが提供する高輝度放射光を最大限に活用し、最適化された光学系設計と高精度な光学素子を組み合わせることで、世界最高水準のエネルギー分解能を有する「2D-RIXS」装置を構築してきました。本装置は、2025年3月より研究者コミュニティに広く供されています。一方で、半導体デバイスの微細化や、空間的な不均一性が物性の本質を左右する量子材料の研究の深化に伴って、「どのような電子状態か」だけでなく、「それがどこに存在するのか」を知ることの重要性が顕在化してきました。エレクトロニクスやスピントロニクスといった情報処理デバイスの高度化においては、材料内部の電子・量子状態を空間分布として高精度に把握する技術が不可欠です。
 しかし、超高エネルギー分解能と高空間分解能を同時に実現するRIXS装置は存在していませんでした。そのため、従来のRIXS測定では試料全体の平均的な情報しか得られず、デバイス内部の微小領域や、空間的に不均一な量子状態を選択的に調べることが困難でした。この制約により、RIXSによって見いだされた新しい現象であっても、それをデバイスとして微細加工した段階で評価が不可能となるケースが生じていました。さらに、新奇な物性の多くは空間的な分布やパターンを形成することが知られており、基礎科学の観点からも、空間情報を備えたRIXS計測の実現が強く切望されてきました。

研究の手法と成果

 QSTは、こうした計測の根本的制約を克服する次世代のRIXS技術の確立を目指し研究開発を進めてきました。本研究で用いた「2D-RIXS」装置は、電子状態のエネルギーを詳しく調べるための回折格子に加え、試料内部のどの位置から信号が出たのかという空間情報を平面型の検出器上に投影する独自の光学系を備えているものです。研究チームはこの点に着目し、これまでは計測感度を上げるために信号を足し合わせていた一つ一つのX線について、それぞれの情報を光学系の設計に基づいて換算をすることによって、空間情報を得るようにしました。今まではエネルギー分解能のみを指標として装置の調整を行ってきましたが、今回初めて空間分解能を評価しながら、エネルギー・空間分解能の条件を同時に満たすように、回折格子およびイメージングミラーのパラメータを最適化しました。試料内部で散乱した正確な位置を画像として再構成し、空間分解能1 マイクロメートルの測定をワンショットで行うことに成功しました。これは、電子状態のエネルギー情報と、その空間的な分布を同時に高精度で観測できる、世界で初めての「RIXS顕微鏡」の実現を意味します (図1)。
 開発したRIXS顕微鏡の性能を検証するため、シリコン基板上にニッケル(Ni)薄膜で作製したナノテラスのロゴの微細パターンを測定しました。ニッケル中の3d電子に関する情報だけを抽出するX線のエネルギー条件で測定しました。これによりニッケル中の3d電子の分布の様子が空間分解能1 マイクロメートルで効率よくマッピングできることが実証されました。微細加工された試料から着目する元素の電子の状態を抽出して取得できたことは、高エネルギー分解能と微細領域のマッピング測定を組み合わせた本手法の有効性を示すものです。

本成果の概念図
​図1:超高エネルギー分解能と高空間分解能を両立する「2D-RIXS顕微鏡」の概念図。
​ 2024年にQSTが開発したナノテラスの「2D-RIXS」装置では、一般的なRIXS装置(上段左)と比較して、電子状態の違いを格段に精細に識別できる超高エネルギー分解能を達成した(上段右)。さらに本研究では、高い空間分解能を持った計測も同時に実現し、試料内部の量子状態の分布を顕微鏡のように直接観察することに成功した(下段)。下段のイメージは2D-RIXS顕微鏡によるニッケル薄膜微細構造の空間分解測定結果。多彩な磁性体のスピン状態を担うニッケル3d電子に対応するRIXS信号を用いることで、スピン状態を応用したデバイスを模擬してシリコン基板上に形成した微細パターンの電子状態分布をマッピングした(色はニッケル3d電子の情報に対応している)。本結果は、850エレクトロンボルト付近の軟X線を用いて、空間分解能1マイクロメートル、エネルギー分解能約17ミリエレクトロンボルトでのRIXSイメージングが可能であることを示している。

今後の展開

 本研究により、超高エネルギー分解能かつ高空間分解能での観測が可能になり、RIXS測定はナノスケール・マイクロスケール領域の電子状態を直接可視化する手法へと進化しました。
 超高エネルギー分解能を利用すれば材料中の電子や原子、スピンの集団的な量子力学的なふるまいを細かく区別することができ、さらに高空間分解能を利用すれば量子材料やスピントロニクス材料、ナノデバイスなどにおいて、それらの量子・電子状態が「どこに、どのように存在しているのか」を観察できるようになります。
 今後、材料内部の電子状態をこれまでにない精細さで描き出す技術として、次世代の情報処理デバイス開発に指針を与えることが期待されます。本研究の成果である「2D-RIXS」顕微鏡の利用機会は、ナノテラスの共用実験制度のもと国内外の研究者に広く開かれます。

謝辞

 本研究は、科学研究費助成事業JP22K13994、JP25K00014、および量子科学技術研究開発機構-東北大学マッチング研究支援事業、東北大学-産総研マッチング研究支援事業、東北⼤学附置研究所若⼿アンサンブルプロジェクトの助成を一部受けています。

用語解説

(注1) ナノテラス(NanoTerasu)

 3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuは、1メートルの10億分の1というナノの世界を観察することができる世界最高水準の先端大型研究施設。NanoTerasuは、電子を加速器によりほぼ光の速さまで加速し、太陽光の約10億倍にも及ぶとても明るい放射光というX線を発生させ、これを物質に照らすことにより観察を行います。このような観察を通じて、基礎科学はもちろんのこと、エネルギー、材料、デバイス、バイオ、食品など様々な産業領域において幅広く利用され、科学とイノベーションの両面を支えます。

 

(注2) 共鳴非弾性X線散乱(RIXS: Resonant Inelastic X-ray Scattering)

 試料に含まれる化学元素の吸収端に合わせた軟X線を照射し、散乱されて出てくる光のエネルギーを調べる分光法のことです。軟X線は波長が約1ナノメートルから10ナノメートルの間の光であり、物質内部の電子の性質を調べるのに有用で、使う波長を選ぶことにより、化合物のなかから特定の元素軌道に関する電子状態を抽出することができます。QSTが開発したナノテラスのRIXS装置「2D-RIXS」は世界で最高のエネルギー分解能をもちます。

 

(注3)2024年9月18日QSTプレスリリース:

物質の未知の振る舞いに迫る!新世代の分析技術でエネルギー分解能の世界記録を更新
~NanoTerasuが2025年3月から世界最先端の分析装置を共用~
 https://www.qst.go.jp/site/press/20240918.html

掲載論文

タイトル:2D-RIXS: Resonant inelastic x-ray scattering microscopy with high energy and spatial resolutions

著者:Kohei Yamamoto a, Hakuto Suzuki b,c, and Jun Miyawaki a

著者所属:

aNanoTerasu Center, National Institutes for Quantum Science and Technology, 468-1, Aoba, Aramaki, Aoba-ku,Sendai, Miyagi, 980-8572, Japan

bFrontier Research Institute for Interdisciplinary Sciences, Tohoku University, Sendai 980-8578, Japan

cInstitute of Multidisciplinary Research for Advanced Materials (IMRAM), Tohoku University, Sendai 980-8577,

雑誌名:Journal​ of Synchrotron Radiation

DOI: https://doi.org/10.1107/S1600577526000573