
2026年3月26日
量子科学技術研究開発機構(QST)
琉球大学
発表のポイント
- アリやミツバチなどの社会性昆虫の集団が機能する仕組みの解明には、行動を定量的に理解することが必要
- これまで難しかったアリの栄養交換※1を、RIイメージング技術を用いてリアルタイムで定量的に可視化することに成功
- 社会性昆虫※2の行動を「観察する」だけでなく「測る」ことを可能に。生物社会を科学する新たな研究アプローチを提示
概要
量子科学技術研究開発機構(理事長:小安重夫)高崎量子技術基盤研究所の鈴井伸郎上席研究員、山口充孝上席研究員、河地有木プロジェクトリーダーらは、国立大学法人琉球大学農学部の辻瑞樹教授らとの共同研究により、アリの集団内で餌がどのように分配・交換されるかを、放射性同位元素(RI)※3をイメージングする技術を用いてリアルタイムかつ定量的に可視化する手法を開発しました。
アリやミツバチなどの社会性昆虫は、個体同士が餌を分け合うといった協力行動(栄養交換)によって集団として機能しています。しかし、こうした行動はこれまで主に観察に基づいて研究されており、「誰が、いつ、どれだけ分け与えたのか」をリアルタイムで定量的に測定することが困難でした。このことが、集団が機能する仕組みを理解する上での大きな課題となっていました。
この課題を解決するため、本研究ではごく微量の放射性ナトリウム※4を含む餌をアリに与え、高感度なRIイメージング※5装置を用いて餌の挙動の可視化を試みました。約100匹の集団と11匹の個体間という異なるスケールで、餌の分配・交換をリアルタイムで定量的に可視化することに成功しました。これにより、これまで把握が難しかった栄養交換を時間の経過とともに追跡できるようになり、餌の広がり方が一様ではなく、集団の状態によって大きく変わることや、集団内の役割分担の状況によって特定の個体どうしが何度もやりとりする場合があることもわかりました。
アリの社会は、一匹一匹の単純な行動が積み重なり、役割分担や秩序あるふるまいを生み出すことで成り立っている、自然界における高度な「社会」の一例です。本研究で確立した手法は、行動生態学※6研究において社会性昆虫の行動を「観察する」だけでなく「測る」ことを可能にする画期的な技術であり、生物社会における協調行動や集団機能を、定量的に理解するための新しい技術基盤を提供します。
本研究成果は、2026年3月26日(木曜日)19時00分(日本時間)にScientific Reports誌に掲載されました。
【研究開発の背景】
アリやミツバチなど社会性昆虫の集団行動は、生態系の維持や農業と深く関わっており、人間社会にとっても重要な存在です。一方で、外来種の拡大による在来種の生息環境への影響など、生態系の変化が社会的な関心事となっています。しかし、食料分配の仕組みなど、社会性昆虫が「集団としてどのように機能しているか」を、リアルタイムかつ定量的に把握する手法は限られていました。
【研究手法と成果】
長寿命の放射性同位体である²²Naと、放射線イメージング技術(Positron emitting tracer imaging system:PETIS)を組み合わせることで、集団全体の食料分配と個体間の受け渡しを高感度で測定する新たな可視化手法を開発しました。本手法により、100匹規模のアリ集団における食料分配の様子を、世界で初めてリアルタイムかつ定量的に可視化することに成功しました。

図1 22Naを用いたアリの「助け合い行動」を可視化するRIイメージング実験手法

図2 画像から1匹のアリから100匹のアリへの餌の分散度合を定量的に解析した結果
青線がグループ1、黄色線がグループ2、緑線がグループ3の解析結果です。縦軸は分散を示しており、数値が高く1に近いほど餌が局在(一部のアリが独占)していることを示しています。グループ1とグループ2では約20分で餌がほぼ行き渡っていますが、グループ3ではアリ同士の餌の分配が行き渡っていない傾向があることが観測されました。グループ1で「餌集め役」のアリを多く抽出した影響で、グループ3では残りの「巣内世話役」のアリの割合が増大し、その結果、グループ3では仲間への食物分配が滞ったと推測されます。
動画(説明) 11匹のアリが餌を分け合う協力行動を捉えた動画。左上のビデオ画像ではアリが動き回っている様子が映し出されていますが、餌を分け合う様子は解りません。右上のように一匹のアリが群れの中に持ち帰った餌が、RIイメージングを活用することで、どのように分け合い、個々のアリに分けられたかを、本研究で開発した技術で解るようになりました。左下の画像はビデオ画像からアリの各個体を区別して番号をふり、それぞれが持つ餌の多さを円の大きさで表現しています。右下のグラフは個々のアリが腹の中に蓄えた餌の量の時間変化を示しています。
このように、集団での挙動を評価するための100匹規模のアリの集団と、個体どうしのやりとりを定量的に評価できる11匹のアリを対象として、餌の挙動を追跡しました。その結果、100匹の集団では、餌が時間とともに全体にどのように広がっていくかという「集団全体のふるまい」と、11匹の小さな集団では、個体同士がどのくらいの餌を交換したかという「個体間のやりとり」を、それぞれリアルタイムで可視化することに成功しました。得られた画像データから、1匹のアリから100匹のアリへと餌が広がっていく分散度合を定量的に解析するとともに、11匹規模の集団においては、個体ごとの餌交換量を微量レベルまで定量化することができました。これにより、従来法では困難であった「集団スケール」と「個体スケール」の両方における食料分配の可視化と定量評価を同時に実現しました。また、栄養交換を時間の経過とともに追跡できるようになり、餌の広がり方が一様ではなく、集団の状態によって大きく変わることや、集団内の役割分担の状況によって特定の個体どうしが何度もやりとりする場合があるといった傾向がみられました。
【今後の展開】
本手法によって、社会性昆虫における食料流通の乱れを「集団の健康状態」として捉えることが可能となり、ミツバチの群れ崩壊の兆候検出や、外来アリの拡散力評価など、生態系保全や農業分野におけるリスク管理に資する技術基盤となることが期待されます。さらに本手法により、複数の個体が相互作用する集団システムの理解に資する計測基盤として、人を対象とした実験が困難な社会的現象をモデル的に解析する研究への展開も見込まれるほか、物流によって表現される経済・社会学といった幅広い学術領域への応用が期待されます。QSTでは、今後も量子科学技術を活用した生物研究を推進し、農業や環境保全に貢献する新しい科学的知見の創出を目指します。
【謝辞】
本研究成果は、科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)「課題名:RIイメージング技術を活用した社会性昆虫による行動生態学研究への挑戦(課題番号23K18038)」の支援が含まれています。
【語句説明】
※1 栄養交換
栄養交換とは、社会性昆虫が仲間同士で餌を分け合う行動の総称です。アリでは、口から口へ餌を受け渡す行動が代表的で、英語ではTrophallaxis(トロファラキシス)と呼ばれます。栄養交換は、単に栄養を配るだけでなく、集団がまとまって機能するための重要なフェロモンなどの他の情報の受け渡しの機能もあることが知られています。一方で、行動を観察するだけでは「どれだけ渡したか」を量として捉えにくい点が課題でした。本研究は、この栄養交換を時間の流れの中で定量的に扱うための手法を示した点が特徴です。
※2 社会性昆虫
広い意味では群れで生活する昆虫の総称です。狭い意味では、アリ、ミツバチ、シロアリなどに代表される、多数の個体がコロニーとよばれる共同体で生活し、メンバーのあいだに繁殖する女王とそれ以外の役割を担うワーカー(働きアリ、働きバチ)という分業がみられる昆虫を指します。ワーカーは餌集め・子育て・巣の衛生維持や防衛などの多様な仕事を担当しますが、これらの「仕事」もやはり個体間で役割分担されます。最新科学の成果によれば、このような分業を成立させる鍵は個々のワーカーの単純な行動ルールにあることが知られてきました。ワーカー個体1匹の行動は単純でも、個体同士の相互作用が積み重なることで、集団として秩序あるふるまいが生まれるのです。本研究は、社会性昆虫の基盤行動の一つである栄養交換を対象に、集団内の資源分配を定量的に捉えました。
※3 放射性同位元素(RI)
同じ元素でも、原子核に含まれる中性子数が異なると「同位体」となり、その一部は不安定で放射線を出しながら別の原子核へ変化します。こうした放射線を出す同位体が放射性同位元素(Radioisotope; RI)です。RIは“目印(トレーサー)”としてごく微量を混ぜるだけで、外部の検出器で位置や分布を追えるため、医療(核医学)や生命科学で物質分布や移動を調べる基本技術として広く使われています。本研究では、餌にRIを混ぜて、アリの集団内で餌がどのように分配されていくかを追跡しました。
※4 放射性ナトリウム
放射性ナトリウムは、放射線を出すナトリウムの同位体で、本研究では²²Naを用いました。²²Naは陽電子放出核種で、陽電子を放出して²²Ne(ネオン)へ変化し、半減期は約3年と比較的長いため、実験の準備・実施がしやすく、長期間の連続撮像にも適しています。放射線を信号として非常に高感度に検出できるため、微量の物質移動を追う「トレーサー」に向いています。本研究では、²²Naをショ糖の餌にごく微量混ぜて“目印”とし、餌がアリの体内・個体間・集団内へどう移動するかを追跡しました。
※5 RIイメージング
RIイメージングは、RIから放出される放射線を検出器で高感度に捉え、RIの分布を画像化する技術です。医療のPET検査は、RIの中でも陽電子放出核種という種類のRIを用い、ここから放出される陽電子が電子と出会って生じる511 Kevのγ線2本を同時計測(コインシデンス検出)することで、体内のRI分布を可視化します。本研究では、この原理を応用した研究用装置を用い、餌(RI)の分配・交換を「見た」だけでなく、時間変化として定量的に捉えられるようにしました。
※6 行動生態学
行動生態学は、動物が環境や仲間との関係の中で示す行動を、生存や繁殖に結びつく適応の観点から研究する分野です。採餌、敵からの回避、繁殖行動、協力や分業などが主な対象で、「どの条件で、どの行動が、どの程度起きるか」を比較・検証することが重要になります。そのためには、行動を観察記述にとどめず、できるだけ定量的に測ることが欠かせません。本研究で確立した手法は、栄養交換に伴う資源分配を時系列データとして扱えるようにしており、行動生態学の仮説検証を後押しする技術基盤になると考えています。
【掲載論文】
タイトル:Highly sensitive positron imaging reveals short-term food distribution patterns in ant groups
著者:鈴井伸郎*†1、山口充孝*†1、東濃青児2、尹永根1、三好悠太1、諏訪竜一2,3、辻和希2,3、河地有木1,4
* Corresponding Author
† These authors contributed equally to this work
1 量子科学技術研究開発機構
2 ⿅児島⼤学連合⼤学院連合農学研究科
3 琉球大学農学部
4 福島国際研究教育機構
掲載紙:Scientific Reports
