
2026年5月20日
量子科学技術研究開発機構(QST)
群馬大学
発表のポイント
- QSTが独自に開発した高感度イメージング技術により、照射中に治療ビームの到達位置の可視化が可能に。
- 電子制動放射線1)を計測し、実患者治療において治療ビームを可視化する世界初の臨床試験を開始。
- 治療ビームの到達位置を照射中に確認できるようになり、治療の精度と技術を向上し、治療の質を高めることに貢献。
概要
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)高崎量子技術基盤研究所の山口充孝 上席研究員・河地有木 プロジェクトリーダーと、国立大学法人群馬大学(学長 石崎泰樹、以下「群大」)重粒子線医学推進機構重粒子線医学研究センターの田代睦 教授・大野達也 センター長の研究グループは、重粒子線が体内を通過する際に発生する微弱な放射線を捉える独自技術を用いて、治療ビームを可視化しながら、がん治療を行う臨床試験を開始しました。
重粒子線治療は、がん細胞に重粒子線を集中的に照射することで、正常組織への影響を抑えながらがん細胞を破壊する先進的な治療法です。治療ビームが体内の狙った位置に到達していることを照射中に可視化できれば、治療が適切に行われていることをリアルタイムで確認することができます。
本研究グループは、がん克服による健康長寿社会実現への貢献を目指し、重粒子線治療の高度化に資する基盤技術の一つとして、治療ビームの可視化に取り組んできました。その過程で、重粒子線が体内を通過する際に発生する微弱な「電子制動放射線(SEB)」に着目し、これを高感度でとらえることができるQST独自のイメージング技術として「SEBカメラ」を2016年に開発しました。本技術の有効性については、これまでに水ファントムを用いた実験による実証を進めてきました。
今回、初めて頭頸部ファントムを用いた実験を実施し、人体に近い条件においても治療ビームの到達位置を鮮明な画像として可視化できることを実証しました。さらに、本成果を踏まえ、実患者環境での有用性を実証する第一歩として、広範囲への一括照射により電子制動放射線を検出しやすい環境を有する群大重粒子線医学研究センターにおいて、頭頸部がん2)患者を対象とした臨床試験を2026年3月に開始しました。実際の治療環境において治療ビーム到達位置の可視化を検証し、実用化に向けた重要なステップへと進みます。
本技術が確立されれば、治療ビームの到達位置を照射中に確認しながら治療をすることが可能となり、本技術の普及に向けた取り組みを加速し、治療効果のさらなる向上と患者のQOL向上に大きく貢献することが期待されます。

図1.人体の頭頸部を模した模型(ファントム)を用いた頭頸部がんを対象とした SEBカメラ臨床試験のイメージ。
実患者の側面にSEBカメラを設置し、治療ビームを照射しながら、カメラでビーム体内の軌跡を可視化する。
【背景と目的】
重粒子線治療とは、炭素イオンなどの「重い粒子」の治療ビームを用いてがんを治療する先進的な放射線治療です。重粒子線は、体内の狙った深さでエネルギーを集中的に放出して停止する性質を有しています。そのため、がん細胞を効率よく破壊しつつ、周囲の正常組織への影響を抑えられることが大きな特長です。日本は重粒子線治療分野において世界を牽引しており、難治性がんなどに対する治療法として高い期待が寄せられています。一方で、重粒子線治療では事前に詳細な治療計画(ビームの照射経路や体内への到達深さ等を精密に事前計算したもの)を立てて照射を行いますが、照射中に実際のビームが体内でどこまで到達しているかをリアルタイムに確認する手段がないことが課題となっていました。そこで、重粒子線が体内を通過する際に発生するX線である電子制動放射線(Secondary Electron Bremsstrahlung:SEB)に着目しました。SEBは、重粒子線が体内を通過する際発生し、その発生位置は治療ビームの軌跡と強く関連します。そこで、QST独自の高感度放射線イメージング技術を活用することで、このSEBを捉えて治療ビームをリアルタイムで可視化できるカメラの開発を目的としました。
【技術的手法と成果】
SEBカメラによる計測原理の概念図を図2に示します。治療ビームが体内を通過する際に発生するSEBは極めて微弱なため観測が難しく、これまで治療に利用されることはほとんどありませんでした。しかし、ピンホール型コリメータと呼ばれる装置を通過させることで、微弱なSEBだけをとらえるだけでなく、発生位置を幾何学的に対応づけて画像検出器上でとらえることができます。これにより、治療ビームの軌跡をリアルタイムかつ高分解能で可視化することができます。実際に頭頸部ファントムを利用した実験では、電子制動放射線を高感度な装置で捉えることで、ビームエネルギーの変化に伴い、センチメートルオーダーでビームの到達位置を可視化することに成功しました。これにより、実患者による治療中の照射状況を目で確認することが可能になりました。


図2.左)SEBカメラによる計測原理の概念図。右)ファントム実験においてSEBカメラで取得した治療ビームの可視化結果。
※実際の臨床で撮影されたものではありません。
【今後の展開】
今後は、群馬大学重粒子線医学研究センターにおける研究を継続し、臨床条件に近い環境で本技術の有効性と安定性の検証を進めます。得られた結果を踏まえ、検出器や信号処理手法の改良を行い、リアルタイム性および画像分解能のさらなる向上を図ります。さらに、他の重粒子線治療施設での利用を見据えて、検出性能や処理速度の向上に向けた技術開発を進め、本研究を通じて重粒子線治療の高度化と治療効果の向上に貢献します。
【謝辞】
本研究は、科学研究費補助金「粒子線がん治療中にリアルタイムでCT撮像を行う新手法」の助成を一部受けています。
【語句説明】
- 1)電子制動放射線
- 電子制動放射線とは、荷電粒子が急激に減速する際に発生する放射線の一種で、制動放射線(Bremsstrahlung)とも呼ばれます。重粒子線が体内を通過する際にも、体内の原子から弾き飛ばされた電子が急激に減速することで発生します。
- 2)頭頸部がん
- 頭頸部がんとは、顔から首にかけての領域に発生するがんの総称です。具体的には、口の中(口腔)、のど(咽頭・喉頭)、鼻やその奥の空間(鼻腔・副鼻腔)、唾液腺などに生じるがんが含まれます。食事や会話、呼吸など日常生活に欠かせない機能に関わる部位であるため、治療では、がんを確実に治すことと、これらの機能をできるだけ温存することの両立が重要な課題となります。
