現在地
Home > プレスリリース > 光で情報を書き換える新しい磁気メモリ材料を開発
~超高速で省エネな次世代メモリ実現へ前進~

プレスリリース

光で情報を書き換える新しい磁気メモリ材料を開発
~超高速で省エネな次世代メモリ実現へ前進~

掲載日:2026年6月8日更新
印刷用ページを表示

ロゴNTロゴ兵庫県立大ロゴJASRIロゴ​2026年6月8日
量子科学技術研究開発機構(QST)
兵庫県立大学
​高輝度光科学研究センター


発表のポイント

  • 光による電子スピン1)反転を実現する新しい磁気メモリ2)材料を開発
  • 光パルスによりスピン情報を完全かつ繰り返し反転・記録するメモリの基礎動作を実証
  • 従来の電気方式と比べて約1,000倍高速かつ低消費電力の次世代型光駆動磁気メモリの実現可能性を提示

概要

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)高崎量子技術基盤研究所量子機能創製研究センターの境誠司グループリーダー、兵庫県公立大学法人兵庫県立大学および公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の研究グループは、東京科学大学、NTT株式会社と共同で、磁気メモリの記録(電子スピンの向き)をレーザー光パルス照射のみで書き換え可能な実用的材料の開発に世界で初めて成功しました。本成果は、電流を用いる従来方法に比べて約1,000倍高速かつ省エネルギーな次世代磁気メモリ実現に道を拓くものです。

 AIやデジタルサービスの急速な普及により情報処理量は爆発的に増えており、より高速で消費電力の少ないメモリ技術の研究開発が強く求められています。車載マイコンやエッジデバイスなどの産業機器で利用が拡大しつつある従来型磁気メモリは、電流によって制御されるため、書き込み動作速度の向上に限界があることに加え、発熱に起因する消費電力の増大が課題となってきました。本研究では、磁性体の一種である「フェリ磁性体3)」において近年発見された、電流ではなく光によって電子スピンの向きが反転される現象に着目し、これを応用した「光駆動型磁気メモリ」の実現を目指しました。一方、従来型磁気メモリに用いられている優れた磁性材料であるコバルト・鉄・ホウ素(CoFeB)4)では、そのままではこの現象が起きません。そこで研究グループは、CoFeBを他材料と三層に積層した「人工フェリ磁性体」を新たに設計・成膜し、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu5)(BL13U)を用いて原子レベルで構造を最適化しました。その結果、レーザー光照射により、再現性の高いスピン反転を確実に起こすことが可能であることを実証しました。

 本材料により磁気メモリの高速・省エネルギー化が実現されることで、AIやデータセンターにおける電力消費の課題解決に貢献するとともに、光通信と電子回路をつなぐ次世代高速情報基盤を支える中核技術としての展開が期待されます。

 本成果は、日本学術振興会「科学研究費助成事業」(24K01335、25K01659、25K01493、25H01251)、防衛装備庁・安全保障技術研究推進制度(JPJ004596)、JASRI・NanoTerasu利用研究課題(2025A9011、2025A9018、2025B9007, 2025B9020)などの助成を一部受けて実施されたもので、2026年6月8日(米国太平洋時間)に国際学術誌【Applied Physics Letters】に注目論文(Editor's Pick)として掲載されました。

作製した材料において光照射によって電子スピンの向きが反転する様子
図1.作製した材料において光照射によって電子スピンの向きが反転する様子

背景

 私たちの身近なスマートフォンや実用化が進む自動運転向け車載マイコン、さらにはロボット化が進む産業機器において、磁気メモリは欠かせない役割を果たしています。磁気メモリとは、磁性材料中の電子スピンの向きがそろうことで生じる磁石の向きを切り替えることで情報を記録・保持する技術です。この技術は、情報を不揮発的(電源を切っても記録が消えない)に保持できることや、書き換え寿命が長いといった特長を有しており、半導体メモリの1つとして広く利用、注目されています。現状、この磁石の向きの切り替えは、電気的に制御されています。その場合、書き込み動作速度の向上に限界があることに加え、発熱に起因する消費電力の増大が課題となっています。一方で、AIやデジタルサービスの急速な普及は、情報処理量と消費電力量を爆発的に増加させています。そのため、より高速で、かつ消費電力の少ない情報処理技術の研究開発が強く求められています。​

着眼点

 こうした課題を解決する次世代技術の切り札として注目されているのが、電流の代わりに光を使って情報を書き込む「光駆動型磁気メモリ」です。現在の磁気メモリは、電流によって電子スピンの向きを反転させることで情報を書き換えていますが、この方法では動作速度の向上や消費電力のさらなる削減に限界があります。一方、光は電流に比べてはるかに高速に情報の書き込みを制御できるため、理論的には従来の磁気メモリよりも約1,000倍高速な動作が可能とされています。さらに、電流による発熱を抑制できることから、省エネルギー化にも大きく貢献すると期待されています。

 この「光駆動型磁気メモリ」のコンセプトは、近年、磁性体の一種であるフェリ磁性体において、光によってスピンが反転する「光スイッチ」現象が発見されたことに端を発しています。しかし、その実用化には大きな課題が残されていました。

 これまでに報告されてきた光によるスピン反転現象を示すフェリ磁性体は、スピンの揃い具合(スピン偏極率6)が低く、デジタル記録の「0」の状態と「1」の状態を明確に区別することが困難でした。このため、高精度かつ安定な読み出しを必要とする記録デバイスとしての信頼性を確保できないという致命的な欠点がありました。一方、従来の磁気メモリに広く用いられてきたコバルト・鉄・ホウ素(CoFeB)は、100%に近いスピン偏極率を有する優れた磁性材料であるものの、光によるスピン反転現象が報告されていたフェリ磁性体とは異なるため、光によるスピン反転(光駆動)には適さないと考えられてきました。

 フェリ磁性体とは、材料内部に互いに逆向きに配列したスピンを有する物質のことです。そこで研究グループは、材料としてCoFeBを用いながら、その内部構造を原子レベルで設計した「人工フェリ磁性体」を創製することで、この課題を克服できるのではないかという着想に至りました。

【成果】

 今回、研究グループは、CoFeBをガドリニウム(Gd)やコバルト(Co)といった異なる磁性材料と積層した新しい多層構造を考案し、構造を最適化することで、光によるCoFeBのスピン反転を世界で初めて実現しました。

 具体的には、多層膜の各層の厚さを原子レベルで精密に制御したサンドイッチ状の人工フェリ磁性体を設計し、各層のスピンが互いに反対向きに配列するフェリ磁性状態の実現を目指しました。各層の厚さを0.1ナノメートル以下の精度で制御するとともに、多層構造全体の条件を10ナノメートル以下で最適化した結果(図2)、超短パルスレーザー7)による光パルスを1回照射するだけで、CoFeBを含む各層のスピンが一斉に反転し、この現象が光パルス照射の繰り返し操作においても安定して再現できることを実証しました(図3)。

 本研究ではNanoTerasuにおける最先端の材料分析技術が重要な役割を果たしました。世界トップクラスの高輝度放射光とX線磁気円二色性(XMCD)分光装置8)を用いることで、多層構造内部におけるスピンの配列や層同士の相互作用を原子レベルで詳細に解析することが可能となりました。これにより得られたスピン状態に関する知見が、人工フェリ磁性体の設計および開発に大きく貢献しました。

多層構造の新規人工フェリ磁性体の構造の模式図と内部構造写真
図2.多層構造の新規人工フェリ磁性体の構造の模式図と内部構造写真
​磁化反転を起こすには、各層のスピンが膜面に対して垂直方向に互いに反対向きに並ぶフェリ磁性状態を実現することに加えて、各層の厚さを0.1ナノメートル単位で制御して構造を最適化する必要がある。

様々なエネルギーの光パルスを照射して人工フェリ磁性体が初期状態から磁化反転(光スイッチ)を繰り返す時の様子
図3.様々なエネルギーの光パルスを照射して人工フェリ磁性体が初期状態から磁化反転(光スイッチ)を繰り返す時の様子

​【今後の展開】

 本研究により、高スピン偏極率を有する磁気メモリ材料であるCoFeBのスピンを光パルスによって高速に反転する技術が確立されました。本技術が将来実用化されれば、磁気メモリの処理速度を大幅に向上させつつ、消費電力を抑制することが可能になると期待されます。特に、AIやクラウドサービス、IoTを支えるデータセンターでは、消費電力の急増が社会的課題となっています。光で情報を書き換える省エネルギーな磁気メモリは、こうした課題に対する有効な解決策の一つとして期待されます。​

【用語解説】

1)電子スピン:

電子スピン

電子の自転により生じる磁石の性質をスピンといいます。スピンには上向きと下向きという2つの状態があります。材料の中で 電子スピンの向きの分布が上向きに偏ることをスピン偏極といいます。スピントロニクスとは、電子のスピンの向き(上向き/下向き)をデジタル情報の0と1のように扱い、これを制御したり識別したりすることで情報の処理を行う技術です。電子の電荷に加えてスピンを情報処理に用いることで、今日の情報技術が直面する電力消費の肥大化などの問題を克服することができる技術として注目されています。​
2)磁気メモリ:
磁性体の磁石(スピン)の向きを情報として記憶し、スピンの向きを反転させることで情報を書き換えて動作するメモリを磁気メモリと言います。磁気メモリの内、電気により磁性体のスピンを反転させて書き換えを行うメモリは磁気ランダムアクセスメモリと呼ばれ、磁性体が持つ磁石の性質を利用することで記録した情報を無電力で永続的に保持できる不揮発性を持つことや、書き換えに必要なエネルギーが小さいこと等の優れた特長から世界規模で開発や実用化が進んでいます。しかし、このような従来型の磁気メモリは動作速度とともに、電流による発熱があるため消費電力を削減に限界があり、飛躍的な性能向上を可能にするブレークスルーが求められています。
3)フェリ磁性体:
材料内部に互いに逆向きに配列したスピンを有する物質をフェリ磁性体といいます。フェリ磁性体は、一方向のスピンのみからなり磁石の性質を示す強磁性体(例:鉄)と、逆向きのスピンが完全に打ち消し合い磁性を示さない反強磁性体(例:酸化マンガン)の中間的な性質を持つ材料です。フェリ磁性体では、反強磁性体と同様に逆向きのスピンが存在するものの、それぞれのスピンの大きさが異なるため完全には打ち消されず、結果として強磁性体のように磁石の性質を示します。近年、このようなフェリ磁性体にフェムト~ピコ秒幅の非常に短い光パルスを照射すると、スピンの向きが反転する現象が発見されました。この光パルスによるスピン反転は、電気や磁気による手法と比べて約1,000倍高速であり、反転に必要なエネルギーも数桁以上小さいことから、光駆動型メモリへの応用が期待されています。
4)コバルト・鉄・ホウ素合金(CoFeB):
現在の磁気メモリに広く用いられている磁性材料です。CoFeBは、酸化マグネシウム(MgO)と積層することで電流を担うスピンの向きが完全に揃う性質があり、100%に近い高いスピン偏極率を示します。このため、CoFeBを磁気メモリ材料として用いることで、スピンの向きとして記録した情報を高速且つ少ないエネルギーで読み出すことができます。しかし、CoFeBのスピンは光に対する反応性を示さないため、光駆動磁気メモリに用いることができませんでした。
5)ナノテラス(NanoTerasu):
NanoTerasu外観国の主体機関である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構と地域パートナーの代表機関である一般財団法人光科学イノベーションセンターによる官民地域パートナーシップという新しい枠組みによって整備・運営する特定先端大型研究施設で、東北大学青葉山新キャンパス内に立地し、利用者選定等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。国内初の第4世代放射光施設で、従来の100倍の高輝度化と高コヒーレント化を実現することで、物質構造の解析に加え、機能に影響を与える「電子状態」、「ダイナミクス」等の詳細な解析が可能です。
6)スピン偏極率:
磁性材料の中で電流を担う電子のスピンの向き(上向き/下向き)の偏りの度合いをスピン偏極率といいます。磁気メモリでは、スピンの向きによる電流の流れ易さの違いによる電気抵抗の変化を検出することで、電流や光により記録した情報を読み出します。この時、電気抵抗の変化の大きさはスピン偏極率の高さに強く依存し、正確な情報の読み出しには100%に近い高いスピン偏極率を示す材料が必要です。
7)超短パルスレーザー:
光パルスの時間幅が1.0×10-15秒(フェムト秒)から1.0×10-12秒(ピコ秒)という極めて短い時間幅で光を照射可能なレーザーです。光を一瞬に集中して照射できるため、物質に余分な熱を与えずに超高速かつ高精度な制御が可能となります。
8)XMCD(X線磁気円二色性)分光:

XMCD

X線磁気円二色性分光とは、磁性体に円偏光X線を照射するとX線の吸収量が円偏光の向き(右回り/左回り)に応じて変化する現象(X線磁気円二色性)を計測することで、試料の磁気的な性質を調べる分光法です。X線のエネルギーを特定の元素の吸収端付近に合わせて測定することで、試料に含まれる個々の元素のスピンの大きさやその配列を調べることができます。本研究では、NanoTerasuにXMCD分光装置を設置し、新規フェリ磁性体の各層のスピン状態の評価を行いました。

【掲載論文】

タイトル:All-optical switching in CoFeB-based artificial ferrimagnets

著者:S. Li, T. Ueno, R. Takahashi, H. Wadati, M. Ono, M. Notomi, Y. Ohtsubo, Y. Kotani,P. D. Bentley, and S. Sakai

責任著者所属:Quantum Materials and Applications Research Center, Takasaki Institute for Advanced Quantum Science, National Institutes for Quantum Science and Technology(QST)

雑誌名: Applied Physics Letters

DOI: https://doi.org/10.1063/5.0328535