2026年7月11日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)
ポイント
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進行性核上性麻痺(PSP)では、病態を引き起こすタウタンパク質(以下タウ)の蓄積は主に脳深部に限局するにもかかわらず、多くの患者が注意力低下や感情制御の障害など、大脳皮質機能の破綻を示す多彩な認知症状を伴い、その理由は長年不明でした。
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本研究では、脳領域間の結合性に基づく神経回路マップを用い、タウ蓄積部位から神経回路を介して機能的に結びつく大脳皮質領域群を同定し、それが認知症状に関与する共通の「コア回路」であることを世界で初めて示しました。
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本成果は、タウ病変が神経回路を介して離れた脳部位の機能を障害し、症状を引き起こすという普遍的なメカニズムを示すものであり、アルツハイマー病をはじめとする多様なタウ関連疾患にも応用可能です。これにより、症状出現の予測精度の向上や、コア回路を標的として症状を抑える治療戦略につながることが期待されます。
概要
量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)量子医科学研究所 脳機能イメージング研究センターの堀祐樹 研究員、遠藤浩信 主幹研究員、平林敏行 上席研究員らは、神経変性疾患の一つである難病「進行性核上性麻痺(Progressive Supranuclear Palsy:PSP)」において、タウ病変が神経回路を介して離れた脳部位の機能を障害し認知症状を引き起こすメカニズムを、世界で初めて明らかにしました。
PSPは、転倒や眼球運動障害などの運動症状に加え、注意力低下や感情制御障害といった認知症状を呈する難治性神経変性疾患です。運動症状は主に脳深部(皮質下)のタウ蓄積によって説明されますが、認知機能に重要な大脳皮質には明確なタウ蓄積が認められない場合も多く、さらに患者ごとにタウ蓄積部位が異なるにもかかわらず類似した認知症状が出現する理由は長年不明でした。
本研究では、PETによる脳病態の可視化と脳神経回路マップ(コネクトーム[出典1、2])を融合させる独自のアプローチを採用しました。コネクトームとは、大規模な健常群のデータから脳領域間の情報のやり取りを示した、脳の標準的配線図です。具体的には、QSTが独自に開発した高感度タウPETプローブを用いて個々のPSP患者の脳内タウ蓄積部位を同定し、その情報を健常者100名から構築したコネクトームデータと統合することで、患者間で共通してタウ病変と機能的に結びつく脳領域群を抽出しました。
その結果、タウ蓄積部位自体は患者ごとに異なるにもかかわらず、それらは共通して特定の大脳皮質領域群と神経回路を介して結びついており、これらが認知症状に関与する「コア回路」を形成していることが明らかとなりました。さらに、このコア回路との結合が強い部位に病変を有する患者ほど認知症状が重いという関係が示されました。一方、運動症状は皮質下のタウ病変そのものと直接関連しており、認知症状とは異なる発症機序であることも明らかとなりました。
すなわち本研究は、タウ病変が神経回路を介して離れた脳部位の機能を障害し、それがPSPにおける認知症状を引き起こすというメカニズムを、世界に先駆けて明らかにしたものです。タウはPSPのみならず、アルツハイマー病など様々な認知症や関連疾患で脳内に蓄積することから、「回路を介した遠隔障害」という概念は、これらの各種タウ関連疾患にも共通する可能性があり、症状発現の予測精度の向上や、神経回路を標的とした新たな治療戦略の開発につながることが期待されます。
本成果は、PETによる神経変性疾患の評価において、従来のような病変局在の把握にとどまらず、その影響が及ぶ脳神経ネットワーク全体を捉える重要性を示すものです。今後、多様な症状を呈する精神・神経疾患において、症状ごとの発現機構の解明および回路レベルでの治療介入の実現に貢献することが期待されます。
本成果は、国際学術誌 Science Advances に、2026年7月11日(午前3時、日本時間)にオンライン掲載されました。

図1.概要説明図
研究開発の背景と目的
タウはアルツハイマー病をはじめとする多くの神経変性疾患において脳内で異常に凝集・沈着し、神経細胞の機能障害や細胞死を引き起こすことが知られています。これらの「タウ病変」は認知症の発症や進行に深く関与すると考えられていますが、どのようにして多様な症状を生み出すのか、その仕組みは十分には解明されていません。
進行性核上性麻痺(PSP)は、タウが主に脳深部(皮質下)に蓄積する代表的なタウ関連疾患の一つであり、運動障害に加えて、注意力低下や感情制御の障害などの認知機能障害も進行する難病です。運動症状については、タウが多く沈着する皮質下領域が運動機能を担っていることから直接説明できるのですが、一方で認知機能に重要な大脳皮質には明確なタウ病変が乏しい場合も多く、なぜ認知症状が生じるのかは長年の未解決課題でした。さらに、同様の症状を示す患者間でもタウ蓄積部位が一致しないことから、局所的な病変だけでは症状を説明できない可能性が示唆されていました。
アルツハイマー病では、タウに加えてアミロイドβなど複数の異常タンパク質が関与するため、タウ単独の影響と症状との関係を明確にすることは容易ではありません。その点、PSPは主にタウ病理によって特徴づけられる疾患であり、タウがどのように脳機能障害や症状を引き起こすのかを解明する上で、極めて重要なモデルケースとなります。
近年、神経変性疾患は単一の病変部位の障害としてではなく、脳全体に広がる神経回路(ネットワーク)の障害として理解されつつあります。脳は多数の領域が相互に連結して機能するため、ある部位に生じた病変は、その部位にとどまらず、神経回路を介して離れた領域の機能にも影響を及ぼすと考えられます。
このような観点から、本研究では従来のように「タウ病変が存在する部位そのもの」に着目するのではなく、「タウ病変部位がどの脳領域と神経回路を介して結びついているか」に注目しました。すなわち、患者ごとに異なるタウ蓄積部位が、神経回路を介して共通の大脳皮質領域群に機能的影響を及ぼし、それが認知症状を引き起こすという仮説を立て、その検証を行いました。
研究の手法と成果
本研究では、PSP患者37名を対象に、QSTが開発した高感度に脳内のタウをPETで検出する薬剤である18F-PM-PBB3(florzolotau(18F))を用いて、個々の患者の脳内におけるタウ蓄積部位を可視化し、健常者48名のデータと比較しました。またMRIにより、脳の萎縮についても同様に評価しました。さらに、健常群と比べて有意なタウ蓄積部位を患者ごとに特定し、その部位を起点として、別の健常群100名からの記録をまとめた大規模で信頼性の高いfMRIデータを元に、機能的なつながりのパターンを算出しました。これにより、患者間で共通してタウ蓄積部位とつながっている脳ネットワークを抽出しました。
その結果、まずこれまでの報告と同様に、タウは主に淡蒼球や中脳などの皮質下領域に蓄積していることが確認され、一方で運動関連領野を除く大脳皮質には顕著なタウ蓄積は認められませんでした(図2)。しかし、タウ蓄積部位を起点としたネットワーク解析を行うと、タウの蓄積部位は患者ごとに異なるにもかかわらず、患者間で共通してそれらの部位とつながっている脳領域群が見られました。それは前頭前野、前帯状皮質、前島皮質、頭頂皮質を含む広範な大脳皮質領域群であり、これを「PSP-タウ・ネットワーク」と名付けました(図3)。これらの領域は、遂行機能と呼ばれる、目的に沿った行動の切り替えや抑制、注意力の維持などの機能に重要な脳ネットワークと大きく重なっており、PSPではこのネットワークが遠隔的に障害されることで、日常生活において適切な判断や行動の調整が損なわれることが示唆されました。

図2. タウPETによるタウ蓄積脳部位の同定

図3.機能的MRI解析による、患者間で共通してタウ蓄積部位からつながっている「PSP-タウ・ネットワーク」の同定
さらに重要なことに、症状との関連を調べたところ、皮質下領域におけるタウ蓄積量は運動症状の重さ(眼球運動の障害度)と関連していましたが、MMSEスコアに反映される記憶などの一般的な認知機能の障害や、FABスコアに反映される遂行機能など前頭葉性の認知機能の障害との関連は見られませんでした(図4)。一方で、各患者におけるタウ蓄積部位からPSP-タウ・ネットワークへの結合の強さは、前頭葉性の認知障害と強く関連することが分かりました。このことから、運動症状は運動に重要な皮質下領域におけるタウ蓄積量によって直接説明できる一方、前頭葉性の認知障害はPSP-タウ・ネットワークを介した遠隔的な影響によって説明されることが明らかになりました。

図4.皮質下のタウ蓄積量、およびタウ蓄積部位からPSP-タウ・ネットワークへの結合の強さと臨床スコアの相関。グレーの横線は統計的有意性の閾値、*は統計的有意な相関。
今後の展開
以上の結果は、PSPにおける前頭葉性認知機能の障害が、その機能に関わる領域自体にタウが蓄積して起こるのではなく、蓄積したタウがネットワークを通じて遠隔的にコア回路の機能を低下させることで生じることを示しており、これにより、認知症状が運動症状と異なる機序で生じることが世界で初めて明らかになりました。本研究は、PSPをタウ病変部位の障害だけでなく、そこからつながったより広い脳ネットワークの障害として捉える重要性を明らかにしました。この点は他の多くの神経変性疾患にも共通する可能性があり、こうした疾患における病態解明の新たなスタンダードとなることが期待されます。
本成果は、タウPETをfMRIによるネットワーク解析と組み合わせることで、PSPにおける認知症状の早期発症予測や、同定されたコア回路を標的とする脳刺激などの新たな治療戦略の確立などにつながる可能性を示唆しています。また本手法を他の神経変性疾患に応用することで、認知症状から精神症状まで様々な症状の原因となる脳ネットワークがそれぞれ解明され、回路に根差した効果的な症状別治療が実現することが期待されます(図5)。

図5.疾患・症状ごとに異なるネットワーク障害の同定と、それを標的とした革新的な治療戦略
謝辞
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳神経科学統合プログラム「タウ・ネットワークマッピングとサル遺伝学的回路操作の融合による症状発現回路の特定と介入法の開発」(JP25wm0625307)、「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明」(JP25wm0625001)、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業「臓器連関の包括的理解に基づく認知症関連疾患の克服に向けて」(JPMJMS2024)、及びJSPS科研費(JP24H00734, JP25H01767, JP23K11796)による支援を受けて行われました。
用語解説
- 1)進行性核上性麻痺
- タウの蓄積に伴って脳細胞が障害される難病指定の神経変性疾患の一つで、転びやすさや眼球運動障害、体のこわばりなどの運動症状に加え、注意力の低下や感情制御の困難などの認知機能障害も生じます。
- 2)タウ
- 神経系細胞の骨格を形成する微小管に結合するタンパク質。細胞内の骨格形成と物質輸送に関与しています。アルツハイマー型認知症や進行性核上性麻痺などさまざまな神経変性疾患において、タウが異常にリン酸化して細胞内に蓄積することが知られています。
- 3)18F-PM-PBB3(florzolotau(18F))
- 脳内のタウ病変を可視化するために、QSTで開発されたPET検査用の放射性薬剤です。体内に投与してPET撮像を行うことで、生きた人の脳の中で、タウがどこにどの程度蓄積しているかを画像として捉えることができます。
- 4)MMSE(Mini-Mental State Examination)
- 記憶や見当識、計算、言語などの一般的な認知機能を評価するための検査で、認知症のスクリーニングとして世界中で広く使われています。
- 5)Frontal Assessment Battery(FAB)
- 前頭葉の働きに関係する認知機能(概念の形成力や思考の柔軟性、行動の抑制能力など)を評価する検査で、特にパーキンソン病や進行性核上性麻痺など、前頭葉機能が障害される疾患の評価に用いられます。
【掲載論文】
タイトル:
Remote Network for Cognitive Symptoms Derived from Tau Accumulation in Progressive Supranuclear Palsy
著者名:
Yuki Hori1, Hironobu Endo1*, Kenji Tagai1,2, Yuko Kataoka1, Ryoji Goto1, Shin Kurose1,3, Yuki Momota1, Naomi Kokubo1, Chie Seki1, Sho Moriguchi1, Hitoshi Shimada1,4, Hitoshi Shinotoh1, Takahiko Tokuda1,5, Keisuke Takahata1,3, Takafumi Minamimoto1, Makoto Higuchi1,5, and Toshiyuki Hirabayashi1*#
*: Authors to whom all correspondence should be addressed
#: Lead contact
所属:
1. Advanced Neuroimaging Center, National Institutes for Quantum Science and Technology, 4-9-1 Anagawa, Inage-ku, Chiba 263-8555, Japan.
2. Department of Psychiatry, The Jikei University School of Medicine, Tokyo 105-8461, Japan.
3. Department of Psychiatry, Keio University School of Medicine, Tokyo 160-0016, Japan.
4. Center for Integrated Human Brain Science, Department of Functional Neurology & Neurosurgery, Niigata University, 1-757 Asahimachidori, Chuo-ku, Niigata 951-8585 Japan.
5. Department of Neuroetiology and Diagnostic Science, Osaka Metropolitan University Graduate School of Medicine, Osaka 545-8585, Japan.
DOI: https://doi.org/ 10.1126/sciadv.aed0348
出典
1.Avram J Holmes et al., Sci. Data volume 2, Article number: 150031 (2015).
2.David C Van Essen et al., Neuroimage volume 80, page 62-79 (2013).
