

2026年8月3日
国立大学法人九州大学
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
国立大学法人大阪大学
ポイント
- 加速器科学や医療応用分野では、高エネルギーイオン加速器の小型化や高性能化が世界的な課題となっています。
- 高強度レーザーをフォーム標的に照射し、フォームの密度を利用してレーザー光とともに進むプラズマの波の速さを制御し、イオンを波に乗せて加速することに成功しました。これは、世界初のイオン航跡場加速の実証です。
- 本成果は、宇宙と共通するイオン加速機構の理解と応用に向けた道筋を示し、次世代レーザー駆動イオン加速器の開発や宇宙線(※1)研究の新たな展開につながるものです。
概要
本研究は、宇宙で起こる高エネルギー粒子加速と共通する物理を、実験室で再現したものです。粒子をどのような原理で高エネルギー化できるかは、宇宙線研究だけでなく、次世代加速器の実現に向けても重要な課題です。大型ハドロン衝突型加速器に代表される従来の加速器では、粒子を長い加速管や大きなリングの中で少しずつ加速するため、高いエネルギーを得ようとすると装置が大型化するという課題がありました。この制約を超える手法として、プラズマの波が作る強い電場を利用するレーザー加速が注目されています。一方で、電子に比べて重い陽子やイオンをプラズマの波に捕まえ、波乗りするように効率よく加速することは、大きな課題として残されていました。
今回、九州大学大学院総合理工学研究院の諌山翔伍助教、量子科学技術研究開発機構(QST)・関西光量子科学研究所の福田祐仁上席研究員、大阪大学大学院工学研究科の蔵満康浩教授らの研究グループは、QST関西研の高強度レーザーJ-KAREN-Pを厚さ100マイクロメートルのスポンジ状フォーム標的に照射しました。フォームの密度を利用してレーザー光の進む速さを制御し、陽子をプラズマの波に乗せることで、最大60 MeVまで加速することに成功しました。この加速では、レーザー前面に電子が集まり、強い電場が形成されます。陽子はこの電場に捕まり、レーザーとともに進むプラズマの波に乗るように加速されます。この加速機構を「Bow-wake加速」(※2)と呼びます。本成果は、宇宙線加速と共通するイオン加速機構を実験的に示すとともに、レーザーを用いた次世代イオン加速器に向けた新しい原理を示したものです。今後、この機構を多段式に発展させることで、コンパクトな装置による高エネルギーイオン生成への展開が期待されます。
本研究成果は、国際科学誌「Communications Physics」に2026年8月3日(月)(日本時間午後6時)に掲載されました。

研究の背景と経緯
高いエネルギーのイオンをどのように効率よく加速するかは、加速器科学における重要課題であるとともに、宇宙線が極めて高いエネルギーを得る仕組みを理解するうえでも重要です。宇宙空間では、超新星爆発やブラックホールの周辺、光速に近い速さで噴き出すジェットなどの極限環境で、粒子が非常に高いエネルギーまで加速されていると考えられています。近年では、その仕組みの一つとして、宇宙で相対論的な流れや強い電磁波がプラズマ中に励起する航跡場による加速が注目されています。船が水面を進むと船の後方に波(図1A)ができるように、実験室ではレーザーがプラズマ中を進むことで「航跡場(Wakefield)」(図1B)を作り出すことができます。航跡場には非常に強い電場が生じ、うまく波に乗った粒子を加速できる可能性があります。
一方、地上では、医療、材料科学、基礎物理などへの応用に向けて、より小型で高性能な加速技術が求められています。従来の加速器では、高エネルギー化に伴って装置が大型化するという課題があります。この制約を超える手法として、プラズマ中に生じる強い電場をもつ航跡場を利用したレーザー加速が注目されています。レーザーが作る航跡場は、従来型加速器を大きく上回る強い加速電場を生み出すことができ、次世代レーザー駆動加速器の基盤技術として期待されています。同時に、宇宙で想定される航跡場による粒子の捕捉・加速に共通する基本物理を、実験室で検証する重要な実験系でもあります。
しかし、航跡場を使って粒子を加速するには大きな課題があります。電子は軽いため航跡場に捕まりやすく、これまでにも高エネルギー電子加速の研究は大きく進んできました。一方で、陽子やイオンは電子に比べて非常に重く、同じ電場を受けてもすぐには動きません(図1 B(1))。そのため、陽子やイオンを航跡場の中に捕まえ、効率よく加速することは容易ではありません。特に、波が速く進みすぎる場合、イオンは波に追いつけず、加速領域に捕捉されません。この課題を解決する方法には、主に二つあります。一つは、イオンをあらかじめ加速して助走をつけ、速く進む航跡場に注入する方法です。もう一つは、プラズマ密度を高めて航跡場の位相速度を低下させ、ほぼ静止しているイオンでも捕捉できるようにする方法です。今回は後者の方法により、航跡場の位相速度を陽子に近づけ、位相整合(※3)を実現しました。

図1.(A)船が水面を進むと、後方には航跡波(Wakefield)、側面には船首波(Bow-wave)が生じ、両者がつながる先端部にBow-wakeが形成されます。(B)レーザーがプラズマ中を進む場合にも、これに対応する波が励起されます。低密度プラズマでは、波がほぼ光速で進むため軽い電子が主に捕捉されます。一方、中間密度のフォーム標的では波の伝搬速度が低下し、重い陽子も先端のBow-wakeに捕捉されて加速されます。
研究の内容と成果
本研究では、通常のガスターゲットより高い密度のプラズマを形成できるフォームターゲット(※4)に、QST関西研のJ-KAREN-Pを用いて高強度レーザーを照射しました。フォームの密度を利用してレーザー光の伝搬を制御し、レーザーとともに進むプラズマの波(航跡場)の位相速度を低下させることで、ほぼ静止している陽子でも、レーザー前縁に形成されるBow-wakeに捕捉されやすい条件を実現しました(図1 B(2))。レーザーがフォームターゲットによる高密度プラズマ中を進むと、前方の電子が雪かきのように押し集められ、局所的に非常に強い電荷分離電場が生じます。本研究では、このBow-wakeに陽子を捕捉し、位相整合を保ちながら加速する「Bow-wake加速」の原理を実証しました。
今後の展開
今後は、今回実証した加速の仕組みを発展させ、二つのレーザーを使う二段階加速(※5)に取り組みます。まず第1レーザーでイオンをあらかじめ加速して勢いを与え、その後、第2レーザーが作る航跡場へ注入して、さらに加速します。これは、重くて動きにくいイオンを、最初からゆっくり進む航跡場に乗せるのではなく、いったん助走をつけたうえで、より速く進む航跡場に乗せる考え方です。まず、J-KAREN-Pからの高強度レーザーを二つに分け、一つ目のレーザーで数10 MeVまで初期加速したイオンを、二つ目のレーザーが作る航跡場へ注入して、数100 MeV級まで追加速する原理の実証を目指します。さらに、より強いレーザーを利用できるルーマニアのELI-NP施設やフランスのApollon施設で研究を展開し、GeV級の相対論的イオンを生み出す加速原理の実証を進めます。将来的には、このような加速を段階的に重ねる多段式加速へ発展させ、より高いエネルギーのイオンビームを生成する次世代レーザー駆動イオン加速器の実現を目指します。あわせて、レーザーがつくる波の速さや強さ、粒子が波に乗る条件を詳しく調べ、宇宙空間で同様の航跡場加速がどのような環境で起こるのかを実験的に明らかにしていきます。
用語解説
- (※1) 宇宙線
- 宇宙線とは、宇宙を飛び交う高エネルギーの粒子や放射線の総称です。特に1018 eVのエネルギーを超えるものは超高エネルギー宇宙線と呼ばれ、主に陽子や原子核からなると考えられています。その加速機構は、宇宙物理学における未解決課題の一つです。従来は、衝撃波で粒子が少しずつ加速される機構が考えられてきました。しかし、相対論的な衝撃波ではこの機構が効きにくい場合があり、強い電場を持つ航跡場による直接加速が、超高エネルギー宇宙線の新たな加速機構として注目されています。
- (※2) Bow-wake加速
- 大振幅電磁波や高強度レーザーが作る航跡場のうち、進行方向前方に形成される波の先端構造を Bow-wake と呼びます。この構造がイオンとほぼ同じ速度で進むと、陽子などの重いイオンが捕まり、波に乗るように加速されます。高エネルギー宇宙線生成に関わる加速機構としても注目されています。
- (※3) 位相整合
- 粒子の速度と航跡場の位相速度が近づき、粒子が波の加速される位置にとどまり続ける状態です。位相整合が実現すると、粒子は波に追い越されたり取り残されたりせず、強い電場から継続してエネルギーを受け取ることができ、効率よく加速されます。
- (※4) フォームターゲット
- スポンジ状の微細構造を持つ低密度材料で作られた標的。本研究では、レーザーが伝搬しやすく、かつ航跡場の位相速度を陽子の速度に近づけるために、密度を制御したフォームターゲットを用いました。
- (※5) 二段階加速
- 第1レーザーで陽子やイオンをあらかじめ加速し、第2レーザーがプラズマ中に作る航跡場に乗せてさらに加速する方法。一段階の加速では到達が難しい GeV級の相対論的イオン生成が期待されます。将来的には、この仕組みを多段式加速へ発展させることで、さらなる高エネルギー化につながると考えられます。
謝辞
本研究は、自然科学研究機構 OPEN MIX LAB(OML)プロジェクト(OML012508、OML012509、OML022405)、自然科学研究機構分野融合型共同研究事業(01422301、01412302)、JSPS科研費(JP25H00622、JP25K00221、JP24H01816、JP24K17029、JP24H01624、JP24K00605、JP23K20038、JP23H04864、JP22K14020、JP22H01195、JP22H01206)、および藤岡リサーチセンタープログラム(JPJSCCA20230003)の助成を受けたものです。本研究で用いたフォームターゲットの作製にあたり、大阪大学レーザー科学研究所の山ノ井航平准教授にご協力いただきました。数値シミュレーションの一部は、京都大学生存圏研究所 A-KDK 計算機システム、およびHPCIシステム利用研究課題(hp250048、hp260014)を通じて提供された理化学研究所スーパーコンピュータ「富岳」を用いて実施されました。
論文情報
掲載誌:Communications Physics
タイトル:Bow-wake acceleration of ions toward a relativistic regime
著者名:S. Isayama, Y. Fukuda, Y. Kuramitsu, and co-authors
