2026年9月1日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)
ポイント
- 光学素子の大口径化によるレーザーの高出力化は限界に達しつつあります。
- 複数のレーザーを30兆分の1秒の精度で自動的に重ね合わせられる新しい技術を開発し、従来の重ね合わせ技術の約1,000倍となるピーク出力を達成しました。
- 超高ピーク出力レーザーの実現に新たな道を拓き、今後、極限物質科学から粒子加速器の小型化に至るまで、学術・産業応用分野の双方で大きな波及効果をもたらします。
概要
量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)関西光量子科学研究所 光量子ビーム科学研究部 先端レーザー科学研究グループの桐山博光グループリーダー、同志社大学理工学部のグループは、複数のレーザーを30兆分の1秒の精度で重ね合わせることにより、「越えられない壁」とされてきたレーザー出力向上の限界を打破する新しい技術を開発しました。それにより、従来の重ね合わせ技術の約1,000倍となるピーク出力を達成しました。
レーザーを高出力化するには、ビーム口径を拡大する方式が主流でした。しかし、ビーム口径を拡大するにはレーザー装置自身を大型化する必要があり、装置を構成する光学素子の製造プロセスの問題などにより、大型化の限界に達していました。その解決法として、複数のレーザーを重ね合わせて強力な光を生成するコヒーレントビーム結合法が提案されました。しかし、複数のレーザーを完全に重ね合わせるには、極めて高い精度の制御技術が要求されます。そのため、従来の重ね合わせ技術は、30兆分の1秒程度のパルス幅をもつレーザーには適用できませんでした。
本研究グループは、複数のレーザーが全て同じ光路を伝搬しながら増幅する、全く新しいコヒーレントビーム結合法を考案し、従来の重ね合わせ方式の最高出力を約3桁上回るピーク出力である1.2テラ(10の12乗)ワットを達成しました。
本研究で示した新しいコヒーレントビーム結合法を応用すれば、ビーム数に比例した高いピーク出力を達成することが可能となります。現在世界では、「ペタ(10の15乗)ワット」レベルのピーク出力が最高ですが、新しい方式を応用すれば「エクサ(10の18乗)ワット」の実現も期待されます。高ピーク出力の短パルスレーザー技術は、極限物質科学などの基礎学術分野のみならず、粒子加速器の小型化など産業分野での応用が考えられ、今回の成果は幅広い分野において大きな波及効果をもたらすものと期待できます。
本研究は、日本学術振興会・科研費JP21K8149の支援を受けて実施されました。また、本研究成果は米国光学雑誌『Optics Letters』のオンライン版に2026年9月1日(米国時間)掲載されました。
研究の背景
高出力レーザーは、極限物質科学や相対論的プラズマ物理などの基礎科学研究だけでなく、材料加工やインフラ診断などの産業用途など最先端の応用研究にも欠かせない装置です。さまざまな動作条件のレーザーが開発・市販されており、世界的に高出力レーザーの市場は急速に拡大しています。出力を上げる従来の方法は装置を大型化したり個々の性能を高めたりすることでしたが、近年になってその限界が明確になってきました。ひとつはレーザー媒質[1]などの光学素子を作れる大きさに技術的な制約があること、もうひとつは大口径の媒質内で発生する寄生発振[2]により増幅効率が低下することです。こうした理由から、単に装置を大きくするだけでは出力を飛躍的に高めることが難しくなっています。
そこで、出力増大の原理自体を見直す動きが進んでいます。従来の「アパーチャースケーリング(光学素子の大型化)」に代わり、「ナンバースケーリング(コヒーレントビーム結合)」という考え方が注目されています。コヒーレントビーム結合は複数のレーザーを、位相[3]をそろえて重ね合わせることで出力を増やす技術です。理論上は結合するビーム数に制限がなく、出力を増大することができます。ビーム径を大きくする方法が限界に近づいている現状を踏まえると、この手法は次世代高出力レーザーの有力な方向性と言えます。
これまでのコヒーレントビーム結合では、環境変動による位相ゆらぎを高速に検出・補正して結合効率を維持する必要があり、位相検出系や制御系、フィードバック手法の高度化が求められていました。こうした方式は位相を完全に一致させることが難しいため、連続光やナノ秒( 秒)パルスのような長いパルス幅のレーザーにしか適用できず、本研究で対象とするフェムト秒[4]パルスレーザーには利用できませんでした。高出力レーザーは、極限物質科学や相対論的プラズマ物理などの基礎科学研究だけでなく、材料加工やインフラ診断などの産業用途など最先端の応用研究にも欠かせない装置です。さまざまな動作条件のレーザーが開発・市販されており、世界的に高出力レーザーの市場は急速に拡大しています。出力を上げる従来の方法は装置を大型化したり個々の性能を高めたりすることでしたが、近年になってその限界が明確になってきました。ひとつはレーザー媒質[1]などの光学素子を作れる大きさに技術的な制約があること、もうひとつは大口径の媒質内で発生する寄生発振[2]により増幅効率が低下することです。こうした理由から、単に装置を大きくするだけでは出力を飛躍的に高めることが難しくなっています。
研究の内容
本研究では、フィードバックによる能動的な位相制御を必要としない、まったく新しいコヒーレントビーム結合の手法を提案しました(図1)。この方法により、従来は困難とされてきたシングルショットレーザーや干渉性の低いフェムト秒レーザーのコヒーレントビーム結合が可能になります。従来の手法では、単一の入力光を分割してマッハツェンダー干渉計内の複数の増幅器で増幅し、各経路の位相を能動的に揃えてから再結合する方式が一般的でした。この方式では光路を厳密に一致させるために高精度かつ高速な位相検出・制御とフィードバックが不可欠であり、装置は複雑で高価でした。
我々の提案は、分割された光が同一の光路長を通るサニャック干渉計[5]を採用し、その干渉計内に高出力の固体レーザー増幅器を配置することで、各ビームの位相を受動的に一致させるものです。これにより、各分割光が等しい距離を伝搬することで位相差が自然に抑えられ、能動的な位相制御を不要にする光学系を実現できます。提案した手法を極短パルスレーザーに対して適用し、その有効性を実証しました。これにより、現状のペタワット[6]級を超えてエクサワット[6]級へと到達する可能性を持つ基盤技術を世界に先駆けて確立しました。
これまでコヒーレントビーム結合の増幅器としては、空間波面の乱れが小さい単一モードYbファイバーが欧州を中心に用いられてきましたが、ファイバーは口径が小さいため高エネルギー動作には適していません。一方、固体レーザー増幅器を用いた報告は非常に限られており、使用媒質は主にYb:YAGに限られていました。図2に、ピークパワーに対するパルスエネルギー特性を示します。黒丸が一般的なYbファイバー、白三角がYb:YAGです。先行研究でのピークパワーはYbファイバーで数ギガワット[6]、Yb:YAGでも3.7 ギガワットや4.4 ギガワットにとどまっていました。
我々が提案した方法は、高ピークパワー動作が可能なチタンサファイアレーザー増幅器の利用を可能とします。これにより、従来の制約を超えて高ピークパワーかつ受動的に位相が一致するコヒーレントビーム結合を実現し、小型で高出力な次世代レーザー開発への道を拓きます。

図1.新たに考案したコヒーレント結合装置の概略図(2パルス分割・結合例)

図2.新たに考案したコヒーレント結合装置により得られた実験結果
原理実証実験では、先行研究で報告されていたギガワット級のピーク出力を約3桁上回るテラワット[6]級の高ピーク出力を達成しました(図2)。フェムト秒パルスのコヒーレントビーム結合を実現したことで、従来よりもはるかに大きなパワースケーリングが可能になりました。分割したパルスはそれぞれ高出力の固体レーザー増幅器で安全に増幅され、光学損傷を起こすことなく一つのビームに結合されます。その結果、極めて高いピークパワーを持つレーザーを生成できます。
従来のフェムト秒レーザーは寄生発振のために出力が1〜10ペタワット程度で頭打ちになると考えられてきましたが、本研究で示した受動的コヒーレントビーム結合法を用いれば、分割した多数のパルスをまず個別に増幅してから結合することで、寄生発振による制約を回避できます。これにより、10ペタワットを超えてエクサワット級の出力へと到達する道が開ける可能性があります。
結果のインパクト
近年、光に関する研究が相次いでノーベル賞で評価されていることから、「21世紀は光の時代」と言えます。光は電界強度やエネルギー密度に理論的な上限がなく、他の粒子とは本質的に異なる性質を持つため、科学技術の多くの分野で独自の可能性を切り拓いてきました。レーザー技術はこの60年で飛躍的に進化しており、本研究で示したピーク強度のさらなる向上は、レーザープラズマ科学の発展に大きく貢献すると期待されます。また、超高強度レーザーの進展は基礎科学に新たなパラダイムシフトをもたらす可能性があります。極限物質科学や相対論的プラズマ物理、量子電磁力学(QED)といった分野で新しい現象の探究が進むだけでなく、粒子加速器の小型化や、高速・高精度な大面積加工などの産業応用にも波及効果が見込まれます。
用語解説
- 1)レーザー媒質
- レーザーを発振させる元になる物質です。レーザー媒質の種類は大変多く、気体、液体、固体各層のレーザー媒質があります。
- 2)寄生発振
- レーザー媒質中で発生した自然放出光が、媒質側面での反射によって実効的な共振器を形成し、光軸と直交する方向に発振が発生することです。このため増幅に用いるべき蓄積エネルギーが消費され、増幅利得の低下を招きます。
- 3)位相
- 光の波における「山」と「谷」の位置やタイミングです。レーザーの最大の特徴は、この位相や波長が完全に揃っている(これをコヒーレントと呼びます)ことであり、直進性や強力なエネルギーを生み出しています。
- 4)フェムト秒
- 1,000 兆分の 1 秒という極めて短い時間の単位です。光が地球の赤道を約 7 周半する 1 秒間に比べ、1 フェムト秒ではわずか 0.003 ミリメートルしか進まないほどの短い時間です。
- 5)サニャック干渉計
- 反対向きに進む2つのパルスは干渉計の中で反対向きに進みますが、全く同じ光路を通りますので、位相ずれがないことが特徴です。
- 6)ギガワット、テラワット、ペタワット、エクサワット
- ワット(記号[W])は、光の強さや電力の大きさを示す単位です。ギガ(記号[G])は、10 億(=109)、テラ(記号[T])は、1 兆(=1012)、ペタ(記号[P])は 1,000 兆(=1015)、エクサ(記号[E])は 10 京(=1018)、を意味する補助単位です。
掲載論文
タイトル:
Femtosecond terawatt pulses by multi-dimensional passive coherent beam combining with a Ti:sapphire amplifier
著者:
HIROMITSU KIRIYAMA,1,2* YASUHIRO MIYASAKA,1 HAJIME SASAO,3 AND HIROYUKI TODA2
所属:
1 Kansai Institute for Photon Science (KPSI), National Institutes for Quantum Science and Technology (QST), 8-1-7 Umemidai, Kizugawa, Kyoto
619-0215, Japan
2 Graduate School of Engineering, Doshisha University, 1-3 Tatara Miyakodani, Kyotanabe, Kyoto 610-0394, Japan
3 Naka Fusion Institute (NFI), National Institutes for Quantum Science and Technology (QST), 801-1 Mukoyama, Naka, Ibaraki 311-0193, Japan
DOI: https://doi.org/10.1364/OL.608196
