発表のポイント
- 日欧合同チームは、世界最長の高周波四重極線形加速器(RFQ)1)を用いて、世界最高強度の重陽子ビーム加速(125ミリアンペア、エネルギー500万電子ボルト、従来の記録2)は45ミリアンペア、エネルギー200万電子ボルト)に成功し、前人未到のマイルストーンを達成。
- 本結果は、核融合炉で生じる高速中性子が炉の材料に与える影響を調べるために必要な大強度中性子源のみならず、医療や農業、工業分野への幅広い中性子応用利用の実現に見通しを与える。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)は、欧州核融合エネルギー合同事業体(フュージョンフォーエネルギー。以下「F4E」という。)とともに、イタリア国立核物理学研究所(INFN)、スペインエネルギー・環境技術研究センター(CIEMAT)、フランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)サクレー研究所の協力の下、大強度の核融合中性子源の実現に向け高周波四重極線形加速器(RFQ)1)を開発し、このたび重陽子ビーム加速の実証試験により、前人未到のマイルストーン(電流125ミリアンペア、エネルギー500万電子ボルト)に達する重陽子ビームの加速に成功しました。重陽子とは、水素の原子核である陽子に中性子1個が結合した粒子です。
この実証試験は、核融合エネルギーの早期実現を目指す幅広いアプローチ(BA)活動3)の下で行われる、国際核融合材料照射施設の工学実証・工学設計活動(IFMIF/EVEDA)事業4)の一環として行われたものです。
これまで、RFQを用いて500万電子ボルトで125ミリアンペアという極めて大強度の重陽子ビームの加速を行った実績は世界になく、このために、世界最大電流の重水素イオンを生成する入射器、世界最長のRFQ及びそのRFQに世界最大パワーを注入する高周波加速器システムを新たに開発しました。特に大電流ビームの加速においては、大電流のビーム自身のプラス電荷でビームが拡がらないように集束させ、かつ、徐々に所定の速度に加速することが鍵です。今回、日欧合同チームは、RFQの前段にある入射器で、大強度重陽子ビームを速度のバラツキが少ない状態で集束させRFQへ入射でき、RFQ内に重陽子イオンビームの密度に応じた大電力高周波電場を立てることで、RFQで重陽子イオンビームを安定に集束・加速することに成功し、今回の成果を得ることができました。
本成果は、核融合原型炉の炉内中性子環境を模擬し、原型炉建設への移行判断に必要な材料データの取得を行うための中性子源A-FNS5)の実現へ向け、大きなステップとなるもので、さらに、これで得られる大強度かつ連続の中性子を用いて、がん治療や検査薬のための医療用アイソトープ製造、農業、半導体製造などの工業分野への応用、医学・科学研究応用など、幅広い利用に道を開くものと期待されます。
開発の背景と目的
核融合エネルギーの実現に向けた原型炉開発では、核融合反応で発生する高速中性子(エネルギー:1,400万電子ボルト)の照射による構造材料の特性変化の把握が課題の一つとなっています。そのため、この高速中性子と同等のエネルギーの中性子を加速器で生成させる核融合中性子源を開発し、それによる材料照射試験を行うことが不可欠です。図1に加速器により加速された重陽子が中性子発生部(リチウム)と衝突し中性子が発生する様子を示しています。発生した中性子は、下流に置かれた材料試験体に照射され、試験データが得られます。(量研では、材料との照射を終え散乱した中性子を、産業応用などに利用することも視野に入れています。)
核融合材料照射試験に不可欠な核融合中性子源の実現に向けた工学的課題を解決する目的で、2007年から日欧による国際共同事業である幅広いアプローチ(BA)活動の下、重陽子-リチウム核反応による加速器駆動型中性子源である国際核融合材料照射施設(International Fusion Materials Irradiation Facility:IFMIF)の工学実証・工学設計活動が進められてきました。IFMIFでは、1基当たり125ミリアンペア、4,000万電子ボルトの重陽子線形加速器を2基用いて、4,000万電子ボルトの重陽子をリチウムに衝突させることにより、核融合炉と同様のエネルギー分布を持つ中性子を発生させます。ビーム強度に比例して発生中性子量を上げることができますので大強度加速器が求められますが、一方、ビーム強度が増えるとビーム自身の静電的な反発力でビームが広がります。このためBA活動で、IFMIF原型加速器(図2)として、世界に前例のない125ミリアンペアという大電流の重陽子線形加速器の開発を進めています。図3に様々な分野で用いられているイオン加速器の運転領域をまとめた図を示します。IFMIFは比較的低エネルギーながら、極めて高い電流を有するこれまでに例のない加速器であることが分かります。
BA活動での原型加速器開発としては、図2に示すように4,000万電子ボルトの重陽子線形加速器のうち、技術的に特に難しいとされる入射系(10万電子ボルト)、高周波四重極加速器(RFQ)(500万電子ボルト)、超伝導線形加速器の初段(900万電子ボルト)までをIFMIF原型加速器6)として段階的に設置し試験を進めています。
図2 IFMIF原型加速器の全体図。全長約36メートル、RFQの長さは9.8メートル。
IFMIF原型加速器の開発の現状
IFMIF原型加速器は、現在、量研六ヶ所核融合研究所において、その建設及び試験が進んでいます。欧州の複数の研究所で製作された各コンポーネントが六ヶ所核融合研究所に納入され、量研が主体となってその組立て、調整試験を行っています。入射系は2014年末から試験を開始し、既に仕様を満たす良好なビームが得られています。RFQは2016年から据付けを開始し、これを用いたビーム加速実験の準備を行ってきました。RFQの精密なチューニングは約半年をかけて行いました。また、並行して加速を行うためのパワー源となる8系統の大電力高周波システムの整備も行いました。8系統それぞれから175メガヘルツ(FMラジオ放送と同じ超短波域)で200キロワットの高周波出力が可能で(合計1,600キロワット)、導波管を介して加速器室に電力伝送され、RFカプラと呼ばれる真空封じ窓を介してRFQに入射されます。RFQ内部は14基の真空ポンプを用いて、残留ガスによるビームの発散が生じないよう超高真空に保ちます。この条件で、コンディショニングと呼ばれるRFQへの大電力高周波の投入調整を行ってきました。
これは大電力の高周波をRFQに投入した際にRFQ内で生じる放電を、徐々にRFQ内機器の表面状態を改善しながら回避し、それに合わせて投入パワーを上げていく、いわゆる「ならし運転」です。今回のビーム加速試験に必要なパラメータを得るために、システム全体の調整と組み合わせて24時間体制の作業を続け、加速に必要な高周波パワーの投入ができる状態となりました。
図4にその日欧共同作業風景の例を示します。日欧合同チーム(リーダーは日本人)により、英語による十分なコミュニケーションを取りながら様々な問題を解決し作業を進めました。 なお、最終段の超伝導線形加速器は、六ヶ所核融合研究所でその組立てを2019年3月から開始し、2020年度に据付開始予定です。
図4 日欧合同チームによる運転風景
今回の成果の位置付け及び成果の意味
現在、IFMIF/EVEDAプロジェクト以外でも主に産業応用を目的とした重陽子ビーム加速器の開発が行われています。その現状を図5に示します。今回のRFQによる125ミリアンペアの大電流の重陽子ビームの加速の成功は、IFMIF原型加速器のRFQの目標値を満たすもので、核融合中性子源の開発にとって極めて重要なマイルストーンを達成したものです。あわせて、大強度加速器に新たな可能性を開くもので今後の加速器開発に弾みがつくものと思われます。
なお現在、我が国は核融合中性子源としてIFMIFの40MeV重陽子加速器1基を用いて、核融合材料だけでなく、中性子を用いた医療RI等の産業応用も可能な先進的な核融合中性子源A-FNSの設計検討を進めており、重要な開発項目の一つである大電流RFQの成功は、今後の計画遂行に極めて大きな見通しを与える成果です。
RFQによるビーム加速
図6(左)は、 RFQの断面を入射器側から見た様子です。周波数175メガヘルツの大電力高周波が、8本の高周波導入ポート(RFカプラ)を介して入射され、RFQ内に閉じ込められています。十字形に配置した4つの電極中央部の上下左右の幅が12ミリメートルで長さ9.8メートルの空間には、ビームと垂直方向に25メガボルト/メートルという特に高い電場がかかるよう設計されています。この中央の空間に入射器で生成した大電流の重陽子イオンビーム(10万電子ボルト)が入射され、加速されます。具体的には、4つの電極の上端部には、図6(右)のように長手方向に波状のうねりが設けられており、この結果電界にも波状のうねりが形成され、この175メガヘルツで振動する電界のうねりの周期とビームが電極を長手方向に通過する周期が共鳴することによって、ビームは電場の波に乗って加速され、RFQから出射される時には50倍のエネルギー(500万電子ボルト)となります。同時に、ビームと垂直方向の高い電界を用いて、大電流ビームの生成を阻害する大きな要因であるプラスの電荷を持った粒子同士の反発による強力な発散力に対抗し、ビームの損失が抑制される設計となっています。
IFMIF原型加速器のRFQは、従来、一般的な加速器の用途では、1系統で十分であった高周波源を、核融合中性子源では大電流化が必須なため、8系統化により大電力化を図るとともに、急激な電界分布変化によるビームの拡がりを抑制するために、ビームの進行方向としては世界最長(9.8メートル)とし、緩やかなうねりを有するようRFQ内の内部形状の最適化が図られています。特に8系統合成では、電力、位相を高精度で一致する制御システムを構築するとともに、その動作確認は、日欧合同チームにより共同で行いました。
これにより内部の電界形状を乱す原因となる不要モードの発生が抑制され、ビーム損失の抑制、加速精度の向上につながっています。また、投入電力が分散されることにより、システムの信頼性劣化につながる高周波放電のリスクを大幅に下げることにも成功しています。また、重陽子ビームの投入時、遮断時に生じる高周波源への過大な反射波を低減させるため、緩やかな高周波電力の制御を導入し、機器の破損を防ぐなどの工夫を施しています。
RFQ重陽子ビーム加速実験
実験では、図7に示すとおり、入射器内で重水素プラズマを発生させ、これからプラスの電荷を持った重陽子イオンを静電界で引き出して生成した10万電子ボルトのイオンビーム(重陽子ビーム)をRFQ内に入射しています。RFQに入射された重陽子ビームは、8系統から投入された高周波で500万電子ボルトまで加速され、最終的にはRFQを出射後にビームダンプで吸収しています。RFQ加速器の入り口1箇所、加速後3箇所でビーム電流を測定しています。
図8にRFQの加速実験で得られた重水素ビームの電流データを示します。
波及効果
125ミリアンペア加速に成功したことで、来年度以降にRFQの後段に設置される超伝導高周波加速器(SRF)を組み合わせた重陽子ビーム加速の最終実証(125ミリアンペア、900万電子ボルト)へ向け、大きく弾みをつけるものとなります。その結果は、核融合炉で生じる高速中性子が炉の材料に与える影響を調べるために必要な核融合中性子源A-FNSの実現と、中性子の応用利用による医療や農業、工業の分野への幅広い貢献に見通しを与えるものと期待されます。