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量子メス、世界へ普及目指し がん死ゼロ健康長寿社会

掲載日:2022年3月9日更新
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日刊工業新聞 2021年12月27日 「卓見異見」

重粒子線は日帰りも

​ 今や人生100年時代と言われている。しかし、2人に1人はがんになり、3人に1人はがんで死ぬ。日本では100万人が、世界では1800万人が毎年がんを発症している。20年後には2200万人に増加すると予想される。

 平均寿命は現在84歳であるが、健康寿命は73歳であり、この差は約10年ある。死ぬまでに10年以上は不健康な状態、極端な例では寝たきりで過ごすことになる。命を救いつつ、生活の質(QOL)を損なわない治療が重要となる。私は14年前に1期非小細胞肺がんが見つかり、左肺を60%摘出した。3週間入院し、社会復帰には3ヶ月以上を要した。同じようながんを重粒子線で治療すれば、1日で治療が終わり、肺を摘出する必要もない。仕事を中断することもなく、QOLを維持することが可能である。しかも、5年生存率は80%以上と手術と遜色はない。

 世界初の重粒子線がん治療装置は、量子科学技術研究開発機構(QST)の前身である放射線医学総合研究所が10年の歳月をかけて1993年に完成させた。現在では世界の14施設で稼働しており、7施設は日本国内にある。

 その特徴は、正常組織を避けてがんを狙い撃ち出来ることだ。したがって副作用が非常に少なく、治療効果が高い。放射線抵抗性のがんなど、他の方法では治療困難な頭頸部がんや骨軟部肉腫などにも有効である。また、照射回数が少なく、1期の非小細胞肺がんでは1回、肝臓がんでは2回など日帰り治療も可能である。

装置の小型・高性能化

​ 前立腺がんでは12回照射治療が行われているが、現在1週間で治療が終わる4回照射の臨床試験が進行中である。膵臓がんなどの難治がんでも、手術不能症例において2年生存率60%、手術可能症例では5年生存率50%と、優れた治療成績を上げている。現在、前立線がん、骨・軟部腫瘍、頭頸部がんなどが保険で治療出来る。肺がんや肝臓がんなどの一般的ながんも先進医療で治療されている。

 QSTでは、「がん死ゼロ健康長寿社会」を目指して、次世代重粒子線がん治療装置である「量子メス」の研究開発を進めている。重粒子線がん治療装置1号機はサッカー場と同じサイズだ。現在普及している第3世代でもテニスコートのサイズである。QSTでは、既存の病院建屋に設置でき、かつより高性能な「量子メス」で、さらなる普及を目指している。

 重粒子線がん治療装置では、シンクロトロンと直線加速器により、炭素イオンを光速の約80%の速度まで加速する。このシンクロトロンを水素融合(核融合)の超電導技術を用いて小型化を図る(第4世代)。さらに、直線加速器をレーザー加速技術により、小型化を図る(第5世代)。研究開発部門を超えた技術の融合だ。QSTの理念である「調和ある多様性の創造」の具現化でもある。高性能化については、現在は炭素イオンのみを使用しているが、これをマルチイオン化する。例えばすい臓がんの中心部分には炭素イオンよりも質量が重く治療効果の高い酸素イオンを、その周辺は現在の炭素イオン、正常組織とがんの境界部分にはヘリウムイオンを照射する。マルチイオン化した第4世代は26年までの、第5世代はそれ以降の実用化を目指している。

 さらに、標的アイソトープ治療(TRT)や、免疫治療と重粒子線治療の併用治療の研究を進めている。TRTはがんに集まりやすい物質に放射性同位元素を結合させた化合物を投与して、体内からがん細胞を殺す方法で、転移したがんにも有効である。

免疫療法を併用

 QSTでは重粒子線の一種であるアルファ線に注力している。体外からは重粒子線がん治療装置で、体内からはTRTにより、アルファ線をがんに照射し原発がんのみならず転移がんも治療する方法だ。これらに免疫療法も併用することにより、切らずにQOLを維持した治療が可能になると考えている。22年には量子メスを設置するための建屋の工事が始まる。1日も早く、量子メスを世界中に普及することにより「がん死ゼロ健康長寿社会」実現に貢献したい。