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生きがい感じる社会つくる 量子でつながる人とモノ

掲載日:2022年3月9日更新
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日刊工業新聞 2022年1月31日 「卓見異見」

「地球市民」の自覚

 新型コロナウイルス感染症が始まり3回目の新年を迎えた。人類は今、環境問題、生物多様性の危機、エネルギー問題や食料問題などに直面している。さらに多様性爆発のマグマがたまり、各地で対立や紛争の火種がくすぶっている。人類は第4の波の負の遺産を一身に背負い第5の波を航海中だ。第5の荒波を乗り切るためにも、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を達成するためにも、「地球市民」の自覚を持たなければならない。「調和ある多様性の創造」により、異文化理解と尊重を育み持続可能な社会を構築しなければならない。

 SDGsは「誰一人取り残さない」を理念に掲げている。そのためには、年齢・空間・時間・言語などの制約から解放される必要がある。それを可能とするのが、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ(大量データ)、人工知能(AI)、ロボットなどの技術を活用した第6期科学技術・イノベーション基本計画が目指す超スマート社会(ソサエティー 5.0)だ。

 それは、仮想空間と現実空間を高度に融合させ、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会である。IoTで全ての人とモノが仮想空間を通じてつながる。共有されたビッグデータはAIで解析され高付加価値な情報へ生まれ変わる。現実空間では情報を基にロボットが人の生活をサポートする。

 ソサエティー 5.0実現の基盤となるものが、高速・大容量・省エネで情報処理を可能とする量子機能だ。現在の情報社会はエレクトロニクス技術により発展してきた。半導体の集積化、高密度化が進められ、高速データ処理や大容量通信が可能になったが、集積化・高密度化の限界が近づいている。また、従来のエレクトロニクス技術では大規模データ処理に莫大な電力が必要となる。このような問題を克服するのが、量子機能をフルに活用したスピンフォトニクス技術である。

 電子の流れの代わりにスピンと呼ばれる量子状態(量子ビット)を活用し、その向きを反転させることで記憶・処理を行う。さらに情報の入出力に光量子(フォトン)を用いて高速動作を保証する。現在より桁違いに少ない電力で膨大なデータを瞬時に記憶・処理できる。

AIで最適対処方

 量子機能を活用した超高感度の量子センサーと組み合わせれば、健康長寿社会に必要なウエアラブル健康モニタリングデバイス、自動運転・制御用デバイス、橋梁やトンネル等の社会インフラの健全性・経年劣化検知センサーなどからの大規模データを仮想空間上で共有することが可能となり、AIの解析による最適対処方法が提案される。

 パソコンやスマートフォンなどで使われているデジタル信号(ビット)の代わりに量子ビットを計算に用いるのが量子コンピューターであり、現在のコンピューターと比べ約1億倍高い処理能力が期待される。また、サイバー攻撃にも強く、量子通信と統合すれば強固なセキュリティを有する金融、社会保障、統合医療システムなどが構築できる。

管理社会の危険性

 このようなスピンフォトニクス、量子センサー、量子コンピューター、量子通信の中核となる量子ビットの代表例がダイヤモンドNVセンターだ。ダイヤモンドNVセンターは、量子ビームを用いて作られており、量子ビット形成技術では我が国が世界を牽引している。QSTはその中軸的役割を果している。

 量子機能をフル活用すればソサエティー 5.0の実現もそう遠くないが、監視・管理社会になる危険性もある。また、仮想空間と現実空間の区別がなくなり、社会のあり方や人間関係や心の問題に大変革が訪れるだろう。

 今や、科学技術は社会のあり方のみならず、人類存亡の鍵を握っている。ソサエティー5.0を実現するためにも、SDGsを達成するためにも、科学技術は人文・社会科学など幅広い分野と連携し、社会との対話が重要である。地球に優しい社会、多様性を享受できる社会、そして何より生きがいを感じる社会への変革の歩を進めなければならない。そして「地球市民」としての自覚が強く求められる。