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関西光科学研究所 | 研究内容:X線レーザー研究G(EUVアブレーション)

掲載日:2018年12月26日更新
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光量子科学研究部

軟X線レーザーによるナノメートルスケールの表面微細加工

 

―​X線レーザーと物質との相互作用の解明を目指して―​

発振波長の短いX線レーザーのもう一つの特徴として「光子エネルギーが高い」ということが挙げられます。光の波長が可視や赤外線よりも短いということは、光(光子という)のエネルギーが可視や赤外線よりも高いということを意味します。軟X線の透過力は非常に弱く、物質に対する侵入長は極めて短いので、集光特性に優れた軟X線レーザーを用いれば微小な領域に大きなエネルギーを瞬時に注入することができます。我々のグループでは軟X線レーザーもつ特徴を最大限に生かして、軟X線と物質との相互作用によって表面近傍で生まれる変化の研究も行っています。これまでに、波長13.9 nmの軟X線レーザーと希ガス(キセノン)との相互作用において、発生する多価イオンの生成効率が放射光などで得られた同様の実験結果と大きく異なっていることが判明しました。また、固体との相互作用においては、LiF(フッ化リチウム)結晶への照射実験においてアブレーション(損傷)構造の形成に必要なエネルギー(閾値)が他の長波長レーザーよりも低くなることを明らかにしました。軟X線レーザーは、選択的な多価イオンの生成やアブレーション閾値の低下などの今まで知られてなかった物理現象を私たちに見せてくれます。新しい知見を積み重ねることにより、軟X線レーザーによる効率的または選択的な物質加工の可能性が見つかるかも知れません。

アブレーション図1は軟X線レーザーを集光照射したアルミニウム(軽金属)、金(重金属)、銅(通常の金属)、シリコン(半導体)の各表面を観察した電子顕微鏡写真です。軟X線レーザーのアブレーション作用によってそれぞれの物質に特有の多様な構造が形成されることが確認できます。軟X線レーザーの照射によって物質表面に形成される構造の観察は、軟X線レーザーと物質との相互作用を評価する研究の基本です。実験とともにアブレーションを説明するための理論研究も外部の研究者とともに進めています。理論計算からは、軟X線レーザーのアブレーション機構として破砕的なアブレーション過程(スパレーションという)が提案されています。アブレーション図2にはモデル計算の結果を示しています。軟X線レーザーの照射(エネルギーの注入)によって、物質内部では最初に電子系がエネルギーを受け取ります。軟X線では物質の吸収率がたいへん大きいので、注入したほとんど全てのエネルギーを物質に与えることができます。その後、電子-イオン-格子へとエネルギーが移動し、物質表面近傍の浅い領域に「膨張の核」が形成されます。その核が成長し、最後に表面を吹き飛ばす様子が描かれています。膨張の核は軟X線レーザー照射中の数ピコ秒のタイムスケールで生成が始まっていると予想されています。今後は、アブレーションの時間発展など、より詳細な変化を観察することで、アブレーション機構の解明を目指す予定です。

軟X線レーザーによるアブレーション実験の発展として、長寿命光学素子の開発に関する研究を行っています。Mo/Si多層膜反射鏡に代表される端紫外線(EUV)光学素子は、EUVリソグラフィー装置の基幹技術の一つとなっていますが、強力な光源に曝される集光用多層膜反射鏡の損傷・劣化が問題となっています。我々は、これまでに軟X線レーザーによるアブレーション実験で得た照射損傷に関する知見を最大限活用し、EUV光学素子の損傷閾値の導出を行っています。アブレーション図3に軟X線レーザーを照射した多層膜の電子顕微鏡写真を示しています。損傷閾値を超えるエネルギーが原因で、周期構造の収縮や化合物の生成などの構造劣化が認められます。本研究では、企業と連携を図りながら、高強度EUV光による照射損傷のメカニズムを解明し、EUV光学素子の低損傷・長寿命化につながる成果を期待しています。

軟X線レーザーによって起こるアブレーションは損傷の形成、すなわち対象物体の破壊に興味が向きますが、物質表面に形成されるナノメートルスケールの構造を上手に利用することにより、微細加工を行うことも考えられます。今後は、微細加工へ向けた研究も必要となります。軟X線レーザーと物質との相互作用を観察し、アブレーションの基礎的なメカニズムを明らかにすることを通じて、これまでにない加工技術を生み出す可能性を追求しています。

X線レーザーと物質との相互作用の解明を目指しての画像1
アブレーション図1: 軟X線レーザーを照射したアルミニウム、金、銅、シリコンの各表面を観察した電子顕微鏡写真(全ての写真のスケールは同じ)。様々な構造を持つアブレーション構造が形成されることが確認できる。

X線レーザーと物質との相互作用の解明を目指しての画像2
アブレーション図2:軟X線レーザーによる破砕的なアブレーションの理論モデル計算[J.Appl.Phys.109,013504(2011).]。軟X線レーザーの照射によって物質にエネルギーが注入され、ピコ秒の時間スケールで急激に破壊が進みます。

X線レーザーと物質との相互作用の解明を目指しての画像3
アブレーション図3:軟X線レーザーの照射によって損傷を受けた多層膜断面の電子顕微鏡写真(NTT-AT社様提供)。多層膜部分(Multilayerと表記)のうち損傷を受けた部分(Damageと表記)の構造が変化し、その結果、周辺部分と色が変化して見えている(Substrateは基板)