令和6年10月28日
国立大学法人広島大学
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
本研究成果のポイント
- 超伝導の空間的な乱れを可視化する新たな放射光顕微観察技術を世界で初めて開発
- 高温超伝導材料の品質劣化を招く局所的な超伝導特性の変化の要因を探索可能に
- 超伝導材料の高性能化や新奇な超伝導現象の解明に期待
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科博士課程後期3年の宮井雄大、広島大学放射光科学研究所の島田賢也教授、量子科学技術研究開発機構の岩澤英明プロジェクトリーダー(広島大学放射光科学研究所客員研究員)、および高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の小澤健一教授らを中心とする研究チームは、放射光を用いた顕微実験技術とデータサイエンスの手法を組み合わせ、銅酸化物が示す高温超伝導(*1)の強さを表す「超伝導ギャップ(*2)」が、10マイクロメートル(100分の1ミリメートル)ほどの微小なスケールで、空間的に不均一であることを世界で初めて可視化することに成功しました。この発見は、超伝導の局所的な変化を引き起こす要因を解明するうえで重要な一歩であり、将来的には不均一性の制御を通じて、銅酸化物をはじめとする高温超伝導材料の高性能化や新たな超伝導現象の解明に貢献することが期待されます。
高温超伝導体は、安価な冷却材である液体窒素で冷却できる温度で、電気抵抗がゼロになることから、省エネルギー技術の発展や脱炭素社会の実現に大きな期待が寄せられています。この高温超伝導体を用いたエネルギーデバイスの実現には、超伝導ギャップが大きく、かつ空間的に乱れのない材料を開発する必要があります。しかし、これまで超伝導ギャップの空間分布を正確に観察する手段がなく、その実現が望まれていました。そこで本研究では、これを可能にする顕微技術を開発しました。また、本開発技術により空間分解能が向上し、得られる実験データ量が数百倍以上増加するため、データサイエンスの手法で処理を行い、可視化する手法も開発しました。これらにより高温超伝導を特徴付ける超伝導ギャップが、10マイクロメートルほどの微小領域で、空間的に不均一になっていることを世界で初めて可視化することに成功しました。さらに、高温超伝導の特性を最も強く示す電子の空間分布まで調べられるようになり、超伝導の不均一性の要因を探ることも可能となりました。
本技術は、高温超伝導デバイスの評価や動作原理の解明などにも広く適用できる実験手法であるため、物質・材料科学や応用科学分野での大きな貢献が期待されます。本成果は英国Taylor & Francisグループが発行するScience and Technology of Advanced Materialsに10月28日付け(現地時間)で掲載されます。
論文情報
〈雑誌〉Science and Technology of Advanced Materials
〈題名〉Visualization of spatial inhomogeneity in the superconducting gap using micro-ARPES
〈著者〉Yudai Miyai, Shigeyuki Ishida, Kenichi Ozawa, Yoshiyuki Yoshida, Hiroshi Eisaki, Kenya Shimada, and Hideaki Iwasawa* (*責任著者)
〈DOI〉https://doi.org/ 10.1080/14686996.2024.2379238
背景
脱炭素社会の実現に向け、低温で電気抵抗がゼロになる「超伝導」は、省エネルギーを推進する切り札の一つとして期待されています。超伝導は、物質を冷却していくと、ある温度で電気抵抗が突然ゼロになる現象です。電線や電気回路に電気が流れると、電気抵抗によって発熱し、電力の数十%が発熱によって失われると言われています。動作している電気製品を触ると熱く感じるのはこのためです。もし超伝導により、電気抵抗がゼロとなり、これまで失われていた電力を有効活用できるようになれば、大幅な省エネルギーとなり、カーボンニュートラルに大きく貢献できます。一般に超伝導現象は絶対零度(-273℃)に近い非常に低い温度で生じるため、物質を極めて冷却することが必要です。冷却するためにもエネルギーが必要になるため、できるだけ高い温度で超伝導になる物質の探索が行われています。
超伝導物質の中でも、「銅酸化物高温超伝導体(*3)」は、安価な冷却材である液体窒素温度で冷却できる温度(約-196℃)よりも高い温度で超伝導となるために注目されていますが、なぜ高い温度でも超伝導が起こるのか、その仕組みはまだ完全には解明されていません。銅酸化物高温超伝導体の特徴として、場所によって超伝導の強さを表す「超伝導ギャップ」の大きさが異なっていること(空間的な不均一性)が挙げられます。この空間的な不均一性は、超伝導の応用で重要となる、磁場をかけたときに磁束が特定の領域に固定される「ピニング効果」に影響を与えます。また、超伝導を担う電子が波動として伝わる方向(波数(*4))によって性質を変えること(波動的性質の異方性)も大きな特徴の一つです。この異方性により、高温超伝導体の結晶方位に対して、どの方向から電場や磁場をかけるかによって応答が変化します。このように、「空間的な不均一性」と「波動的性質の異方性」は高温超伝導体の性質に大きく関わっており、これらの特徴が互いにどのように関係するのかを明らかにすることは、高温超伝導の仕組みを解明する上で重要です。
従来の実験手法として、走査型トンネル顕微鏡/分光(STM/STS)(*5)があります。この方法では、上述した空間的な不均一性を観測することはできますが、波動的性質の異方性については観測できません。これに対し本研究チームでは、波動的性質の異方性を高水準で観察できる「角度分解光電子分光(ARPES)」(*6)を用いた実験手法を開発してきました。しかしながら、高温超伝導体の空間的な不均一性と波動的性質の異方性を同時に観察する技術は、これまで存在していませんでした。
研究成果の内容
そこで本研究チームは、放射光をマイクロ集光させてARPES測定を行うことで、「空間的な不均一性」と「波動的性質の異方性」とを同時に観察する実験技術を確立できると考えました。今回、高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーのマイクロARPES装置を活用し、銅酸化物高温超伝導体の超伝導ギャップが最大となる波数方向の電子を選択的に観測しました(図1)。空間分解能を高めた実験を行うため、従来の実験に比べてデータ量は数100倍以上増加するため、データサイエンスの手法を用いて超伝導ギャップの大きさ抽出し、可視化する手法も合わせて開発しました。
その結果、超伝導ギャップの最大値が、マイクロメートルスケールの微小領域において、30-40 ミリ電子ボルト(meV)の間で不均一であることを世界で初めて可視化することに成功しました(図2)。一方、STM/STSで報告されていた超伝導ギャップの値が20-70 meVの範囲で不均一に分布していることと比較すると、ARPESで測定した超伝導ギャップの不均一性は相対的に小さいことがわかりました。
銅酸化物高温超伝導体では、異なる大きさの2つのエネルギーギャップが存在することが広く知られています。一つは、超伝導状態でのみ現れるエネルギーギャップの小さい「超伝導ギャップ」です。もう一つは、超伝導転移温度よりも高温の状態(常伝導状態)でも現れるエネルギーギャップが大きい「擬ギャップ」です。エネルギーギャップの大きさから考えると、本研究では超伝導ギャップの空間的な不均一性を反映しているのに対して、STM/STSでは超伝導ギャップだけでなく擬ギャップの空間的な不均一性が混ざって観測されていたと考えられます。つまり、今回の結果は、超伝導ギャップの空間不均一性を世界ではじめて捉えた成果と言えます。
さらに、本研究で開発した技術により、特定の波数の電子を選択して、空間的な不均一性を可視化することが可能となりました。今後、この技術により銅酸化物高温超伝導体における「空間的な不均一性」と「波動的性質の異方性」の関係の理解が進み、銅酸化物が示す高温超伝導の仕組みを紐解く足掛かりとなることが期待されます。
今後の展開
本研究成果により、高温超伝導デバイスの評価や動作原理の解明などにも広く適用できる実験手法が確立されました。本技術は、光源を微小化するほど高解像度化が可能になります。現在、我々は、フォトンファクトリー、広島大学放射光科学研究所HiSOR、そして3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(*7)において、放射光の高輝度化・微小集光化に向けた取り組みを進めています。今後、本技術と高輝度・微小集光放射光との融合により、さらに高度な技術へと発展することで、物質・材料科学や応用科学の分野において本技術が大きな貢献を果たすことが期待されます。特に、新奇な超伝導現象を解明する新たな手法として多くの研究や開発で利用されることが見込まれます。また、省エネルギー技術の進展に寄与し、持続可能な社会の実現に向けた重要なステップとなることが期待されます。
図1:銅酸化物高温超伝導体の波数空間での電子の存在位置を表した図(フェルミ面)。銅酸化物高温超伝導体の超伝導ギャップは、(π, π)方向(ノード方向と呼ぶ)では超伝導ギャップがゼロ、(π,0)もしくは(0, π)方向(アンチノード方向と呼ぶ)で最大となる(d波対称性)。本研究では、超伝導ギャップが最大となる波数の電子を選択してその空間分布を調べた(図2)。
図2:本研究チームが世界ではじめて成功した、特定の電子を選択して観測することで、銅酸化物高温超伝導体の微小表面で超伝導ギャップの不均一性が存在していることを表した図。(左)マイクロ集光放射光を用いた顕微光電子分光実験の概念図。(中央)異なる位置で測定したエネルギー分布曲線で、超伝導ギャップの大きさの空間依存性が確認できる。超伝導ギャップの空間分布図(右上)・頻度分布図(右下)においても、不均一性が確認できる。
用語説明
(*1)超伝導、高温超伝導:物質を冷却していくと、電気抵抗がゼロになる現象のこと。超伝導の実用例として、MRI(磁気共鳴断層撮影)装置やリニアモーターカーなどが挙げられます。実用化されているニオブチタン合金などの超伝導材料は超伝導になる温度が約-263℃ととても低いため、冷却するためにエネルギーを必要とします。これに対して、高温超伝導は液体窒素温度(-196℃)以上で超伝導が現れるため、産業応用に大きな期待が寄せられています。
(*2)超伝導ギャップ:通常、電子は互いに反発し合いますが、超伝導状態では電子がペア(クーパー対)を組むことで、電気伝導に関わる電子が足並みをそろえて抵抗を受けることなく運動できるようになります。このペアを安定させるために、電子間には実効的な引力が働いており、超伝導状態のエネルギーは常伝導状態(超伝導でない状態)のエネルギーに比べて安定化していて、二つのエネルギーの間には不連続な飛び(ギャップ)があります。これが超伝導ギャップと呼ばれるもので、一般に超伝導ギャップが大きいほど、高温でも超伝導状態を保つことができます。
(*3)銅酸化物高温超伝導体:液体窒素温度(約-196°C)よりも高い温度で超伝導を示す物質群のこと。1986年に発見されて以来、世界中で研究が進められていますが、高温超伝導のメカニズムはまだ完全には解明されていません。
(*4)波数:波長の逆数に比例する量であり、波長が短いほど波数は大きくなります。また波動が進む向きに対して波数を決めることができるので、3つの座標成分を持ちます。超伝導を担う電子は波動としてふるまい、波数とエネルギーにより状態を識別することができます。銅酸化物高温超伝導体では、銅と酸素がつくる二次元的な平面上で超伝導が生じており、波数の方向に依存して超伝導ギャップや擬ギャップの大きさが異なることが知られています。
(*5)走査型顕微鏡/分光:走査型顕微鏡・分光(STM/STS: Scanning Tunneling Microscopy/Spectroscopy)は、非常に高い空間分解能で物質表面の原子構造や局所的な電子状態を調べるための実験技術。STMでは、探針を物質表面に非常に近づけてトンネル電流を測定し、表面の形状を画像化できます。STSでは、STMの技術を拡張し、局所的な電子のエネルギー分布を取得できます。
(*6)角度分解光電子分光:角度分解光電子分光(ARPES: Angle-resolved photoemission spectroscopy)は、物質の電子構造を詳しく調べるための実験技術。ARPESでは、物質に放射光や紫外線レーザーなどのエネルギーの高い光を入射したときに放出される光電子の「エネルギー」と「放出角度」を計測することで、物質内部で波動としてふるまっている電子のエネルギーと波数の分布を調べることができます。
(*7)3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu:正式名称は、3GeV高輝度放射光施設。NanoTerasuは愛称である(施設等の詳細:2023年7月24日プレスリリース)。