






2026年7月2日
国立大学法人東北大学
沖縄科学技術大学院大学
大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
国立大学法人新潟大学
国立研究開発法人理化学研究所
発表のポイント
- 構造が不安定でこれまで単独で作ることが難しかった「ホウ素版グラフェン(注1)(ボロフェン)(注2)」を、安定な3次元結晶の表面を利用して実現しました。
- その表面では、電子が互いに強く影響し合い、「液晶」のように特定の方向へきれいに整列する、特殊な量子状態が現れることを発見しました。
- 今回確立した、安定な3次元結晶の内部から不安定な2次元材料を取り出すという新しい設計手法は、今後の新材料開発や次世代電子デバイスの進化につながることが期待される成果です。
【概要】
グラフェンに代表される2次元材料は次世代電子デバイスとして期待される一方、電子同士の相互作用が弱く、超伝導のような強い量子現象を起こしにくいという課題がありました。
東北大学、沖縄科学技術大学院大学、自然科学研究機構分子科学研究所、高エネルギー加速器研究機構、量子科学技術研究開発機構(QST)、新潟大学、理化学研究所などの共同研究グループは、単独では不安定なホウ素版グラフェン(ボロフェン)を、安定な3次元結晶LaRh3B2の内部から取り出すという新手法を実現しました。また、電子が特定エネルギーに集中しやすくなる特殊な電子構造(van Hove特異点)がフェルミ準位(注3)近傍に存在することを明らかにしました。さらに、本来は六角形の対称性を持つ電子分布が自発的に特定方向へ偏る「電子ネマティック状態」(注4)の観測にも成功しました。新たな量子材料設計の指針となることが期待される成果です。
本成果は2026年7月1日(米国東部時間)、科学誌Science Advancesに掲載されました。
研究の背景
グラフェンは、炭素原子が蜂の巣(ハニカム)格子状に並んでできる2次元材料であり(図1a)、ディラック電子(注5)と呼ばれる特有の電子状態により高い電気伝導特性を示します(図1b,c)。そのため、省電力で高速に動作する次世代電子デバイスへの応用が期待されていますが、電子同士の相互作用(電子相関)が相対的に弱く、超伝導や対称性の破れなど多体効果に由来する量子現象を起こしにくいと考えられていました。
近年、2枚のグラフェンをわずかに回転させて重ねた捻れ2層グラフェンでは、モアレ模様(注6)によって生じる平坦バンド(注7)を利用し、電子相関を強められることが分かってきました。しかしこの方法では、捻れ角やキャリア密度(注8)を精密制御する必要があり、また、試料の均一性や再現性に課題がありました。そこで近年注目されているのが、電子が特定エネルギーに集中しやすくなる「van Hove特異点」を利用する方法です(図1b,c)。この考え方を実現する有力候補として期待されているのが、グラフェンの炭素原子をホウ素原子に置き換えたボロフェンです。ボロフェンでは電子同士の相互作用が強くなる可能性がありますが、一方で、構造が不安定なため、理想的なハニカム構造を安定に作ることが大きな課題でした。
今回の取り組み
今回、東北大学 材料科学高等研究所(以下、WPI-AIMR)の加藤 剛臣 日本学術振興会特別研究員(現沖縄科学技術大学院大学(以下、OIST) 日本学術振興会特別研究員)、同大学大学院理学研究科の中山 耕輔 助教、WPI-AIMRの佐藤 宇史 教授、同大学多元物質科学研究所の組頭 広志 教授、OISTの岡田 佳憲 准教授、分子科学研究所の田中 清尚 准教授、高エネルギー加速器研究機構の小澤 健一 教授、量子科学技術研究開発機構の堀場 弘司 グループリーダー、北村 未歩 主任研究員、新潟大学の摂待 力生 教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの大貫 惇睦 客員主管研究員らの共同研究グループは、不安定な2次元シートを単独で作るのではなく、安定な3次元結晶の内部に埋め込まれた2次元格子を表面に露出させて利用するという新しいアプローチを採用しました。研究グループは、LaRh3B2という物質に含まれるホウ素ハニカム格子に着目し(図1d,e)、放射光(注9)施設UVSOR-IIIとフォトンファクトリーを用いた角度分解光電子分光(ARPES)(注10)測定により、この物質の電子状態を詳細に調べました。
その結果、LaRh3B2表面に、ボロフェン状シートに由来する2次元電子状態が形成されていることを明らかにしました。さらにこの電子状態では、エネルギーバンドの鞍点構造が作るvan Hove特異点がフェルミ準位のごく近傍に位置し、電子状態密度が大きく増大していることがわかりました(図2)。また、走査トンネル顕微鏡(STM)(注11)測定では、van Hove特異点近傍で異方的な干渉パターン(注12)が観測されました(図3)。これは、本来は六角形の対称性を持つ電子状態が、自発的に特定方向へ偏る電子ネマティック状態が形成されていることを示しています。電子ネマティック状態は、液晶分子が一定方向へ整列する現象に似ていることから、「電子の液晶状態」とも呼ばれています。
今後の展開
本成果は、グラフェン類似材料においても、電子構造を適切に設計することで、電子同士の相互作用を強め、新たな量子現象を引き出せることを示しました。
また、3次元結晶を利用して不安定な2次元電子系を実現するという本研究の手法は、今後さまざまな新奇量子材料へ応用できる可能性があります。
さらに、LaRh3B2を含むRT3X2物質群(注13)は元素置換の自由度が大きく、電子数や電子構造を柔軟に制御できることから、将来的には、超伝導や新しい省エネルギー量子デバイスの基盤となる強相関2次元材料の開発へと発展することが期待されます。
図1.
(a) 原子が蜂の巣状に配列したハニカム格子。
(b) ハニカム格子のエネルギーバンド。ディラック電子や鞍点といった特徴的構造を示す。
(c) (b)に対応する、エネルギーと状態密度の関係。鞍点のあるエネルギーに状態密度の異常=van Hove特異点が現れる。
(d) LaRh3B2の結晶構造。La/B層とRh層が交互に積み重なる構造を持つ。
(e) (d)からLa/B層を抜き出したもの。B原子のハニカム格子が見られる。

図2.
(a) 放射光ARPESで測定したLaRh3B2のフェルミ面。
(b) (a)の1と2の運動量で測定したエネルギーバンド分散。カット1では下凸のバンド(赤線)が見られる。直交するカット2では、頂点近傍がわずかに平坦になった上凸の分散が観測されており、鞍点構造の存在が見てとれる。
(c) (b)のエネルギーバンド分散を鞍点(M(____))の周辺で示した概略図。

図3.
(a) van Hove特異点の近傍で観測した準粒子干渉パターン。中央に2回対称な横長の楕円パターン(赤線)が見られる。
(b) 電子ネマティック状態の概念図。水色で模式的に示した電子状態の空間分布は、通常はハニカム格子と同じ6回対称(60度回転させると元の図に重なる、例えば六角形のような状態)をしている(左)。一方、電子ネマティック状態では左右方向に伸び、2回対称(180度回転させると元の図に重なる状態)へと変化する(右)。
【謝辞】
本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(JPMJCR18T1)(研究代表者:佐藤 宇史)、日本学術振興会(JSPS)科研費JP25KJ0383(研究代表者:加藤剛臣)、JP23H01115(研究代表者:中山 耕輔)、JP21H04435(研究代表者:佐藤 宇史)などの助成により得られました。放射光を用いたARPES実験は分子科学研究所共同利用研究(課題番号:22IMS6838, 23IMS6835, 24IMS6641, 24IMS6829)および高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光共同利用実験課題(課題番号:2021S2-001, 2024S2-001)により実施しました。本論文は「東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受け、Open Accessとなっています。
【用語説明】
- 注1 グラフェン:
- 炭素原子が蜂の巣のような六角形の網の目状につながったシート状の物質。黒鉛(グラファイト)を、非常に薄く剥がすなどして得られる。グラフェン内の電子は、ディラック電子と呼ばれる特殊な電子状態を持つ。
- 注2 ボロフェン:
- ホウ素原子からなる2次元シート状の物質の総称。構造が多様であり、特にハニカム構造は安定化が難しい。
- 注3 フェルミ準位:
- 電子が占有するエネルギーの境界に相当する基準。
- 注4 電子ネマティック状態:
- 電子が自発的に1方向に偏り、電子状態の回転対称性が低下する現象。
- 注5 ディラック電子:
- グラフェンなどで現れる、質量を持たない粒子のように振る舞う電子状態。高い移動度など特有の性質に関係する。
- 注6 モアレ模様:
- 2つの格子をわずかにずらして重ねたときに現れる長周期の模様。
- 注7 平坦バンド:
- エネルギーが運動量によってあまり変わらないバンド。狭いエネルギーに電子が集まり、相互作用の影響が強まりやすい。
- 注8 キャリア密度:
- 物質の内部で電気を流す役割を持つ電子の、単位面積や単位体積あたりの数のこと。キャリア密度が変わることで捻れ2層グラフェンの電気的な性質が大きく変化するため、この密度をいかに精密に制御するかが重要な課題となる。
- 注9 放射光:
- 円形の加速器内を周回運動する数GeV(ギガ電子ボルト)の高いエネルギーを持つ電子が、磁場によって軌道を曲げられたときに発生する指向性の高い電磁波。
- 注10 角度分解光電子分光(ARPES):
- 結晶の表面に紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定することで、物質中での電子の状態を観測する実験手法。
- 注11 走査トンネル顕微鏡(STM):
- 試料と探針の間に流れるトンネル電流を利用して物質表面を原子レベルで観察し、局所的な電子状態を測定する手法。
- 注12 干渉パターン:
- 表面などで電子が欠陥や不純物に散乱されることで生じる電子状態の”波”の干渉模様。STMの分光データをフーリエ変換して解析することで電子の運動量空間の情報や対称性の変化を調べることができる。
- 注13 RT3X2物質群:
- R(希土類)、T(遷移金属)、X(B/Si/Ga)からなる化合物群。元素の選択によって超伝導や磁性を発現させることができる。
【論文情報】
タイトル:Realization of strongly correlated 2D honeycomb boron
著者:Takemi Kato*, Tomonori Nakamura, Kosuke Nakayama*, Takumi Osumi, Seigo Souma, Asuka Honma, Alexandre Antezak, Pedro Rezende Gonçalves, Kiyohisa Tanaka, Miho Kitamura, Kenichi Ozawa, Koji Horiba, Hiroshi Kumigashira, Takashi Takahashi, Franck Fortuna, Andrés Felipe Santander-Syro, Rikio Settai, Yoshichika Onuki, Yoshinori Okada*, and Takafumi Sato*
*責任著者:東北大学材料科学高等研究所 日本学術振興会特別研究員 加藤剛臣(現 沖縄科学技術大学院大学 日本学術振興会特別研究員)
東北大学大学院理学研究科 助教 中山耕輔
沖縄科学技術大学院大学 准教授 岡田佳憲
東北大学材料科学高等研究所 教授 佐藤宇史
掲載誌:Science Advances
DOI:https://doi.org/10.1126/sciadv.aee3116
