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~独自のPET技術でタウ病変を可視化、精神症の早期診断、治療薬開発への応用に期待~

プレスリリース

中高年発症の幻覚・妄想に認知症の原因タンパク質の関与を実証
~独自のPET技術でタウ病変を可視化、精神症の早期診断、治療薬開発への応用に期待~

掲載日:2026年8月3日更新
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QST横ロゴ京大ロゴ慶応ロゴ科学大ロゴ2026年8月3日
国立研究開発法人​量子科学技術研究開発機構(QST)
国立大学法人京都大学
学校法人慶応義塾大学
国立大学法人東京科学大学


 

ポイント

  • 40歳以降に初めて幻覚や妄想などの精神症状を呈する「中高年発症の精神症」は、疫学研究や死後脳を用いた研究から、その背景に認知症と共通した神経変性がみられる可能性が指摘されていたものの、それを示した研究はほとんどありませんでした。

  • 本研究では、中高年発症の精神症患者に認知症の原因物質の一つとして知られるタウタンパク質の病変が多様なパターンで蓄積することを、独自のPET技術により世界で初めて生体脳で可視化し、明らかにしました。

  • 本成果は、中高年発症の精神症が認知症の前駆症状である可能性を示すとともに、認知症と共通する病変の検出により、早期診断・介入の実現や、各患者の病態に基づく根本的な治療薬の開発が進展することが期待されます。

概要

量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)、慶應義塾大学、京都大学、東京科学大学の研究グループは、国立病院機構 下総精神医療センター等と共に、中高年に発症した精神症の方(患者)の脳内にタウタンパク質(以下、タウ)の病変が多様なパターンで蓄積し、その発症に関連している可能性を明らかにしました(研究体制については資料末尾に記載)。

幻覚や妄想等の精神症状は、統合失調症などの病気でみられます。それらは典型的には思春期や青年期に起こりますが、中高年期に初めて発症するケースも少なくありません。こうした方々は必ずしも受診につながらないことも多く、実際に治療を受けているのは4分の1程度に過ぎないとの報告もあります。地域社会に未診断・未治療のまま生活している方々も少なくないと考えられています。中高年期に生じる幻覚や妄想は、本人や家族・介護者への影響が大きく、高齢化が進む社会において深刻な問題となっています。中高年期に初めて幻覚や妄想等を呈する精神症(統合失調症や妄想症を含む)は、若年発症例とは症状の現れ方が大きく異なり、過去の疫学研究や死後脳を用いた研究から認知症の前段階である可能性が指摘されていました。しかし、これまで生体内でその原因となる異常タンパク質の蓄積を証明した研究は極めて限定的でした。これは、異常タンパク質を正確に定量・可視化する技術が限られていたためです。

本研究では、この課題を克服するため、 QSTが開発した様々な認知症や関連疾患におけるタウ病変を感度良く捉えることができるPET薬剤florzolotau (18F)を用い、40歳以降に発症した精神症の患者37名を対象に検査を実施しました。その結果、タウ病変が認められたのが、健常対照者では約15%にとどまったのに対し、患者では約65%にのぼりました。また、タウ病変が認められた患者の中には、アミロイドβの蓄積が認められる方(アルツハイマー病型)と認められない方(非アルツハイマー病型)がほぼ半数ずつみられました。このことは、精神症の背景にアルツハイマー病型・非アルツハイマー病型を含む多様なタウ病変を原因とする神経変性疾患が潜んでいる可能性を示すものです。また、アミロイドβの蓄積が認められた例では、タウ病変が多いほど実行機能(計画性や注意力の制御)が低下していることも確認され、タウ病変が実際の認知機能と関連していることも示されました。以上の結果は、中高年発症の精神症の背景に認知症と共通した多様な神経変性が存在することを世界で初めて生体脳で実証したものであり、精神症が認知症の前駆症状である可能性を裏付ける重要な知見です。

アルツハイマー病においては、脳内のアミロイドβやタウ病変の評価による診断や治療への応用が進んでいるのに対し、幻覚や妄想を主症状とする精神症においては、客観的な診断や治療の選択肢は限られていました。本研究成果は、これまで原因不明の精神疾患として扱われてきた精神症の中に、認知症と共通した様々な異常タンパク質病変を有するケースが一定数存在する可能性を示しています。今後は、PET検査を用いた客観的な神経変性の評価に基づき、早期診断・早期介入の実現や、各患者の病態に基づいた根本的な治療薬の開発が進展することが期待されます。

本研究の成果は精神疾患分野において極めて注目度が高い国際的な学術誌の一つである『Molecular Psychiatry』のオンライン版に、2026年8月3日(月)9:00(日本時間)に掲載されました。

研究体制

本研究は、QST、慶應義塾大学、京都大学、東京科学大学を始めとする研究グループにより実施されました。主な研究者は以下のとおりです。

・久保田 学(研究実施当時:QST 博士研究員及び研究員、
 現在:京都大学大学院医学研究科 脳病態生理学講座 精神医学 講師)

・高畑 圭輔(QST 主任研究員)

・黒瀬 心 (研究実施当時:慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 助教
 現在:慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 共同研究員)

・村井 俊哉(京都大学大学院医学研究科 脳病態生理学講座 精神医学 教授)

・内田 裕之(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室 教授)

・高橋 英彦(東京科学大学 医歯学総合研究科 精神行動医科学分野 教授)

研究開発の背景と目的

​ 現在の日本の高齢社会において、精神的な不調を経験する中高年の方の割合は年々増えています。その不調には、不安や不眠、気分の落ち込みなど、さまざまな症状が含まれます。中でも幻覚や妄想は対応や治療が難しく、地域社会にも大きな影響を与えます。本人の苦痛だけでなく、家族や介護者の心理的・経済的な負担も深刻です。

 幻覚・妄想を伴う主な疾患には統合失調症や妄想症があり、総称して「精神症」と呼ばれます。中高年に初めて発症する精神症は、若年に発症するものとは異なる特徴を持ちます。近年の疫学研究や死後脳を用いた研究などから、その背景に認知症と共通の神経変性がある可能性が指摘されていました。

 認知症の中で最も多いアルツハイマー病では、アミロイドβとタウの両方が脳内に蓄積し、神経変性を引き起こすと考えられています。アミロイドPET陽性はアミロイドβの蓄積を示し、アルツハイマー病の病態が背景にあることを示唆します。一方、他の種類の認知症ではアミロイドβの蓄積はみられず、タウやその他の異常タンパク質が関与します。しかし、実際の精神症患者の脳において、これら異常タンパク質の蓄積を示した研究はほとんどありませんでした。これは、異常タンパク質を定量する技術が限られていたことによります。とりわけ、タウにはさまざまな種類があり、それらを正確に測定することは困難でした。

 近年QSTが開発したタウPET薬剤「florzolotau (18F)」は、多様なタウ病変を可視化することができます。患者さんの脳内の異常タンパク質の種類や特徴が明らかになれば、それを標的とした新規治療開発につなげることができます。

 このような背景を踏まえ、本研究では、中高年発症の精神症患者を対象に、アミロイドPETおよびflorzolotau (18F)によるタウPETの検査を実施しました。そして患者における各タンパク質の蓄積頻度や、脳内におけるタウの分布特徴について解析しました。

研究の手法と成果

 本研究では、40歳以降に発症した(中高年発症の)精神症患者37名と、健常高齢者47名を対象としました。アミロイド・タウPET検査を行い、各タンパク質の蓄積の有無を判定しました。さらに、多様なタウ病変の特徴や、臨床症状・認知機能との関連性について解析を行いました。

 解析の結果、健常群のアミロイドPET陽性率は2%、タウPET陽性率は15%でした。一方で、患者群はアミロイドPET陽性率35%、タウPET陽性率65%と、いずれも極めて高率でした(図1)。

タウPETとアミロイドPETそれぞれの陽性の割合
図1. タウPETとアミロイドPETそれぞれの陽性の割合​
ピンクはタウPET陽性となった例、紫はアミロイドPET陽性となった例、灰色はそれぞれの検査で陰性となった例を表しています。精神症患者でアミロイドPET陽性となった13名のうち12名はタウPETも陽性であり、健常群でアミロイドPET陽性となった1名はタウPETも陽性でした。

 統計解析では、患者群ではいずれの陽性率も健常群と比較して有意に高く、タウPET陽性頻度は、健常群の約4.4倍に達していました。この結果は、疾患の背景にアルツハイマー病型および非アルツハイマー病型を含む多様な神経変性が存在することを示唆します。

 次に、患者ごとのタウ蓄積の特徴を個別に調べたところ、多様な蓄積パターンが明らかになりました(図2)。アミロイドPET陽性の患者群では、アルツハイマー病のサブタイプに準じた蓄積部位や量の違いが見られました。一方、アミロイドPET陰性(非アルツハイマー病型)の患者群では、タウの蓄積領域や量の多様性がさらに顕著でした。

中高年の精神症患者にみられるさまざまなタウ蓄積のパターン
​図2.中高年の精神症患者にみられるさまざまなタウ蓄積のパターン
患者における代表的なflorzolotau (18F)タウPET画像です。症例1はアミロイドPET陽性例(アルツハイマー病型)、症例2〜4はアミロイドPET陰性例(非アルツハイマー病型)です。⾊のついた部位がタウ蓄積を示し、スケールバーの通り「青(少ない)から赤(多い)」を表しています。⽩⽮印は病的な集積、オレンジ⾊⽮印は健常者にもみられる⽣理的な集積を表しています。患者により、頭頂葉(症例1)、後頭葉(症例2)、脳幹(症例3)、脳幹および中心前回(症例4)とさまざまな領域にタウ蓄積が観察されました。このように、患者ごとに異なる多様なパターンのタウ蓄積が存在することが明らかになりました。​

 さらに、患者群全体におけるタウの領域別蓄積について、健常群との比較検証を行いました。図3の通り、全参加者での比較では、頭頂葉におけるタウ蓄積が健常群よりも有意に多いことが分かりました。一方、アミロイドPET陰性例(非アルツハイマー病型)に限ると、頭頂葉と後頭葉で健常群よりも有意に多い蓄積を認めました。これらの脳の後方領域へのタウ蓄積が、注意・判断・問題解決などの高次認知機能に影響を与え、精神症の発症に関与している可能性が考えられます。

脳の領域ごとのタウ蓄積量の比較
​図3,脳の領域ごとのタウ蓄積量の比較
(左は全参加者、右はアミロイドPET陰性例のみでの比較)​

 また、脳内のタウ蓄積量が、患者の臨床症状や認知機能と関連しているかを解析しました。精神症では、幻覚や妄想だけでなく、認知機能や遂行機能の低下の症状も生じることがあります。その結果、図4に示すように、アミロイドPET陽性例ではタウ蓄積量が多いほど、計画性や注意力を司る遂行機能(FABスコア)が低下していました。このことは、精神症の臨床的特徴の一部がタウ蓄積の量で説明できる可能性を示唆しています。

アミロイド陽性の患者における頭頂葉のタウ蓄積量と遂行機能の関連性
図4.アミロイド陽性の患者における頭頂葉のタウ蓄積量と遂行機能の関連性

今後の展開

 近年、アルツハイマー型認知症ではアミロイドを除去する根本的な治療法が開発され、タウを標的とした治療研究も進んでいます。一方、幻覚や妄想を引き起こす精神症は原因がわからず、根本的な治療法が存在しませんでした。本研究は、中高年発症の精神症が、アルツハイマー病や非アルツハイマー病を含む多様な認知症の前駆状態である可能性を示しました。本成果により、精神症において、PETを用いた客観的な病態評価に基づく、早期の適切な診断や介入が可能となります。さらに今後は、個々の患者が持つタウ病理などの背景に合わせた、根本的な治療薬の開発が期待されます。

謝辞

 本研究は、科学技術振興機構(JST) ムーンショット型研究開発事業「臓器連関の包括的理解に基づく認知症関連疾患の克服に向けて」(JPMJMS2024))、⽇本医療研究開発機構(AMED)脳神経科学統合プログラム(中核拠点)「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明」(JP24wm0625001)、 脳神経科学統合プログラム(個別重点研究課題)「AMPA受容体PETイメージングに基づいた認知症病態回路の解明」(JP24wm0625304)、ムーンショット型研究開発事業「グリア病態からセノインフラメーションへ発展する概念に基づく認知症発症機序の早期検出と制御」(JP24zf0127012)、日本学術振興会(JSPS)(22H02998, 19H03583, 24K02379, 24K02374)の助成を一部受けています。

用語解説

1)中高年発症の精神症
精神症は、幻覚や妄想を特徴とし、統合失調症や妄想症などが含まれます。このなかで、若年で発症するものと中高年で発症するものとは臨床的な特徴が異なることが知られています。
今回の対象疾患である「psychosis」は、もともと「精神病」と訳されていましたが、近年「精神症」という訳語が学術的に定着しつつあり、2026年1月の総務省の告示(ICD-11)においても正式な日本語訳として定められました。
2)タウタンパク質
神経系細胞の骨格を形成する微小管に結合するタンパク質で、細胞内の骨格形成や物質輸送に関与しています。アルツハイマー型認知症をはじめとするさまざまな精神神経疾患において、タウが異常にリン酸化して脳内に蓄積することが知られています。
3)PET
陽電子放出断層撮像(positron emission tomography)の略称。身体の中の生体分子の動きを外から見ることができる技術の一種です。特定の放射性同位元素を結合したPET薬剤を患者に投与し、PET薬剤より放射される陽電子に起因するガンマ線を検出することによって、体内の生体分子の局在や量などを測定できます。本研究で使用したPET薬剤florzolotau (18F)(別名18F-florzolotau、18F-PM-PBB3)は、タウ病変に対する結合の選択性が高いため、これを投与して撮像することで多様なタウ病変を可視化できます。
4) アミロイドPET
アルツハイマー病の代表的な原因タンパク質としてアミロイドβとタウが知られています。このうちアミロイドβを可視化する検査方法がアミロイドPETです。本研究では、国内外でよく用いられているPET薬剤11C-PiBを用いて、脳内のアミロイドβの蓄積量を調べています。

【掲載論文】

タイトル:High prevalence of tau pathologies in late-onset psychosis: A PET study

著者:Manabu Kubota1,2,10,*, Shin Kurose1,3,10, Kenji Tagai1,4, Yuki Momota1, Masanori Ichihashi1,5, Hironobu Endo1, Chie Seki1, Sho Moriguchi1,3, Yasuharu Yamamoto1,3, Yuko Kataoka1, Ryoji Goto1, Takehiro Tamura5, Hiroki Shiwaku5, Kiwamu Matsuoka1,6, Hisaomi Suzuki1,7, Mitsumoto Onaya7, Takahiko Tokuda1, Hiroyuki Uchida3, Hidehiko Takahashi5, Kazunori Kawamura8, Ming-Rong Zhang8, Makoto Higuchi1,9, Keisuke Takahata1,3

* Correspondence

著者所属:

1    Advanced Neuroimaging Center, Institute for Quantum Medical Science, National Institutes for Quantum Science and Technology, 4-9-1 Anagawa, Inage, Chiba, Chiba 263-8555, Japan

2    Department of Psychiatry, Kyoto University Graduate School of Medicine, 54 Shogoin Kawahara-cho, Sakyo-ku Kyoto 606-8507, Japan

3    Department of Neuropsychiatry, Keio University School of Medicine, 35 Shinanomachi, Shinjuku, Tokyo 160-8582, Japan

4    Department of Psychiatry, Jikei University Graduate School of Medicine, Tokyo 105-8461, Japan

5    Department of Psychiatry and Behavioral Sciences, Institute of Science Tokyo, 1-5-45 Yushima, Bunkyo-ku, Tokyo, 113-8519, Japan

6    Department of Psychiatry, Nara Medical University, Nara 634-8521, Japan

7    Department of Psychiatry, National Hospital Organization Shimofusa Psychiatric Center, Chiba 266-0007, Japan

8    Department of Advanced Nuclear Medicine Sciences, Institute for Quantum Medical Science, Quantum Life and Medical Science Directorate, National Institutes for Quantum Science and Technology, 4-9-1 Anagawa, Inage, Chiba, Chiba 263-8555, Japan

9    Neuroetiology and Diagnostic Science, Osaka Metropolitan University Graduate School of Medicine, 1-4-3 Asahi-machi, Abeno-ku, Osaka 545-8585, Japan

10   These authors contributed equally to this work.

雑誌名:Molecular Psychiatry

DOI:https://doi.org/10.1038/s41380-026-03749-3​