
2026年10月14日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)
国立大学法人北海道大学
ポイント
- 眼と脳を結ぶ水の連絡は、脳や眼の老廃物の除去、眼の圧力の調整などの働きを担うと考えられていますが、その動きを正確に測定して追跡する技術はありませんでした。
- 安定同位体の酸素17(17O)1)からなる水(H217O)を点眼しながらMRIを撮像し、眼から脳にわたる領域でのH₂17Oの存在を示す17O信号の変化を確認することに初めて成功しました。
- 眼を満たす水の排出や循環が悪くなる緑内障や、水を介した脳内の老廃物の排出機能の低下との関連が示唆される頭部外傷や認知症の病態解明や新しい診断法への応用が期待されます。
概要
量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)量子医科学研究所分子イメージング診断治療研究部の宮田真里主任研究員、小畠隆行シニアスタッフらは、北海道大学(総長 寳金清博)大学院医学研究院放射線科学分野 画像診断学教室 工藤與亮教授、亀田浩之講師らとの共同研究で、ヒトにおいて、点眼した水の動きを17O-MRIで初めて追跡しました。
近年、グリンパティックシステム2)に代表される脳内の水の循環が、脳の老廃物を排泄する機序であるという仮説が注目されています。さらに最新の研究では、眼から脳へと直接水や代謝物が移行する経路(眼-脳経路)が存在し、網膜や視神経の老廃物を脳方向へと排出する構造もあることが示されてきました。
こうしたことから、眼と脳を結ぶ水の連絡は、眼の病気だけでなく、睡眠障害による脳内水循環の停滞や認知症発症リスクとの関連が指摘されています。また、宇宙ステーションなどの微小重力状態での長期滞在により宇宙飛行士に生じる眼球の変形や視力障害に深く関与していることが示唆されています。このように、眼と脳の水の連絡に多くの注目が集まる一方で、水の動きを追跡することはとても難しく、生体応用可能な水の追跡技術開発が求められていました。
通常のMRIは生体内の水(H2O)に含まれる水素(H)からの信号を捉えて画像化するものです。研究チームは、生体内にある水(H2O)と区別して水の動きを追跡できる物質として、安定同位体の酸素17(17O)からなる水トレーサー(H217O)を用い、17Oからの信号をMRIで捉えて画像化する技術を開発しました。安定同位体は放射線を出さないため無被ばくでの検査が可能です。この技術を用いて、H217Oを点眼しながらMRI撮影を行うことにより、眼領域のみでなく、眼窩内から頭蓋底・脳領域においても信号変化を捉えることに成功しました(図1)。

図1.H217Oを捉えたMRI画像
この成果は、17O-MRIによる生体内の水追跡が可能であることを示すだけでなく、眼と脳の水がどのように連絡しているかを解き明かす有用なツールとなる可能性を示しています。また、緑内障のように、目の中を満たす水(眼房水)の排出や循環が悪くなる病気や、頭部外傷や認知症のような脳内水クリアランスの異常が関与すると指摘されている疾患の病態解明や治療効果評価への応用が期待されます。 さらには、将来的な点眼による脳疾患治療薬デリバリー技術の開発に向けた基盤的知見となる可能性があります。本成果は、基礎から臨床まで最新のMRI研究が数多く発表される日本磁気共鳴医学会(会員数約4,000名)第54回大会で2026年10月17日に発表します。
研究開発の背景と目的
近年、脳内の水循環や老廃物排出機構への関心が高まっています。脳にはグリンパティックシステムと呼ばれるリンパ系に似た経路があり、脳の健康維持に重要と考えられています。また、眼と脳の間でも水や代謝物が移動することが報告されています。この仕組みは、網膜や視神経の保護や恒常性の維持に関わる可能性があり、この機能が損なわれることが緑内障、認知症、睡眠障害などの発症に関連する可能性も注目されています。
これまで眼と脳の間の水の移動に関する研究は、蛍光色素など厳密には水とは異なる物質を用いたものがほとんどで、実際に水の動きをヒトMRIで可視化した研究はありません。また、水の移動にはアクアポリン3)と呼ばれる水チャネルなどが関与しているといわれていますが、ヒトで水そのものの動きを長い時間追跡することは困難でした(図2)。

図2.諸説ある水の経路
眼と脳との間の水の連絡は関心の高い領域だが、生体で水の動きを画像化した例はない。
そのため、安全に水の移動を生体で可視化できる新しい技術が求められていました。本研究では、安定同位体である酸素17(17O)を含む水を利用し、MRIで眼から脳へ水が移動する様子を可視化する技術を開発し、生体での水の動きの画像化を試みました。
研究の手法と成果
17OはMRIで検出可能な特殊な酸素の安定同位体です(図3)。研究チームは、17O専用の送受信コイルを独自に開発し、さらに信号取得法を工夫して生体で十分な画像信号を得ることに成功しました。

図1.磁石の性質を持つ17Oを利用した水の追跡
生体内に分布する水も含め、通常は16O(陽子8個+中性子8個)で磁石の性質を持たないが、17O(陽子8個+中性子9個)に代えると磁石の性質を持ち、MRIで検出可能になります。
本研究では、被検者にH₂17Oを継続的に点眼しながらMRIで撮影しました。その結果、H₂17Oの存在を示す17O-MRI信号変化が眼窩から頭蓋底、頭蓋内の脳と一致する領域まで到達することを確認できました(図4)。この結果は、ヒトにおいて眼から頭蓋内に広がる水の移動をMRIで可視化した初めての成果です。

図4.H217Oを点眼しながら撮影したMRI画像
下の図は、上図(右)の点線における断面。
今後の展開
本技術は、眼と脳をつなぐ水循環機構の理解に役立つことが期待されます。特に、正常眼圧緑内障の病態解明への応用が期待されます。将来的には、房水や視神経周囲の水動態を評価する新しい診断法につながる可能性があります。
また、頭部外傷による脳内の水による老廃物排出への影響や、認知症における異常なタンパク質の蓄積との関係が注目されるグリンパティックシステムにおいて、病態解明や治療効果の評価への応用が期待されます。さらに、グリンパティックシステムの水輸送において重要な構成要素であるアクアポリン4の機能解明にも貢献すると考えられます。
本研究は、点眼という簡便かつ低侵襲な投与法を用いて脳へ薬剤を届ける新たな治療技術の開発に向けた重要な基盤となる可能性があり、将来的には脳疾患治療への応用も期待されます。
謝辞
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的医療技術研究開発推進事業(産学官共同型)AIMGAINアカデミアタイプ「安定同位体と多核種MRIによる分子イメージング基盤の創出」(JP25zf0227005)の支援を一部受けて実施されました。また、研究契約を締結しているシーメンスヘルスケア株式会社の協力を得ています。なお、官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM, 内閣府)により導入された多核種対応MRIを用いて実施されました。
用語解説
- 1)酸素17(17O)
- 酸素17は、通常の酸素より中性子が一つ多い安定同位体で、磁石の性質を持つためMRIで検出することができます。通常のMRIは体内にもともと多くある水の水素(H)を画像化するので、水の追跡が得意ではありません。一方、酸素17を含む水(H₂17O)は自然界にはほとんど存在しないため(16Oを含む水に対する存在比は約0.04%)、体内に入れた水の行き先をMRIで見分ける目印として使えます。本研究では、この性質を利用して、点眼した水が眼から視神経周囲や脳へ移動する様子を可視化しました。
- 2)グリンパティックシステム
- グリンパティックシステムとは、脳内の水の循環に関わる仕組みを指します。脳には通常のリンパ管が存在しないことから、脳内で水や老廃物がどのように移動するのかが研究されてきました。近年では、グリンパティックシステムだけでは捉えきれないさまざまな仮説も提唱されており、これらを含むより包括的な概念として「ニューロフルイド」という言葉が使われることもあります。こうした脳脊髄液をはじめとする脳内の水の動きと、睡眠、認知症、眼と脳のつながりなどとの関連が研究されています。
- 3)アクアポリン
- アクアポリンは、細胞膜に存在する「水の通り道(チャネル)」となるタンパク質です。細胞の内外で水を効率よく移動させる働きを担っており、体内の水分バランスの維持に重要な役割を果たしています。脳では、アストロサイトと呼ばれる細胞に多く存在するアクアポリン4(AQP4)が、脳脊髄液や脳内の水の流れを調節し、老廃物の排出に関わるグリンパティックシステムとの関連が注目されています。
