2026年10月30日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)
日本酸素株式会社
発表のポイント
- 脂質代謝異常に関わる重要な酵素であるパラオキソナーゼ(PON)1)の肝臓内での働きをそのまま体外から調べる技術が求められていました。
- 近年注目されている超偏極MRI技術2)をPONに適用するため専用の分子プローブを開発し、通常MRIの約23万倍の超高感度、かつ約20秒の短時間の画像スキャンでPON活性を非侵襲的に捉えることに成功しました。
- 脂肪肝や脂肪肝炎を起こしたモデルマウスで病状の進行に伴う肝臓内PONの働きが低下する様子を、本技術により画像化することに成功しました。
- この超偏極MRI技術は、脂肪肝などの生活習慣病の早期発見につながる新しい診断法として期待されます。
概要
量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)量子生命科学研究所量子生命スピングループの高草木洋一グループリーダーらと、日本酸素株式会社(社長 永田研二)イノベーションユニット SI事業部 SIイノベーションセンター SI開発課の池田明夏里(課長)、金子大智(兼 千葉大学大学院融合理工学府先進理化学専攻量子生命科学コース)らによる研究グループは、肝臓の酵素であるパラオキソナーゼ(PON)活性を生体内で直接検出する新しい超偏極MRI分子プローブの開発に成功しました。

図1.本研究で開発した超偏極MRI技術の概要
肝臓内で働く酵素PONの基質となる[1-13C]メバロノラクトンを体内へ投与し、超偏極MRIによってその変化を高感度に検出することで、生体内PON活性を非侵襲的に画像化する。
代謝機能異常関連脂肪性肝疾患(MASLD)3)は、成人の約3人に1人が持つ生活習慣病であり、近年では高度肥満だけではなく痩せ型脂肪肝も問題とされています。MASLDの一部では重症化し、脂肪肝炎(MASH)3)や肝線維化を経て、肝硬変や肝がんへと進行します。PONは、これらの脂質代謝異常に関わる重要な酵素ですが、生体環境の影響を強く受けるため、これまでの血液検査などの体外診断法では生体内での働きを正確に評価することができませんでした。超偏極MRIは、近年注目されている量子センシング技術であり、ある特定の物質(分子プローブと言います)に対するMRIの感度を一時的に数万倍以上に上昇させることにより、生体内で働いている酵素の活性を、生体を傷つけることなくそのまま体外から計測するものです。本研究では、超偏極MRI技術をPONへ適用し、その働きを体外から検出する分子プローブとして、PONの反応基質の一つであるメバロノラクトンを13C核で標識した[1-13C]メバロノラクトンを創製しました。この分子プローブを超偏極装置にて高感度化し、実験用マウスの尾静脈より速やかに投与したところ、感度の低い通常MRIでは検出困難な生体内PON活性を約23万倍の超高感度、かつ約20秒の短時間の画像スキャンで非侵襲的に捉えることに成功しました。さらにこの分子プローブをMASLDやMASHを誘発したモデルマウスに適用することで、病気の進行に伴うPON活性の低下を超高感度かつ短時間に可視化・定量化することを実現しました。この超偏極MRI技術は、今後、PON活性の関与する脂質代謝異常やその他の生活習慣病の早期発見につながる新しい診断法として、その社会実装が期待されます。
本研究は、英国王立化学会が刊行する専門誌 Sensors & Diagnostics において、10月13日に早期公開版がオンライン公開されており、正式版は11月12日にオンライン掲載される予定です。
研究開発の背景と目的
超偏極MRIは、13Cのような非放射性核種で標識した分子プローブの核磁気共鳴信号を飛躍的に増大することで、生体内における代謝反応を非侵襲的かつ高感度に可視化できる技術として注目されています。これまでに、ピルビン酸をはじめとする超偏極分子プローブを用いた生体内代謝反応の可視化が報告されていますが、本技術の応用範囲を広げるためには、生体内で検出可能な酵素反応の種類を拡張するための分子プローブ開発が重要とされています。
パラオキソナーゼ(PON)は、肝臓で主に産生される酵素であり、脂質代謝や酸化ストレス防御に重要な役割を担っています。また、PON活性は脂質代謝異常をはじめとするさまざまな疾患と関連することから、病態を評価するための診断マーカーとして注目されています。しかし、これまでのPON活性の評価法は患者血液などを用いた臨床検査に限られており、生体環境の影響を強く受けることから、体外診断法では生体内での働きを正確に評価することができませんでした。もし、生体内PON活性を非侵襲的に可視化することができれば、生体内PON活性を直接計測するための新しい画像診断マーカーとして、その応用が期待されていました。そこで本研究では、PONの反応基質であるラクトンに着目し、PONのラクトナーゼ活性を検出するための新しい超偏極分子プローブの開発と、生体内PON活性を非侵襲的に可視化することを目的としました。
研究の手法と成果
本研究では、PONの基質であるラクトンに着目しました。ラクトンは比較的長い高感度化寿命(T1)を有することから超偏極MRIに適した分子骨格の一つとして知られており、酵素による加水分解反応によって対応するカルボン酸の代謝物へ変換されます。本研究では、メバロノラクトン(MVL)とその代謝物であるメバロン酸(MVA)(図2)が、長い高感度化寿命を示すラクトン環とカルボキシメチレンユニット(2024.10.17プレスリリース参照)をそれぞれ分子構造に有するペアであることに着目し、新たな超偏極代謝分子プローブとしての設計を試みました。
まず、MVLを基本骨格として、これを13Cで標識した[1-13C]MVLを超偏極分子プローブとしてデザインし、将来的な実用化も見据えて簡便に導入可能な合成ルートを確立しました。続いて、デンマーク製の超偏極装置 SpinAligner(QST 量子生命科学研究所に設置された国内1号機)を用いて [1-13C]MVL の高感度化を試みた結果、一時的に約23万倍の高感度化信号と長い縦緩和時間 (T1 = 52.2± 0.2秒) を示しました。PONの加水分解反応によって生成した代謝物[1-13C]MVAも同様に長い縦緩和時間 (T1 = 43.4±4.5 秒)を示し、いずれも超偏極に相応しい優れた特性を有することを明らかにしました(図2)。
![[1-13C]MVL および[1-13C]MVAの超偏極特性](/uploaded/image/29660.png)
図2. [1-13C]MVL および[1-13C]MVAの超偏極特性
T1 :縦緩和時間、P :溶出後25秒での偏極率 (30% の偏極率は通常MRIと比較して約23万倍の信号増強に相当)
続いて、この分子プローブを超偏極装置にて高感度化し、麻酔下でMRI装置内へ保定した実験用マウスの尾静脈より速やかに投与して、生体内からの超偏極13C信号をリアルタイムに計測しました。約20秒の画像スキャンの結果、投与した超偏極[1-13C]MVLやその代謝物である[1-13C]MVAの13C信号がマウス胴体部分より検出され、肝血管や他の臓器と比較して、肝実質で高いMVA/MVL 比(PON活性)が可視化されました(図3)。
![超偏極 [1-13C]MVLを用いた生体内イメージング](/uploaded/image/29662.png)
図3.超偏極 [1-13C]MVLを用いた生体内イメージング
主要臓器を含むマウス胴体部分のMRI形態画像と、超偏極MRIによる[1-13C]MVLおよび[1-13C]MVA 分布、およびMVA/MVL 比(PON活性)の可視化
上側:冠状面、下側:横断面
さらに、コリンやアミノ酸を欠損させた特殊な餌(choline-deficient L-amino acid-defined high-fat diet;CDAHFD)を給餌させて誘発した、痩せ型の脂肪肝(MASLD)/脂肪肝炎(MASH)のモデルマウス(図4)に超偏極 [1-13C]MVLを投与して肝臓のPON活性を画像化した結果、通常の餌を給餌させたコントロール(健常マウス)と比較して、CDAHFD給餌群では週数が進むに連れPON活性が低下していくことを明らかにしました(図5)。これにより、[1-13C]MVL分子プローブを用いた超偏極MRI技術により、脂肪肝の病態進行に伴ってPONの働きが低下する様子を非侵襲的かつ超高感度に検出可能であることが示されました。

図4.CDAHFD 給餌モデルマウスにおけるMASLD/MASHの病理像
上側:脂肪肝(MASLD)/脂肪肝炎(MASH)モデルマウスにおける病理像。ヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色において、給餌開始後2週以降のマウス肝臓で顕著な脂肪滴蓄積が見られる(MASLD)。また、マッソントリクローム(MT)染色において、6週以降に、コラーゲンの発現(青紫; 肝線維化)が観察される(MASH)。
下側:健常マウスにおける病理像
![超偏極[1-13C]MVLを用いた脂肪肝(MASLD)/脂肪肝炎(MASH)モデルマウスの生体内PON活性のイメージング](/uploaded/image/29664.png)
図5.超偏極[1-13C]MVLを用いた脂肪肝(MASLD)/脂肪肝炎(MASH)モデルマウスの生体内PON活性のイメージング
上側:脂肪肝/脂肪肝炎モデルマウスならびに健常マウス(コントロール)の形態画像、および超偏極代謝イメージングによるMVA/MVL比(PON活性)の可視化下側:肝実質におけるMVA/MVL比(PON活性)の定量(n = 6, 平均値 ± 標準偏差)統計的有意差は、対のある両側スチューデントt検定(群内)もしくはウェルチt検定(群間)により評価した(*: p < 0.05, **: p < 0.01, ***: p < 0.005, *****: p < 0.0005)。線形混合効果モデル(LMM)により、疾患と時間の間に有意な交互作用が認められた(p = 0.003)。
今後の展開
本研究により、生体内におけるパラオキソナーゼ(PON)活性を非侵襲的に直接計測・画像化する超偏極MRIを世界で初めて実現しました。これにより、肝疾患やMASLD/MASHをはじめとする生活習慣病の早期発見や病態評価への応用が期待されます。また、本技術は、これまで評価が困難であった生体内酵素活性の可視化を可能とするものであり、本研究で示した分子プローブ設計戦略を発展させることで、多様な酵素活性を標的とした超偏極MRI分子プローブの開発へと展開し、新たな分子イメージング法および診断技術としての社会実装を目指します。
謝辞
本研究は、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期課題「先進的量子技術基盤の社会課題への応用促進」、JST創発的研究支援事業(研究代表者:高草木洋一、JPMJFR225G)、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(研究分担者:高草木洋一、JPMXS0120330644)、文部科学省 共同利用・共同研究システム形成事業~学際領域展開ハブ形成プログラム~(JPMXP1323015488、研究代表者:高草木洋一、プログラム No. spin26XQ014)の助成を一部受けています。
用語解説
- 1)パラオキソナーゼ(Paraoxonase; PON)
- 生体内に存在するラクトナーゼ活性を有する酵素です。PONファミリー(1〜3)のうち PON1は、主に肝臓で産生され、脂質代謝や酸化ストレス防御に関与する酵素と考えられています。
- 2)超偏極MRI技術
- 磁気共鳴イメージング(MRI)法の検出感度を劇的に向上させる量子センシング技術です。超核偏極技術の中で最も広く使われている動的核偏極法では、核磁気共鳴法の検出対象となる安定同位体で標識された分子と、偏極源となる安定ラジカル分子を混合させ、極低温・高磁場下にてマイクロ波を照射することで、核磁気共鳴法の検出感度を劇的に高感度化させる超偏極状態を作り出します。
- 3)代謝機能異常関連脂肪性肝疾患(MASLD)/脂肪肝炎(MASH)
- 肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧などの代謝異常を背景に、肝臓に脂肪が溜まった状態です(MASLD)。病態が進行すると脂質蓄積に加えて炎症や肝線維化が進展し、重症化します(MASH)。最終的には肝硬変や肝がんにつながる可能性があるため、早期の病態把握と治療介入に向けた研究開発が進められています。一方、現在の生体外マーカーを用いた臨床検査では、脂肪蓄積や炎症、線維化などの病態を十分に区別して評価することが難しく、肝臓の状態を非侵襲的に評価する新たな診断技術が求められています。
論文掲載
タイトル:A Hyperpolarized 13C MRI Molecular Probe for In Vivo Imaging of Paraoxonase Activity
著者:Daichi Kaneko1,2,4, Keita Saito1, Ayumi Koike1, Akari Ikeda4, Hitomi Shikano5, Shu Taira5, Jun Yokoyama4, Yoichi Takakusagi*1,2,3
著者所属:1. Quantum Hyperpolarized MRI Team, Quantum Life Spin Group, Institute for Quantum Life Science, National Institutes for Quantum Science and Technology (QST) 2. Department of Quantum Life Science, Graduate School of Science, Chiba University 3. Center of Quantum Life Science for Structural Therapeutics, Chiba University 4. Stable Isotope Div. Nippon Sanso Corporation 5. Faculty of Food and Agricultural Sciences, Fukushima University
雑誌名:Sensors & Diagnostics
DOI: https://doi.org/10.1039/D6SD00164E
