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千葉地区共通情報

高効率小型入射器開発プロジェクトを完了

掲載日:2018年12月26日更新
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放医研、高効率小型入射器開発プロジェクトを完了。世界で初めて
APF方式IH型ドリフトチューブ線形加速器のビーム加速試験に成功し
普及型重粒子線がん治療装置の基本技術を確立
全国展開に確かな道筋

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(米倉 義晴理事長)重粒子医科学センター・物理工学部の山田聰前部長及び岩田佳之研究員らの研究チームは、重粒子線がん治療装置(HIMAC)小型化のキーとなる高効率小型入射器の開発を進めていたが、この程、後段のAPF*1方式IH型DTL*2が完成し、高効率小型入射器のビーム加速総合試験に成功した。今回開発したAPF方式IH型DTLのビーム加速成功は世界初の快挙であり、これによって普及型重粒子線がん治療装置設計の基本技術が確立した。

高効率小型入射器は、2004年3月と2005年10月にそれぞれプレス発表した永久磁石型ECRイオン源*3、及び小型RFQ線形加速器*4と、新たに開発したAPF方式IH型DTLにより構成される。今回、世界初となるAPF方式IH型DTLのビーム加速成功により、入射器の大幅な小型化及び省電力化が実現された。この成果は普及型重粒子線がん治療装置の設計ならびに普及を大きく前進させるものである。更に、これまで実現が困難とされてきたAPF方式のビーム収束原理が実証されたことは、加速器科学の分野において大きな成果である。

本成果により、普及用小型化技術実証機としての群馬大学による小型重粒子線がん治療装置の要素技術が出揃い、建設本格化のための技術基盤が整ったことになる。放医研としてはこの成果を踏まえ、群馬大学と中長期的な協力枠組みを構築し、同装置の設置計画の円滑な推進のため技術的・人的側面からの支援を行っていく。

背景

放射線医学総合研究所が1994年から重粒子線がん治療装置:HIMAC(図1参照)を用いて実施してきたがん治療は、2006年2月末時点で2,629症例を数えている。2003年10月には、優れた臨床試験の成績をもとに高度先進医療に承認され、治療の全国的な普及が待ち望まれている。こうした中で、現在の重粒子線がん治療装置は極めて大型であり、同治療の普及を進めるにあたっては、装置自身の小型化とともに、施設の建設費や運転維持費の低コスト化が重要な課題となっている。放医研は、平成16年度から2ヶ年計画で重粒子線がん治療の更なる普及に向けた医療用重イオン加速器の小型化に関する研究、ならびに普及型重粒子線がん治療装置の全体設計を進めてきた。がん治療装置用加速器は入射器と主加速器に大別され、そのうち入射器はイオンを生成するイオン源と予備的な加速を行う線形加速器により構成されるが、現装置であるHIMACでは、線形加速器の全長が32mを超え、極めて大型である。入射器の全長は施設全体のサイズ並びに建設コストに大きく影響する。入射器の小型化に関する研究はがん治療装置施設全体の小型化、更には重粒子線がん治療の普及を図る上で大変重要な位置を占めることから、全体設計上の重点課題として取り組んできた。

新しく開発された高効率小型入射器は、32mを越す現装置の線形加速器を6mに小型化するばかりでなく、高価な装置である高周波増幅機器の削減や抜本的な省電力設計により、大幅なコスト削減を可能にした。

重粒子がん治療装置HIMACの概略図
(図1)重粒子がん治療装置HIMACの概略図

重粒子線がん治療では、重イオン加速器から得られる高エネルギー炭素ビームを患者体表面から照射することでがん治療を行っている。重イオン加速器に求められる性能は25cm以上の治療照射深度を確保するため、炭素イオンを光速の約7割まで加速する必要があるが、このような性能を有する重イオン加速器施設はHIMACをはじめとして極めて大型であり、建設には多額の費用を要するため、世界的に見ても数少ないのが現状である。医療用加速器として普及を図るには小型かつ低コストであることが要求されるが、従来の加速器分野における研究開発では高エネルギー化や大強度化に主眼が置かれており、今日まで加速器の小型化に着目した研究は殆どなされていなかった。

こうした中、放射線医学総合研究所では平成16年度から2カ年計画で重粒子線がん治療の更なる普及に向けて、小型の医療用重イオン加速器の全体設計を進めてきた。

高効率小型入射器の開発

現在、開発を進めている高効率小型入射器は小型Electron Cyclotron Resonance(ECR)イオン源とRadio Frequency Quadrupole(RFQ)線形加速器、Alternating-Phase-Focused Interdigital H-mode型ドリフトチューブ線形加速器(APF方式IH型DTL)により構成されている(図2参照)

高効率小型入射器の概略図
(図2)高効率小型入射器の概略図
小型ECRイオン源、RFQ線形加速器、APF方式IH型DTLにより構成されている。

まず、既に開発した小型ECRイオン源(2004年3月発表)は、必要な磁場を全て永久磁石で形成している点に大きな特徴がある。これにより従来のイオン源に組み込まれていた電磁石や大型電源が不要となり、大幅な小型化及び低コスト化が可能となった。また電磁石を用いたイオン源では、電磁石による発熱を抑えるための冷却水を循環させる冷却機構が必要だったが、永久磁石を用ることで冷却の必要がなく、取り扱いや保守性の点でも多くの利点を持っている。

次に、初段のRFQ線形加速器は全長2.5m、直径0.4mの共振器と高周波増幅器により構成される(図3参照)。RFQ線形加速器のビーム加速試験は既に終了し、2005年10月にプレス発表を行った。

小型RFQ線形加速器
(図3)小型RFQ線形加速器
共振器のサイズは全長2.5m、直径0.4mと大幅な小型化を実現した。

共振器長はHIMACで用いられているRFQ線形加速器と比較して約1/3と大幅に小型化が実現され、所要高周波電力も100kWと大幅な省電力設計となっている。ここでは共振器の周波数を200MHzとし、治療に必要な炭素イオンの加速に最適化したことで小型化及び省電力化を実現した。

後段のAPF方式IH型DTLは200MHzの周波数を持つIH型共振器を利用した線形加速器を採用した(図4参照)。IH型DTLの原理は1950年代に発明され、高効率な線形加速器として知られてきたが、IH型共振器内に発生する電圧分布が共振器全体の構造で決定されるため、従来用いられてきた二次元電磁場計算コード*5では計算できないことから、これまで殆ど実用化されていなかった。一方、近年の三次元電磁場計算コード*6の発展により、IH型共振器の電磁場分布が直接計算できるようになったことから共振器の設計が可能となった。

APF方式IH型ドリフトチューブ線形加速器
(図4)APF方式IH型ドリフトチューブ線形加速器
ビーム進行方向に対し下流側から見た写真。
共振器のサイズは全長3.5m、直径0.4mと大幅な小型化を実現した。

IH型共振器の内部にはリッジと呼ばれる板が上下にそれぞれ取り付けられている(図5参照)。2つのリッジにはドリフトチューブと呼ばれる電極が上下交互に取り付けられており、イオンはドリフトチューブの中心を通過する際、電極間に発生する電場により次々と加速される。

APF方式IH型DTLの内部写真
(図5)APF方式IH型DTLの内部写真
リッジと呼ばれる板にドリフトチューブ(電極)が交互に取り付けられている。
APF方式を採用しているため、共振器内部には四極電磁石などの収束要素が全くない。
ビームの加速及び収束はドリフトチューブ間に発生する電場のみにより行われる。

線形加速器では加速途中にビームを失わないよう、常にビームの収束を行う必要がある。従来の線形加速器では四極電磁石などの収束要素を共振器内部に組み込んで収束を行っていたが、今回開発しているIH型DTLではAlternating Phase Focusing(APF)方式を採用している。APF方式ではビーム収束及び加速の全てが高周波加速電場のみで行われるため、収束要素が全く不要となる。これにより装置自身の製作コストが削減できるばかりでなく、ビーム調整が非常に簡素化されるため、オペレーションコスト削減にも繋がる。

上記のような多くの魅力的特徴を持つAPF方式の原理は1950年代に提唱されたが、ビーム光学設計における同期位相の設計が困難であるため、今日まで実現が困難と考えられてきた。我々は同期位相を最適化し、APF方式とIH型共振器を組み合わせたAPF方式IH型DTLの開発を行い、そのビーム加速試験に世界で初めて成功した。これはAPF原理を初めて実証した快挙である。

今回開発に成功したIH型共振器は全長3.5m、直径0.4mとHIMACのアルバレ型DTL*7と比較して全長で約1/7、直径で1/5の大幅な小型化を実現した。また所要電力も350kW以下と省電力であるため、アルバレ型DTLに必要であった3台の1 MW(=1,000kW)級高周波増幅器が、最大出力500kWの高周波増幅器1台で済むこととなる。大電力の高周波増幅器及びそれに必要な電源等は高価であるため、建設コストの大幅な削減が可能となる。

これまでの成果と今後の計画

放医研では、普及型重粒子線がん治療装置で用いられる高効率小型入射器の製作が完了し、炭素ビームの加速試験に成功した(図6、図7参照)。加速された炭素イオン(12C4+)のエネルギーは核子あたり4 MeVである。試験の結果、期待するビーム強度やビーム品質が観測され、所期の結果を得ることができた。この成果は普及型がん治療装置の全体設計を大幅に前進させるものである。

更に今回、これまで実現化が困難とされていたAPF収束を用いた線形加速器のビーム加速に成功したことで、APF原理を世界で初めて実証した。この成果は今後の加速器科学分野におけるAPF方式線形加速器の発展に大きく貢献すると期待される。

加速試験風景
(図6)加速試験風景
右手前が小型ECRイオン源、左奥に見えるのが小型RFQ線形加速器とAPF方式IH型DTL。

高周波電力の波形 (上段) と加速された炭素ビームの波形
(図7)高周波電力の波形(上段)と加速された炭素ビームの波形
加速された炭素イオンのエネルギーは核子あたり4 MeV。

今回、開発した高効率小型線形加速器の全長は約6mであり、HIMACと比較して大幅な小型化が実現される(図8)。これにより重粒子線がん治療施設装置の小型化が可能となるため、施設全体の建設費を削減することができる。また2つの線形加速器は省電力設計であり、運転維持費を大幅に削減できる。更に、今回開発された高効率線形加速器は常時安定した性能を得ることができることから、医療用のみならず、物理研究のための高エネルギー重イオン加速器用入射器としても幅広い応用が期待される。

放医研では今回開発した高効率小型入射器を現在のHIMACの2番目の入射器として用い、放射性同位元素である11Cを加速し、線量分布を確認しながら治療を行うシステムを開発することを計画している。

HIMAC入射器と今回開発した高効率小型入射器のサイズ比
(図8)HIMAC入射器と今回開発した高効率小型入射器のサイズ比
HIMAC線形加速器の全長は32mを超えるのに対し、
小型線形加速器の全長は約6mと大幅な小型化を実現。

用語解説

(*1)APF(Alternating-Phase-Focusing)

APFとは共振器内に発生する高周波電場によりイオンの加速と収束を同時に行うという収束方式。これにより従来の線形加速器において、ビーム収束に必要であった四極電磁石等の収束要素が一切不要となる。

(*2)IH型DTL(Interdigital H-mode型Drift-Tube-Linac)

共振器内部の上下に据え付けられたリッジと呼ばれる板にドリフトチューブと呼ばれる中空の円筒形導体が上下交互に取り付けられている構造を持つ線形加速器。従来の線形加速器と比べ、小型かつ高効率(低消費電力)という特徴をもつ。

(*3)ECRイオン源

電子サイクロトロン共鳴(Electron Cyclotron Resonance)という現象を利用して得られた高速電子を強い磁場によって閉じ込め、その高速電子と中性原子の衝突により原子をイオン化する装置。

(*4)RFQ(Radio-Frequency-Quadrupole)線形加速器

RFQは共振器内にベインと呼ばれる4枚の電極が取り付けられている構造を持つ(図-1参照)。各ベインの先端にモジュレーションと呼ばれる波形形状の加工を行うことで、隣り合うベイン間に四重極の収束電場が形成され、その電場によりイオンの加速と収束が同時に行われる。

RFQ線形加速器。4枚のベインが共振器内部に取り付けられている
図-1 RFQ線形加速器。4枚のベインが共振器内部に取り付けられている

(*5)二次元電磁場計算コード

空間的に対称な問題(この場合、共振器)に対して、2次元的にマクスウェル方程式を数値計算し、電磁場分布を求める計算コード。アルバレ型DTLのような軸対称な共振器の電磁場計算に有効。

(*6)三次元電磁場計算コード

3次元的にマクスウェル方程式を直接数値計算し、電磁場分布を求める計算コード。IH型DTLのような対称性のない共振器についても電磁場分布を計算することができる。

(*7)アルバレ(Alvarez)型DTL(Drift-Tube-Linac)

1946年にAlvarezが開発した、共振器の中心軸状にドリフトチューブとよばれる中空の円筒形導体を並べた構造を持つ線形加速器(図-2参照)。共振器内に高周波電力を供給することで、隣接するドリフトチューブ間に高周波電場が発生する。イオンは高周波電場により次々と加速される。

HIMACのアルバレ型DTLの外観 (左) と内部 (右)
図-2 HIMACのアルバレ型DTLの外観(左)と内部(右)
共振器の直径は2m、全長は24mと大型である

本件の問い合わせ先

独立行政法人 放射線医学総合研究所 広報室
Tel:043-206-3026
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E-mail:info@nirs.go.jp