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量子生命・医学部門

IVR用頭頸部被ばく線量測定・記録システムを開発

掲載日:2018年12月26日更新
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放医研、IVR用頭頸部被ばく線量測定・記録システムを開発
IVRに関する副作用の発生要因の分析と
患者の被ばく線量の低減を目指し
臨床試験による実用化へ

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(千葉市稲毛区、理事長 米倉 義晴)重粒子医科学センター粒子線生物研究グループ・日本学術振興会特別研究員の盛武敬らは、株式会社千代田テクノル(東京都文京区、社長 細田 敏和)大洗研究所他の協力のもとに開発したIVR用頭頸部被ばく線量計を用いて、IVRに関する副作用データを解析する研究に着手した。

IVR(Interventional radiology)とは、X線透視画像を見ながら、穿刺針やカテーテルなどを治療部位に近づけて行う手術手技を指す。特に頭頸部においては、血管塞栓術や血管拡張術を行うことが殆どである。従来の外科的な治療法に比べて侵襲が少ないことから、近年広く普及するようになり、医学的に大きな成果を上げている。一方、こうした治療法の前提となっているX線透視の時間が長引くことに伴って、脱毛や潰瘍などの放射線障害に関する報告も多くなされている。

研究グループが開発したIVR用頭頸部被ばく線量計(特許申請中)は、皮膚に密着する素材に1cm角の線量計チップを50個以上取り付けたもので、照射を終えた線量計をそのまま千代田テクノルに返送すると、頭頸部各部の皮膚透過線量が、線量分布図としてカルテ保存用シートに印刷され、通知されるシステムである。患者の線量データはデータベース化されており、必要に応じて過去の積算線量分布図を表示し通知することも可能である。

盛武らは、虎の門病院(東京都港区、病院長 山口 徹)脳神経血管内治療科の松丸祐司医師らと共同でIVR用頭頸部被ばく線量計の研究開発を重ねてきたが、この程、実用化へ向けたステップとして、この線量計の改良試験と患者被ばく線量の測定から通知に至るまでのシステム全体の運用試験を行うと同時に、頭頸部IVRによる副作用データの収集を行う為に、虎の門病院における臨床試験の実施を申請した。

実際に照射された線量と発生する有害事象の関係を追跡調査し、IVRに関する副作用データを収集・解析することによって、具体的な被ばく低減方法を医療従事者向けに提言することを目的としている。

本研究の詳細は、今月開催された日本保健物理学会第40回研究発表会で発表された。

研究の背景

近年、IVRの普及に伴って、X線被ばくによると思われる脱毛や潰瘍などの皮膚障害に関する報告も増加している。特に心臓血管領域では1994年にアメリカ食品医薬局(Food and drug administration;FDA)で数十例以上の重篤な放射線障害の報告がなされ、さらに国際放射線防護委員会(ICRP)のpublication85*1(2000年)では「3Gy以上の被ばく(繰り返される場合は1Gy以上)が予測される場合はカルテに記録を保管する」ことが勧告された。このような被ばく低減への動きが日本でも広まりつつあるなか、不幸にもIVRでの皮膚潰瘍を来した患者らによる訴訟で、医師側の「説明義務違反」に対して損害賠償を言い渡される判決が下される事態が生じたが、未だに臨床の現場には被ばく線量の測定方法やその結果の解釈や記載方法に関する取り決めすらないのが現状である。

我が国における頭頸部領域のIVRは、心臓血管領域のIVR手技の進歩に相まって、本来は放射線の取り扱いを専門としない脳神経外科医らの手によって広く普及されてきた経緯があり、その放射線による副作用については、心臓血管領域で行われるIVRほど症例数が多くないこともあって、過去にわずかな報告しかされていない。また実際にIVRを行った後の患者に脱毛や皮膚紅斑が見られても、具体的な被ばく線量の数値が伴わないため、患者の被ばく防護にまで注意が払われることは少なかった。

こうした中で研究グループは、頭頸部のIVRに用いることができる独自の線量測定方法を考案し、2002年から2004年にかけて筑波大学附属病院における頭頸部IVR被ばくの実態調査を行ってきた。さらに株式会社千代田テクノル他の協力企業とともに、普及に向けたIVR用頭頸部被ばく線量計や、IVR施行患者の線量測定から結果の通知に至る一貫した被ばく線量評価システムの研究開発を重ねている。今回、更なるステップとして、これらの実用化へ向けた改良試験を行うと同時に、頭頸部IVRに伴う副作用データの収集を行う為に、虎の門病院での臨床研究を申請する。

IVR用頭頸部被ばく線量計の概要

今回開発したIVR用頭頸部被ばく線量計は、個人被ばく線量の測定に広く使われている蛍光ガラス線量計(PLD)*2をスポーツウエア用の伸縮性のある繊維で作った帽子型の装着具に50個以上配置した一体型の測定装置。(写真1参照)この装着具には、適度な伸縮性を持った素材を用いたことで頭頸部の皮膚線量を三次元的な相対位置(部位)を特定しながら計測することができる。

患者皮膚線量を計測する手法としては、これまで熱蛍光線量計(TLD)*3皮膚線量計(SDM)*4などの線量計を直に皮膚表面に置く方法や、面積線量計(DAP)*5を用いてX線照射装置から照射された線量を表示する方法などいくつかの手法が使われているが、臨床に用いる際には線量測定が治療行為の妨げにならないことが要求される。実際の臨床の現場では、毛髪の生えた複雑な曲面を持つ頭頸部に、数多くの線量計をIVR手術の邪魔にならないよう短時間で設置し、終了後も短時間で回収しなければならない。この作業は多大な労力を要し、研究のための限られた症例の線量測定が目的であったとしても、およそ現実的な測定方法ではなかった。頭頸部IVR施行患者に対しての被ばく線量調査が今までに行われてこなかったのは、この事が一因であろう。今回開発した線量測定装置は、頭頸部に密着する帽子に多くの線量計を設置した事でこうした課題を解決、現場の医師のみならず看護師や放射線技師等でも簡単に線量計を着脱することが可能になった。

この線量測定装置には線量測定のための素子として、TLDやPLDなどの小型線量計を設置することができる。TLDは素材としては本線量測定装置に設置するのに適したものであるが、線量データを一度しか読み出すことができないのが最大の欠点である。この読み取り作業にかかる危険を回避する為には、予備として各測定ポイントに2-3個の線量計を設置しなければならず、読み取り作業にかかるコストが飛躍的に膨らんでしまう恐れがある。その点何度でも線量の読み出しができるPLDはTLDに比べてより優れた線量計であり、我が国ですでに業務用個人線量計として広く流通しているPLDをこの帽子に組み込んだことで、データの信頼性と測定にかかるコストの低減を得ることができ、将来的な目的でもある数千~数万例の疫学調査への対応も可能となった。

SDMはリアルタイムに線量を表示することが出来るので医療用としては優れているが、ケーブルでつながれた線量計素子を50か所以上設置することは、形状的にもコストの面でも現実的ではない。しかし将来的にこれらの点が改良されれば、本線量計測定装置の線量計としては理想的なものとなり得る。

DAPは最近のX線透視装置にはすでに取り付けられていることが多く、最高皮膚透過線量の目安としては有用であるが、頭頸部IVRのように照射部位が絶えず変化する手技においては、線量分布を把握することは出来ず、また結果もICRPが勧告するような線量値(Gy)には直接換算することが出来ない。現状では副作用を低減するには十分な装置であるとは言えない。

今回開発された線量測定装置を用いることで得られる最大のメリットは、頭頸部に多数の線量計を再現性良く配置することが可能になったことであり、これによってX線照射部位とその推定線量の記録をカルテ(写真2参照)に体表面分布図として残すことが出来るようになった点にある。繰り返しIVRが行われる患者には、必要に応じて過去の積算皮膚線量分布を表示することも出来る。さらに、多くの症例の線量分布データを蓄積することで、術前に医師が被ばく線量とその分布を予測したり、患者に治療に伴うリスクとして説明したりする事も可能になる。

線量計装着写真
写真1 線量計装着写真
頭頸部に密着する帽子に多くの線量計を設置し、
X線照射部位とその推定線量の記録をカルテ(写真2)に体表面分布図として残すことができる。

IVR被ばく線量記載用カルテの画像1
IVR被ばく線量記載用カルテの画像2
写真2 VR被ばく線量記載用カルテ
繰り返しIVRが行われる患者には、
必要に応じて過去の積算皮膚線量を容易に表示することができる。

虎の門病院における臨床試験の目的

  1. 開発したIVR用頭頸部被ばく線量計を実際の患者に装着し、線量計設置部位や患者への装着方法などに不備が無いかを確認し必要な改良を施す。
  2. 線量計の準備から病院への発送、照射された線量計の回収、線量の読み取りとその報告といった、本測定-通知システムを実施する上での問題点を探りその改善を図る。
  3. 担当医師が線量測定結果を患者に説明することで医療の質を高める。特に今後予期され得る皮膚障害について、実際に取得された線量データをもとに、患者へ解りやすく説明を施す。(インフォームド・コンセント*6)またICRPで勧告する被ばく線量のカルテへの記載を本方法で実践し、その有用性について検討する。
  4. 本測定-通知システムが患者にとって有用な情報となり得たかを、患者に評価していただく。
  5. 頭頸部IVRによる被ばくの現状を認識することで、医療関係者らの被ばく防護意識を高める。
  6. 被ばく線量と発生する有害事象(脱毛・落屑・糜爛・潰瘍・白内障等の発生)の関係を追跡調査し、IVRによる副作用(リスク)発生要因を解析する。さらに具体的な被ばく低減方法を医療従事者向けに提言することを目標とする。

今後の展望

現在頭頸部IVR用としているシステムを、全身スーツタイプに拡大。特に長期的な被ばくの影響が懸念される小児用の計測システムを開発する。これらによってIVRやCT検査などによる医療被ばく全般のデータ収集をはかり、副作用発生要因分析の基礎となるデータベースを構築する。さらに患者に対しては、検査や治療に伴う放射線被ばくのリスクをわかりやすく説明するためのカルテ作りなど、インフォームド・コンセントのさらなる緻密化を図り、安心で安全な放射線医療の実現に向けて今後も研究を重ねる。近い将来これらの皮膚線量データが、血液検査や内服薬のデータと同じように、電子カルテの中に放射線被ばく歴として記録され、検査や治療の際に役立てられるようになることを期する。

用語解説

*1:publication85

国際放射線防護委員会(ICRP)が、西暦2000年に発表した放射線防護に関する勧告書。国連科学委員会(UNSCEAR)において取りまとめられた被ばくの実態等をもとに放射線防護の枠組みを構築するとともに、被ばくの管理のための限度を勧告している。

*2:蛍光ガラス線量計(Photoluminescence Dosimeter;PLD)

放射線を照射したガラスに紫外線を当てると蛍光を発する現象を利用した線量計。TLDと同様に感度が高く小型の個人線量計として用いられている。測定結果の読み取りに専用の装置と時間を要することはTLDの場合と同様であるが、TLDと比べて非常に安定であり、長期間にわたる測定が可能である。またTLDは一度しか読み取ることができないが、PLDは何度でも繰り返し読み取りが可能である。

*3:熱蛍光線量計(Thermoluminescence Dosimeter;TLD)

放射線を受けた結晶性物質を加熱したときに発する蛍光を利用した線量計。感度が高いので加工されて小型の個人線量計として用いられている。取り扱いが簡便で安価であるが、測定結果の読み取りには専用の装置と時間を要する。

*4:皮膚線量計(Skin Dose Monitor;SDM)

放射線を検出するセンサーを直接皮膚表面に貼り付けて測定する方法。センサーはケーブルで線量表示装置本体につながれており、皮膚の吸収線量を簡便にリアルタイムに測定することができる。あらかじめ、患者のX線が当たる部位が想定できない場合、線量は過小評価されてしまう。

*5:面積線量計(Dose Area Product;DAP)

X線透視装置の絞り前面に装着される線量計。リアルタイムに表示される線量の単位はGy・cm2であり、吸収線量を直接表示することはできないが、患者の被ばく線量の目安にすることができる。ヨーロッパの多くの国ではX線透視装置への取り付けが義務付けられている。

*6:インフォームド・コンセント

医師が自らの担当する患者に対して、治療に伴うリスクを含めた全ての情報を説明・公開し、患者の意志に基づく「同意」を得ること。

本件の問い合わせ先

独立行政法人 放射線医学総合研究所 広報室
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:info@nirs.go.jp