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診断と治療が同時に可能な世界初の開放型PET装置を開発

掲載日:2018年12月26日更新
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2008年2月7日

診断と治療が同時に可能な世界初の開放型PET装置を開発
PETの可能性を広げ、分子イメージング研究を推進

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴、以下、放医研)分子イメージング研究*1センター、先端生体計測研究グループの山谷 泰賀研究員らは、がんの早期診断などに有効なPET(陽電子放射断層撮像法)*2において、診断と治療を同時に行うことを可能にする世界初の開放型PET装置を開発しました。従来のPET装置は、検出感度を高めるために被験者を囲むように放射線検出器を配置していますが、一部でも検出器が欠損すると画像の劣化は避けられませんでした。その結果、患者ポートは長いトンネル状になり、これが患者の心理的ストレスを高めると共に診断中の患者のケアの障害にもなっていました。

今回、山谷らは最も画質の優れるPET装置中央部分が検出器で覆われていない世界初の開放型PET装置を開発しました。開放型PET装置では、体軸方向に検出器リングを2分割して離して配置しますが、検出器同士を結ぶ直線上の放射線を計測するというPETの原理によって、分割した検出器同士から開放空間の放射線を計測できます。PETの画像化理論に基づいて画像劣化が最小になるように検出器を除去している点がポイントで、シミュレーション及び基礎実験の結果、検出器を分割しても装置感度は低下せず、また放医研がこれまでに開発した「3次元放射線位置(DOI)検出器*3」と組み合わせると、分解能の劣化も抑えられることが明らかとなりました。

新開発の装置は、開放空間から照射治療が行えるため、これまでは不可能であった治療中のPET診断を可能にします。特に、粒子線がん治療装置と組み合わせると、ビームが照射された患者体内のがん標的近傍をPETで画像化して確認できることから、治療精度の向上に役立つものと考えられます。将来的には、画像化計算を高速化することで、診断・治療・確認をリアルタイムに行う未来型のがん治療も可能になると期待されます。また、本装置は、限られた数の検出器でも視野範囲を拡大できることから、全身を一度に診断できる高感度・低被ばくなPET装置を比較的低コストで実現できる可能性があり、医薬品の開発効率を高める方法として注目されているマイクロドージング試験*4の推進に役立つものと期待されます。さらに、近年普及が進んでいるPET/CT装置に今回の開発技術を応用すると、開放空間にX線CT装置など別の診断装置を設置できることから、従来のPET/CT装置では不可能であった同一部位からリアルタイムで高精度の情報を得ることが可能になります。

本成果は国際特許及び商標登録「OpenPET」を出願し、2月7日に英国物理学会発行のPhysics in Medicine and Biology誌に掲載されました。

研究の背景

がんや脳血管障害、認知症などの早期診断に有効と注目されているPET(陽電子放射断層撮像法)は、極微量の放射性元素で標識した特殊な薬剤を投与し、体内から放出される放射線を検出することで、糖代謝など代謝機能を画像化し、病気の有無や程度を調べる検査法です。PETは、がんなど病気の早期発見だけではなく、治療方針の選択や治療効果の確認にも有効ですが、その一方で、感度や解像度に課題が残され、各国で研究が続けられてきました。装置感度を高めるためには、図1(a)に示すように検出器をトンネル状に配置して、立体角を高める必要があり、長いトンネル状の患者ポートは検査中の患者の心理的ストレスを高めると共に患者へのケアの障害にもなっています。

従来のPET装置(左)と新たに開発した開放型OpenPET装置(右)
(図1)従来のPET装置(左)と新たに開発した開放型OpenPET装置(右)

開発技術の概要

山谷らは、図1(b)に示すように、体軸方向に2分割した検出器リングを離して配置し、物理的に開放された視野領域を有する世界初の開放型PET装置「OpenPET」を開発しました。従来は一部でも検出器が欠損していると画像が劣化しましたが、本装置では、最も画質の優れるPET装置の中央部分を覆う検出器を除去しても、画質への影響が最小になるように検出器を配置しました。即ち、PETでは同一検出器リング内および異なる検出器リング間で放射線を計測しますが、異なる検出器リング間での計測データは冗長であることに着眼し、残存する検出器リング間の計測データで欠損情報を補って画像化することにより、性能が低下しないようにしました(図2)

従来のPET検出器では、検出素子の厚みの影響によって斜め入射の放射線に対する分解能が劣化してしまうことが知られています。OpenPETでは、放医研が独自に開発した、薄い検出素子を多層に配置する3次元放射線位置(DOI)検出器を用いることにより高分解能が維持されます (図3)

開放型PET装置「OpenPET」の原理
(図2)開放型PET装置「OpenPET」の原理

DOI検出器との組み合わせによる効果
(図3)DOI検出器との組み合わせによる効果

従来検出器では検出素子の厚みによって分解能の劣化を招くが、DOI検出器を用いると高分解能が維持される

実験結果

(図4)に示すように、2台の商用のPET装置(検出器幅15cm)を離して配置し、相互の検出器リング間で放射線を計測できると仮定した計算機シミュレーションを行い、15cmの開放空間が生じても画像化できることを確認しました。開放空間は検出器幅に応じて拡大でき、さらに放医研を中心にして開発した次世代PET試作機「jPET(R)-D4」*5に適用し、OpenPETによって開放空間の画像化が可能であることを実証しました(図5)。具体的には、jPET-D4装置は5つの検出器リングから構成されますが、健常ボランティア実験の計測データから中央の1リング分に相当する部分を欠損させ、開放空間においても良好な画像を得ることに成功しました。

計算機シミュレーションの例
(図4)計算機シミュレーションの例

次世代PET装置jPET-D4」(左)を用いた開放型PET装置「OpenPET」の実験結果(右)
(図5)次世代PET装置jPET-D4」(左)を用いた開放型PET装置「OpenPET」の実験結果(右)

研究の効果と今後の見込み

検出器を分離した開放空間は、治療スペースやX線CT装置など別の診断装置の設置場所として活用でき、粒子線がん治療中の効果のモニタリングや病巣の大きさや位置などを検出できる新しいマルチモダリティ装置への応用が期待できます。

重粒子線や陽子線による粒子線治療は線量集中性が高いため、正常組織への線量を極力抑えて、がん病巣に絞り照射できる放射線治療方法です。照射は、患者のCT画像をもとに綿密に計算された治療計画に基づいて行われますが、実際の患者体内において、毎回の照射が計画通りの線量分布になっているかを、外部から経時的に確認するのはきわめて難しく、この手法は確立されていません。もし照射中に体内の標的が動いたり変形したりして、治療計画からずれてしまった場合には線量分布のズレは検出できません。この課題を解決するため、粒子線ビームの照射に応じて体内から発生する放射線をPET装置で計測し画像化することにより、体内の線量分布を外部からモニタリングする方法が研究されてきました。PET装置の要件としては、検出器がビーム経路と干渉しないこと、および発生する放射線が微量であるため高感度であることの2つがありますが、感度を高めるためには検出器を密に広く配置して立体角を増やす必要があるため、両者を両立することは困難でした。しかし、OpenPETでは、図6(a)に示すように、装置感度を低下させることなく、開放空間を利用してビーム経路を確保することができます。

一方、マルチモダリティ装置としてはPET/CT装置が普及しつつありますが、従来装置は、単にPET装置とX線CT装置を体軸方向に並べた構造であるため、PETの視野とX線CTの視野は数十cm離れており、同一部位を同時に撮影することができませんでした。これに対して、OpenPETを用いれば、図6(b)に示すように、開放空間にX線CT装置を組み合わせることによって、同一部位をリアルタイムに撮影する新しいPET/CT装置が実現できます。今後は、実用化に向けて開放型PET装置に適した検出器などの要素技術の開発を行うと共に、放医研の重粒子線がん治療装置「HIMAC」への適用を目指していきます。

期待されるOpenPETの応用
(図6)期待されるOpenPETの応用

用語解説

*1 分子イメージング研究

生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化することであり、生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。PETによるがん診断もその一分野として行っている。

*2 PET

陽電子放射断層撮像法(Positron Emission Tomography;PET)のこと。画像診断装置の一種。陽電子放出核種で標識した薬剤を体内に投与しPET装置で様々な病態や生体内物質の挙動を画像化する方法である。PET装置は投与した陽電子放出核種から発生する放射線を計測し、コンピューター処理によって計測データから元の薬剤の分布を計算する。

*3 3次元放射線位置(DOI)検出器

次世代のPETの技術開発において、放医研が世界に先駆けて開発した新規検出器であり、従来のPETでは両立出来なかった感度と解像度が飛躍的に向上する。例えば、本検出器を頭部用PET装置に実用化した場合は解像度が従来の5mmから3mmへと向上し、感度は従来の3倍に改善することが可能となり、検査時間も3分の1に短縮出来る見込みである。

*4 マイクロドージング試験


効率的な新医薬品開発を促進するために、開発の早期段階において、超微量の化合物を投与して、ヒトにおいて最適な薬物動態を示す開発候補の化合物を選択する方法。

*5 次世代PET試作機「jPET(R)-D4」

国際的な次世代PET開発競争下において、放医研が他機関・大学等と共同で世界に先駆けて開発した。高感度・高解像度を両立する「3次元放射線検出器」を実装したPET装置の試作を行い、高解像度PET撮像に成功したものである。

本件の問い合わせ先

独立行政法人 放射線医学総合研究所 企画部 報室
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:info@nirs.go.jp