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マイクロビーム細胞照射装置で世界トップ水準のビームサイズ (<5μm) の照射を実現

掲載日:2018年12月26日更新
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マイクロビーム細胞照射装置で
世界トップ水準のビームサイズ(<5μm)の照射を実現
-個々の細胞に起きている放射線影響研究の進展に期待-

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴、以下、放医研)基盤技術センター研究基盤技術部 今関等部長らの研究グループは、静電加速器からの陽子線をマイクロビーム細胞照射装置(SPICE*1)により、世界トップ水準のマイクロビームサイズ(大気中で5μm以下)で照射することに成功しました。(図1)

陽子のマイクロビーム照射試験
(図1)陽子のマイクロビーム照射試験
下段の数値単位はμmビームサイズ5μm以下を確認した

これまでの放射線による影響研究は、主として対象となる生物や多くの細胞に一様に放射線を当てることによって行われてきました。しかし一様照射では、全ての細胞に照射した粒子数がある一定の分布をもった平均値となるため、確率論的な影響の研究に留まっていました。

一方、放射線リスク評価の観点から、細胞間の影響伝達(バイスタンダー効果*2)や細胞内での放射線影響など個々の細胞に起きている現象を直接的に解明する手法が求められており、標的細胞の核を必要な数だけ正確にかつ迅速に照射することのできるマイクロビーム照射装置の実現が期待されていました。

今回のマイクロビーム細胞照射装置(SPICE)は、5μm以下の細さに絞ったマイクロビームを安定的に作り出して照射することを実現したもので、標的細胞の核に陽子を必要な数だけ狙い撃ちすることが可能となりました。

陽子線でマイクロビーム細胞照射を実現したのは日本初であり、この装置によって生物の寿命や発がんなどに関わる放射線の生物影響の直接的な解明研究が、大きく進展することが期待されます。

背景

放射線影響研究は、放射線や放射性物質によって、人や環境がどのような影響を受けるのかについて調べる研究であり、放医研の主要な研究テーマとして取組まれてきています。生物が環境中で受けている微量なレベルの放射線(低線量放射線)は、生物を構成している細胞全てにあたり、全細胞に損傷を与えるわけではありません。しかし、放射線影響研究では、放射線発生装置の限界から、対象となる生物や細胞に広範に放射線を当てざるを得ず、低線量放射線による発がんなどの影響がどのように発生するかについては、充分な機構解明ができていませんでした。

照射する放射線の細さが個々の細胞の大きさ以下であれば、多くの細胞の中から特定の細胞1個を選択して照射することができます。例えば、DNA損傷を受けた細胞が発がんにいたる前に修復されるのか、それとも排除されて影響が残らないのか、あるいは隣接する細胞に影響を与えるのか(バイスタンダー効果)など、様々な放射線発がんメカニズム解明に、威力を発揮できます。このような状況から、細胞一つ一つに狙いをつけて放射線を照射できる装置の開発が望まれていました。

システムの概要と性能

今回確立されたマイクロビーム細胞照射装置に用いられる加速器は、コッククロフト・ワルトン型静電加速器*3と呼ばれる加速器システムで、陽子(ヘリウムイオン)を1~3.4MeV(1.5~5.4MeV)のエネルギーまで加速できます。システムは、オランダのHigh Voltage Engineering Europe(HVEE)社製タンデム型静電加速器*4、ビーム輸送系及び放医研オリジナル設計のマイクロビーム細胞照射装置で構成されています。(図2)

マイクロビーム細胞照射システム構成図
(図2)マイクロビーム細胞照射システム構成図
概要:3.4MeV 陽子/Beam size:5μm/細胞核あたり1粒子から照射可能/最大1.0×105cells/hourを照射可能

主な仕様は、

  1. 垂直上向き・大気中照射
    • 細胞をシャーレ上に培養し、その状態のまま照射を行うことが可能
    • 細胞観察を自然な体勢で行うことが可能
  2. 収束型(三連四重極マグネット使用)マイクロビーム及び高速型ボイスコイルモータ駆動ステージ
    • 1細胞核当たり1粒子から照射可能
    • 1時間あたりの最大細胞照射数は、100,000個

これらの仕様により、本システムは、5μm以下に絞った陽子線を、標的細胞に1時間当たり100,000細胞という高い処理能力で照射が可能となりました。また、照射前後にオフラインの細胞観察系を持っていることも主な特徴として挙げられます。

マイクロビーム細胞照射装置に陽子線を使う理由は、世界的な粒子線生物影響研究において陽子線が標準的な粒子線であることに拠ります。なお、陽子線のマイクロビーム細胞照射装置は、我が国では初めてです。

今後の展開

放医研では、今回実現した世界トップ水準のマイクロビームサイズによる照射装置を、粒子線治療の基礎研究となる粒子線生物研究や放射線防護研究の幅広い分野で活用していきます。

また、同システムは世界に例を見ない実験施設であることから、放医研以外の研究機関から広く研究者の参画を求め、ラドン影響研究などの幅広い研究テーマへの活用を図っていきます。

用語解説

*1)SPICE

放医研で開発・導入された日本発のマイクロビーム細胞照射装置(Single Particle Irradiation for CELL)の略称。安定的なマイクロビームの供給のために、精緻化調整が行われていた。

*2)バイスタンダー効果

多くの細胞の中で、1個の細胞が損傷を受けると、隣り合った細胞もなんらかの影響を受けること。

*3)コッククロフト・ワルトン型静電加速器

1931年CockcroftとWalton両博士によって最初に作られた加速器。交流を整流した直流高電圧でイオンを加速する。整流回路を多段式にしているのが特徴。

*4)タンデム型静電加速器

タンデム型静電加速器は、通常の静電加速器が加速電圧を1回しか使えないのに対し、2回利用できる加速器である。通常、タンデム型静電加速器は、電圧発生部と粒子加速部が別々に接続されており、本システムで使用しているタンデム型静電加速器の外観は、アルファベットのTの形をしている。

本件の問い合わせ先

独立行政法人 放射線医学総合研究所 広報室
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:info@nirs.go.jp