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千葉地区共通情報

PETでタミフル(R)の体内動態を画像化する標識薬剤の合成に成功

掲載日:2018年12月26日更新
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PETでタミフルRの体内動態を画像化する標識薬剤の合成に成功
イメージング技術によるヒト生体での挙動解明に期待

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴、以下、放医研)分子イメージング研究センター 分子認識研究グループの張 明栄チームリーダーらは、この程、インフルエンザ薬タミフルR(オセルタミビル)の生体内動態をPET(陽電子断層撮像法)で画像化するための標識薬剤[11C]オセルタミビル*1、及び、その代謝産物*2標識薬剤[11C]Ro64-0802*3の合成に成功しました。

タミフルRの脳への作用解明については、国内外の多くの研究者が取り組んでいます。最近では、生後3~42日までのラットにタミフルRを投与したところ、生後6日までの幼いラットは、21日目以降の成体に比べ、脳内濃度が高まることなどが東京大学の杉山雄一教授、柴崎正勝教授によって報告されています。

こうした中、放医研は、タミフルRの脳内での挙動を探索するためには、生体における動態を確認することが不可欠であるとの見地から、PETを用いて体内動態を観察するため、ポジトロン核種C-11*4でタミフルRを標識する薬剤の合成及び活用方法の開発に取り組んできました。

張らは、開発された標識薬剤とマイクロPET*5を用い、生きたままの動物に対する実験により、タミフルR及びタミフルRの代謝産物の生体内動態の画像化に成功しました。今回の成果により、タミフルRに関わるヒト脳のイメージング研究が大きく進展することが期待されます。

今後のタミフルRに関するPET分子イメージング研究は、放医研分子イメージング研究センターと理化学研究所分子イメージング研究プログラムと東京大学大学院薬学研究科との3者間での共同研究として、発達過程の動物や病態モデル動物を用いて展開し、ヒトによる臨床試験の可能性を検討していく計画が進行中です。

背景

タミフルRは、ウイルスの増殖を抑えるインフルエンザ治療薬として広く用いられています。一方、服用した若者や子供に異常行動や突然死が報告されたことから社会問題となっています。このため、タミフルRの服用と異常行動との因果関係を解明するため、国内外の研究機関が研究に取り組んでいますが、未だ結論は得られておりません。薬物の中枢神経系への影響を明らかにするために、生体を用いた脳内の薬物動態把握のための分子イメージング*6分野での研究推進が望まれています。こうした中、放医研は、分子イメージング研究の一環として保有している卓越した分子標識薬剤の開発技術を駆使し、タミフルRの服用と異常行動との因果関係を解明するためのタミフルRの標識薬剤の合成に取り組んできました。

研究手法と結果

張らは、独自にタミフルRの標識合成に必要な前駆体*7の新規合成に成功しました。次に、放医研で開発された汎用放射薬剤自動合成装置*8を利用し、標識合成中間体*9である[11C]塩化アセチルと、PETプローブである[11C]オセルタミビル(図1左)の完全自動合成に成功しました。また、合成された[11C]オセルタミビルを使い、その代謝産物の[11C]Ro64-0802(図1右)の合成にも成功しました。

オセルタミビル標識薬剤 :左とオセルタミビル代謝産物標識薬剤 : 右の構造式
(図1)オセルタミビル標識薬剤:
左とオセルタミビル代謝産物標識薬剤:右の構造式

さらに、これらの標識薬剤とマイクロPETを用い、幼若ラット脳への取り込みの測定を行いました。その結果、2つのPETプローブは脳内への取り込みが低いものの、[11C]オセルタミビルの脳内における放射能集積は[11C]Ro64-0802に比べ、約5倍高いことを見出しました(図2)

[11C] オセルタミビルと [11C] Ro64-0802 (B) のラット脳内における放射能集積と時間変化
(図2)[11C]オセルタミビルと[11C]Ro64-0802(B)の
ラット脳内における放射能集積と時間変化

本研究の成果と今後の展望

今回の成果により、タミフルRの生体での挙動解明にPETを利用した研究分析が極めて有用であることが判明しました。今後、放医研のPET薬剤合成技術を他機関に移植するなどでさらなる研究の発展が期待されます。

現在、この結果を基に詳細な小動物を用いた実験により、体内動態解析や脳への作用解明に取り組むべく研究を進めており、さらに、ヒトによる臨床試験に発展させる可能性を探っていきます。

用語解説

*1.[11C]オセルタミビル

タミフルR(オセルタミビル)の生体での働きを画像化するために、同薬剤を放射性同位元素の一つである11C(炭素11)で標識化し、人工的に合成した新たなPET用薬剤。

*2.代謝産物

生体に投与された化学物質が、身体の働き(代謝機能)によって性質の異なる別の物質に変化したもの。Ro64-0802は、タミフルR(オセルタミビル)の代謝産物である。

*3.[11C]Ro64-0802

タミフルR(オセルタミビル)の代謝産物であるRo64-0802の生体での働きを画像化するために、同物質をポジトロン核種11C(炭素11)で標識化し、人工的に合成した新たなPET用薬剤。

*4.C-11

薬剤などの化学物質を標識化して放射性薬剤を合成するために用いる放射性同位元素の一つ。半減期は、20分ときわめて短いことから、サイクロトロンなどの放射性同位元素生成装置や放射性薬剤自動合成装置を備えた研究機関で用いられる。

*5.マイクロPET

マウスなどの小動物を用いたPET(陽電子断層撮像法)診断では、人体と比較して微細で精密な画像を分析する必要があることから、主として研究用に開発された小型PET装置。

*6.分子イメージング研究

生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化することであり、生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。PETによる腫瘍の診断もその一分野である。

*7.前駆体

ある有用物質を得るための前段階の物質。今回の研究過程で新規の前駆体合成技術が見いだされた。

*8.汎用放射薬剤自動合成装置

PET薬剤を迅速かつ安全に合成するために必要不可欠な装置。現在世界で利用されている主なPET薬剤のほとんどを1台で製造することのできる放医研で独自に開発したもの。機械的駆動部分、センサー類、加熱冷却部分など、共通で使用される部分を格納した合成装置本体と、PET薬剤合成反応毎に異なる反応容器、電磁弁などから構成される合成ユニットを組み合わせることにより、高品質で安全性の高い多種多様な分子プローブの合成が可能となった。

*9.標識合成中間体

PET用核種の放射薬剤合成には2つの方法があり、目的とする化合物の基本骨格に直接導入する方法と反応性に富む標識合成中間体を介し、中間体との反応で目的物を得る方法があり、後者には安定的に効率よく合成される標識合成中間体が不可欠である。

本件の問い合わせ先

独立行政法人 放射線医学総合研究所 広報室
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:info@nirs.go.jp