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千葉地区共通情報

統合失調症の脳内メカニズムに関わる神経間相互作用の画像化に成功

掲載日:2018年12月26日更新
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統合失調症の脳内メカニズムに関わる
神経間相互作用の画像化に成功
―統合失調症の治療薬開発に光―

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴、以下、放医研)分子イメージング研究センター分子神経イメージング研究グループ(須原哲也グループリーダー)分子生態研究チームの樋口真人チームリーダー、徳永正希技術員らは、覚醒状態(麻酔がかかっていない起きた状態)にある動物の陽電子断層撮影(PET*1)法によるイメージ化によって、脳内の神経伝達物質であるドーパミン*2によって発生する神経伝達の異常が、別の神経伝達物質であるグルタミン酸によって回復する様子を画像化することに世界で初めて成功しました。

神経症の一つである統合失調症は脳内ドーパミン*2による神経伝達の異常が原因のひとつと考えられていますが、その発症要因はよくわかってはいません。現在の代表的な統合失調症の治療薬として、脳内ドーパミンの受容体のひとつ(D2受容体)の受容機能を遮断する効果を持つものがありますが、全ての統合失調症に有効というわけではありません。現在、統合失調症に有効であるとされ世界的に開発が進められている治療薬の一つがグルタミン酸神経系を調節する機能を有するものです。今回の結果は、このドーパミン神経系の活動をグルタミン酸神経系が調節していることを画像化することによって明らかにしたもので、ヒトの脳内での病的状態における神経系の相互作用の解明に結びつくだけではなく、ドーパミン神経系の機能調節を通じて統合失調症の治療法の開発に道を開くものといえます。本研究は放医研、米国の国立衛生研究所(National Institutes of Health; NIH、Robbert B. Innis 教授)とスウェーデンのカロリンスカ研究所(Christer Halldin 教 授)の国際的共同研究による成果で、雑誌「Journal of Neuroscience」2009年2月11日号に掲載されます。

研究の背景と目的

統合失調症は幻覚や妄想などの症状を伴う精神疾患で、わが国でも多くの罹患者が存在しますが、その発症メカニズムは未だ明らかになっていません。脳内のドーパミン神経伝達が過剰になるという説や、グルタミン酸神経伝達が低下するという説などが支持されており、これらの伝達系を制御するような薬剤が治療薬として用いられたり開発が進められたりしています。しかし両神経系の脳内での相互作用に関しては十分にわかっていませんでした。

本研究ではグルタミン神経伝達がドーパミン神経伝達の調節に関わるという仮説を、統合失調症のモデルとして知られる覚せい剤投与動物のPETイメージングによって検証することを目的としました。

メタンフェタミンという覚せい剤を投与された生体では、統合失調症のような精神疾患に類似した行動異常が出現しますが、この際に脳内の線条体*3と呼ばれる領域で神経細胞からの神経伝達物質であるドーパミンの放出量が増大します。ドーパミンは専用の受け手(ドーパミン受容体)に結合しますが、ドーパミンの放出量が増大するとドーパミン受容体に結合する量も増大し、ドーパミン受容体に結合できるドーパミンではない物質の結合量が減少します。この現象を利用し、ドーパミン受容体に結合できる放射性薬剤を投与してPETイメージングを行うことで、生体内のドーパミン放出の増減を間接的に評価することが可能になります(図1)。特に放医研はドーパミンに近い形で受容体に結合する放射性薬剤(アゴニスト型放射性薬剤といいます)を有しており、ドーパミン放出量の変化を鋭敏に捉えることが可能になっています。この研究は上記手法を用いた生体イメージングによって、グルタミン酸神経の調節機能を有する薬剤が、脳内のドーパミン神経の興奮をどのように調節しているかを見ようというものです。ドーパミン神経の過剰な興奮をグルタミン酸神経が調節していることが確認できれば、同様の薬剤が統合失調症の治療に使えることを証明できる、ということになります。

放射性薬剤を用いたドーパミン放出の計測
図1 放射性薬剤を用いたドーパミン放出の計測

ドーパミン放出が増えると放射性薬剤がドーパミン受容体に結合するのが妨げられることを利用して、生体でドーパミン放出量を計測することができる。

研究手法と結果

(1)ドーパミン受容体にはいくつかの亜型がありますが、本研究ではD2受容体と呼ばれるタイプに注目し、同タイプに対するアゴニスト型放射性薬剤である[11C]メチル-N-プロピル-アポモルフィン([11C]MNPA)を動物に投与し、PETスキャンを実施しました。この際に麻酔薬が神経伝達を変化させてしまうおそれがあるので、システム分子チームの大林チームリーダーらが開発した動物をヒトと同様に無麻酔でスキャンする技術を利用して計測を行いました。覚醒状態にあるサル、ラットを用いてPET測定を行ったところ、[11C]MNPAはD2受容体が豊富な脳の深いところにある線条体(図2の矢印)に最も多く集積することが示されました。

次いで覚せい剤を動物に投与してからPETスキャンを行った結果、覚せい剤がドーパミン放出量を増加させるため、線条体における[11C]MNPAの受容体への結合がサルでは17%、ラットでは32%減少しました(図3)。しかしながら、グルタミン酸神経伝達系のうち代謝型グルタミン酸受容体5型(mGluR5)の働きをMPEP*4という薬剤で予めブロックすることにより、こうした変化を完全に抑えていることが確認されました(図3)。この研究で、グルタミン酸神経伝達を制御することで覚せい剤によるドーパミン放出異常が是正できるという現象を、世界に先駆けて生体で画像化できたことになります。

[11C]MNPA投与によるドーパミンD2受容体のPET画像とMRI画像の重ね合わせ
図2 [11C]MNPA投与によるドーパミンD2受容体のPET画像とMRI画像の重ね合わせ

サル、ラットともにD2受容体の多く分布している線条体(矢印)に集積が見られる

各薬物投与条件によるラット線条体ドーパミン放出の変化
図3 各薬物投与条件によるラット線条体ドーパミン放出の変化

覚せい剤投与でドーパミン放出が異常に増えると[11C]MNPAの線条体への結合は減少する。MPEPを予め投与してから覚せい剤を投与すると、ドーパミン放出異常が抑えられるので[11C]MNPAの結合も正常化する。

ドーパミン放出が増えると放射性薬剤がドーパミン受容体に結合するのが妨げられることを利用して、生体でドーパミン放出量を計測することができる。

(2)グルタミン酸系によるドーパミン系の調節は、ドーパミン神経の大元の細胞体がある脳幹部の中脳という部位にあるグルタミン酸受容体によってなされていると考えられてきましたが、本研究ではグルタミン酸系とドーパミン系の直接的な相互作用が線条体の中で起こっていることを電気生理検査により明らかにしました。具体的には、ラット脳スライスを用いたパッチクランプ法*5という電気生理学的解析法により、線条体の主要な出力神経細胞(中型有棘ニューロン*6)の興奮性がドーパミン放出の度合いと逆相関することを利用して、線条体におけるドーパミン放出に薬剤が与える影響を調べました。その結果、PETスキャンの時と同様に、覚せい剤によりドーパミン放出は異常に増加し、MPEPによりmGluR5をブロックするとこの異常がくい止められることが分かりました(図4)。今回の脳スライスには脳幹部は含まれていないので、グルタミン酸系とドーパミン系の相互作用は脳幹部でなく主に線条体の内部で生じることが初めて明らかになりました。

パッチクランプ法によるラット脳スライス電気生理実験
図4 パッチクランプ法によるラット脳スライス電気生理実験

ドーパミン放出が増えると放射性薬剤がドーパミン受容体に結合するのが妨げられることを利用して、生体でドーパミン放出量を計測することができる。

電気生理検査により明らかになった薬剤の作用メカニズム
図5 電気生理検査により明らかになった薬剤の作用メカニズム

覚せい剤はドーパミントランスポーターを変化(リン酸化)させて線条体のドーパミン放出を異常増加させる。これに対して、MPEPは線条体内のmGluR5を阻害し、覚せい剤のドーパミントランスポーターへの作用をブロックすることでドーパミン放出異常を抑制する。

本研究成果と今後の展望

グルタミン酸によるドーパミン神経伝達の制御は、脳の深いところにあってドーパミン神経が多く投射している線条体よりも、その外における間接的なネットワークにより調節されると考えられてきましたが、本研究によりグルタミン酸は線条体内においてもドーパミン神経伝達を制御することを明らかにすることができました。これまで十分明らかになっていなかった、ドーパミン神経系とグルタミン酸神経系の関係を覚醒動物とアゴニスト型放射性薬剤およびPETを用いた実験系で明らかにできたことはこれらの系が薬物評価および開発に役立つツールとして有用であり、ドーパミン神経の過剰な興奮がグルタミン酸神経伝達系のうち代謝型グルタミン酸受容体5型(mGluR5)の働きを予めブロックすることによって押さえられたことにより、同様の薬剤が統合失調症の治療に使える可能性が示せました。近年mGlu受容体の別のサブタイプであるグループIIの刺激剤が統合失調症の治療薬として開発され、第2相臨床試験の報告がされています。

用語解説

*1 PET

Positron emission tomographyの略称。画像診断装置の一種で陽電子を検出することによって様々な病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理によって画像化する技術。

*2 ドーパミン

中枢神経系に存在する神経伝達物質で、運動調節・認知機能・ホルモン調節・感情・意欲・学習などに関わると言われています。ドーパミンは脳内の線条体と呼ばれる部位において多く認められています。

*3 線条体

線条体は大脳基底核の主要な構成要素のひとつ。運動機能への関与が最もよく知られていますが、意志決定などその他の認知過程にも関わると考えられています。

*4 MPEP

2-メチル-6-(フェニルエチニル)ピリジン、代謝型グルタミン酸受容体グループIの拮抗薬でサブタイプmGlu5受容体に高い結合親和性を持つ薬剤。近年PET用標識剤として標識され、[11C]MPEPおよびその類似体の代謝型グルタミン酸受容体のPET画像化が期待されています。

*5 パッチクランプ法

エルヴィン・ネーアーとベルト・ザクマンにより開発された電気生理学的手法の一種。微小管を細胞内に挿入せず細胞膜に接着させ、細胞の電位や電流を記録できる。これによって神経細胞同士の結合部位であるシナプスの活動性を調べることが可能になる。

*6 中型有棘ニューロン

樹状突起に密な棘突起をもち、細胞体の大きさが中程度(20ミクロンほど)の神経細胞。ラットの線条体の神経細胞の95%を占めるといわれています。

問い合わせ先

国立研究開発法人 放射線医学総合研究所 広報課
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