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PETを用いニコチン依存のメカニズムを追求

掲載日:2018年12月26日更新
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PETを用いニコチン依存のメカニズムを追求
喫煙者では、ニコチン負荷による
脳内のドーパミン放出が促進される

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴、以下、放医研)分子イメージング*1研究センター分子神経イメージング研究グループの高橋英彦主任研究員らは、PET*2を用いてニコチン負荷による脳内神経伝達物質ドーパミン*3の放出を喫煙者・非喫煙者で比較検討し、喫煙者ではニコチン依存度が高い人ほどドーパミン放出が多いことを確認するなど、ニコチン依存度との関係を確認しました。

喫煙が発がんの主たる原因の一つであることは、既に多くの研究者によって明らかにされており、禁煙は健康保持のための世界的な潮流となっています。一方、喫煙によってもたらされるニコチンの依存形成のメカニズムについては明らかになっていない部分が多く、禁煙治療に結びつく研究が求められています。

こうした中、高橋らは、高比放射能のドーパミンD2受容体リガンド*4である[11C]ラクロプライド*5を用いたPET画像の解析により、ニコチン負荷によるドーパミン放出を喫煙者・非喫煙者で比較検討しました。この結果、喫煙者ではニコチン依存度が高い人ほど神経伝達物質ドーパミンの放出が有意に促進され、結果として、受容体結合能力が低下することが確認されるなど、ニコチン依存度とドーパミン放出との関係が明らかになりました。

今回の成果は、喫煙者のニコチン依存性のメカニズムを明らかにするもので、喫煙者の禁煙行動に結び付く新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。

この成果は、このほど、国際精神神経医学誌International Journal of Neuropsychopharmacologyに掲載されました。

背景

喫煙の有害性が世界的に叫ばれる中、喫煙者のニコチン依存を解き放つ効果的な治療法の開発は、重要な課題となっています。放医研は分子イメージング研究の主要課題としてPET装置等最新の画像診断機器を用い、脳内の種々の物質の動態を画像化することで精神・神経機能の解明に取組んでおり、喫煙者のニコチン依存形成のメカニズム解明についても、その一環として取組んできました。こうした中、抗精神薬のひとつであるラクロプライドがシナプスでドーパミンと受容体結合で競合することにより、喫煙者では、喫煙後に脳内の線条体*6の[11C]ラクロプライド結合が低下したという報告がなされていますが、ニコチン依存のメカニズム解明のために非喫煙者と比較した検討は、なされていませんでした。

研究手法と結果

高橋らの研究は、次のような方法で行われました。

  1. 対象者:喫煙者6名、非喫煙者6名
  2. 研究方法:非喫煙者群と24時間禁煙後の喫煙者の両群に対し、ニコチンガムまたはプラセボガム(偽ガム:ニコチン含まず)を摂取。1時間後、内因性ドーパミン放出の影響を調べるため[11C]ラクロプライドのPETにおける測定を行いました。また、ニコチンガムまたはプラセボガム摂取条件下での線条体(被殻、尾状核)のドーパミン放出を両群で比較しました。
  3. 研究結果:喫煙者群では、プラセボガムと比べニコチンガムの摂取の場合、ラクロプライドの受容体結合が脳内の線条体の被殻・尾状核において、有意に低下することが認められました。一方、非喫煙者群の場合ではこのような低下は認められませんでした。このことは喫煙者では非喫煙者に比較して、ニコチン摂取によってドーパミン放出が促進していることを示しています。(図1・2)
    ニコチン摂取後の喫煙者はドーパミン放出が非喫煙者より有意に増加したことを示す脳領域
    (図1) ニコチン摂取後の喫煙者はドーパミン放出が非喫煙者より有意に増加したことを示す脳領域
    喫煙者においてニコチン摂取により線条体(尾状核・被殻)の[11C]ラクロプライドの受容体結合能が低下し、同部位でのドーパミンの放出が示唆された
    (図2) 喫煙者においてニコチン摂取により線条体(尾状核・被殻)の[11C]ラクロプライドの受容体結合能が低下し、同部位でのドーパミンの放出が示唆された
  4. さらに、ニコチン依存性とドーパミン放出の相関関係を明らかにするために、喫煙者のニコチン依存性を数値化した依存度テストの結果と比較した結果、喫煙者においてニコチン依存度が高いほどドーパミン放出量が多いことが明らかになりました。(図3)
    ファーガストロームニコチン依存度テスト(FTND)
      0点 1点 2点 3点
    (1)朝目が覚めてから何分位で最初のタバコを吸いますか? 61分以後 31~60分 6~30分 5分以内
    (2)禁煙の場所でタバコを我慢するのが難しいですか? いいえ はい    
    (3)あなたは1日の中でどの時間帯のタバコをやめるのに最も未練が残りますか? 右記以外 朝起きた時の目覚めの1本    
    (4)1日何本吸いますか? 10本以下 11~20本 21~30本 31本以上
    (5)目覚めて2~3時間と、その後の時間帯とどちらが頻繁にタバコを吸いますか? その後の時間帯 目覚めて2~3時間    
    (6)病気でほとんど寝ている時でも、タバコを吸いますか? いいえ はい    

    <ニコチン依存度判定>0~2点:たいへん低い、3~4点:低い、5点:ふつう、6~7点:高い、8~10点:たいへん高い
    FTNDスコアと結合能減少領域が正相関する領域
    (図3) FTNDスコアと結合能減少領域が正相関する領域
    ニコチン依存度の高い人ほどニコチン摂取により線条体の[11C]ラクロプライドの受容体結合の低下の程度が大きいことを確認

本研究の成果と今後の展望

今回の研究成果は、喫煙者においてニコチン負荷とドーパミンの放出の相関関係があることを確認し、ニコチン依存度とドーパミン放出程度の関係を定量的に解明したものです。これまで確認されていなかった非喫煙者における結果を比較対照することによって、ニコチン依存によって起こされる脳内動態を明らかにするものとして注目されます。今後は、喫煙者のニコチン依存性のメカニズムをもとに、喫煙者のニコチン依存を阻止する薬を開発するなど、禁煙行動に結び付く治療法への展開が期待されます。

用語解説

*1 分子イメージング研究

生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化することであり、生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。PETによるニコチン依存の機構解明研究もその一分野として行っている。

*2 PET

ポジトロン断層撮像法(positron emission tomography;PET)のこと。画像診断装置の一種で陽電子を検出することによって様々な病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理によって画像化する技術である。

*3 ドーパミン

中枢神経系に存在する神経伝達物質であり、運動調節・認知機能・ホルモン調節・感情・意欲・学習などに関わる。ドーパミンは脳内の線条体と呼ばれる部位において多く認められる。

*4 リガンド

特定の受容体に特異的に結合する物質のこと。例えば、神経伝達物質のシグナル物質とその受容体などがある。

*5 [11C]ラクロプライド

ベンザマイド系の向精神薬ラクロプライドの11C標識体でドーパミンD2受容体測定用の、標準的なPET用標識剤。選択性が高くD2受容体との結合はPET測定時間内に平衡に達し、次第に結合を解いていくことから薬剤分布の時間変化を解析することにより、結合と解離の速度定数を求めることができる。

*6 線条体

線条体は終脳の皮質下構造であり、大脳基底核の主要な構成要素のひとつ。運動機能への関与が最もよく知られているが、意志決定などその他の認知過程にも関わると考えられている。

問い合わせ先

国立研究開発法人 放射線医学総合研究所 広報課
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:05;nfo@nirs.go.jp