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ものを噛む“チューイング”、脳の作業記憶が向上

掲載日:2018年12月26日更新
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ものを噛む“チューイング”、脳の作業記憶が向上
脳の背外側前頭前皮質の活動が
変化する様子をfMRI※1により確認

概要

放射線医学総合研究所(米倉 義晴 理事長)分子イメージング研究センター・先端生体計測研究グループ・機能融合研究チーム(小畠 隆行チームリーダー)の平野好幸研究員らは、神奈川歯科大学の小野塚実教授らとの共同研究により、ものを噛む“チューイング”動作が脳に刺激を与え、得た情報を一時的に保つ「作業記憶」の向上をもたらす効果があることを明らかにしました。

疫学研究および認知心理学研究※2ではチューイングが認知※3や注意を増強させるという研究が行われていますが、増強されているのが記憶なのか注意なのか、記憶の中でも作業記憶※4即時記憶※5なのかなどはまだ不明瞭であり、論議の段階のままとなっていました。同研究グループはチューイングが脳にもたらす影響を解明するために、チューイング前後に作業記憶のテストを行った際の脳活動の変化を、ボランティアの協力のもと、脳の血流量などの変化する領域を画像化するfMRIを用いて計測しました。

その結果、チューイングは集中力を増強させるだけではなく、脳の背外側前頭前皮質の活動に影響を及ぼし作業の正解率を回復させる効果があることがわかりました。このようなチューイング効果のfMRI計測に成功したのは世界でも初めてのことです。本成果によって、“チューイング”が認知機能に与える影響を解明する糸口になることが期待されます。

本研究成果は、平成20年5月9日にNeuroscience Letters 誌に掲載されます。

背景

ものを噛む“チューイング”動作が動物実験により、空間記憶※6に影響をもたらしていることはすでに知られています。最近では研究が進み、このチューイングが人の認知成績や注意を増強する効果があることなどが明らかとなってきました。また、PET(ポジトロン断層撮影法)を使った脳の機能診断が進み、チューイングによって脳の活性する部位が明らかとなり、fMRIを使った研究では頭頂前頭関連にチューイング効果が確認されるようにもなってきました。小野塚実教授らはfMRIを利用してこの現象の解明に2000年から挑戦、大脳の前頭前野を含む脳の多様な部位を活性化させることを見出してきました※7

研究手法と成果

脳の活動部位を計測するfMRIは一般の脳診断に広く活用しているMRI装置よりも高磁場(3テスラ※8)の装置を使い、33名のボランティアに作業記憶のテストを行い脳の活動を計測しました。具体的には、A、D、B、A、C...などという文字を2秒間隔で順番にスクリーンに1秒間表示し、2つ前(あるいは3つ前)の文字と同じ場合にボタンを押す作業を行ってもらい、正解率とともに活性化している脳の部位を計測するという手法を用いました。脳活動の差は、チューイングなしの状態での計測を2回行い、3回目に無味、無臭のガムベースをチューイングさせ、その後にまた同様の文字を当てる作業を行った後、文字を当てる作業と脳の背外側前頭前皮質における脳機能を反映する値BOLD信号上昇率※9の差を計測することで評価しました。

その結果、チューイングを伴わない場合は、作業(作業記憶のテスト)を連続させると正解率およびBOLD信号上昇率が低下する傾向が認められましたが、チューイングを行った時には正解率とBOLD信号上昇率の両者が回復・向上することが認められました(図1、2)。また、チューイング後に右海馬後部の脳活動の程度が上昇することがわかりました(図3)。以上の実験結果から、チューイングが集中力を高めるとともに、作業(作業記憶のテスト)の処理を促進する可能性が示されました。

作業記憶課題を行っている時の正答率
図1 作業記憶課題を行っている時の正答率
(*;統計学的処理により有意な差が有り)
作業記憶のテストを行っている時のBOLD信号の変化
図2 作業記憶のテストを行っている時のBOLD信号の変化
(*;統計学的処理により有意な差が有り)
チューイング後に活動が上昇した右海馬後部の部位 (白色部)
図3 チューイング後に活動が上昇した右海馬後部の部位 白色部)
(赤で囲んだ部位;海馬)

今後の展開

今回の研究により、チューイングがものを覚えようとする時の人の脳活動に影響を与えていることが確認できました。今後は実験をさらに重ね、作業記憶を構成する要素を検討することに加え、注意に関連する大脳の前帯状回※10の活動を調べる計画です。また、義歯またはインプラントの調整が必要な高齢者に協力していただき、咬合(かみあわせ)が正しい場合の脳機能との関連や影響について調べていきます。

用語解説

※1)fMRI:

fMRIとは、ファンクショナルMRI或いは機能的MRIともいわれ、MRI(磁気共鳴画像法;放射線ではなく磁場と電波を使って撮影)を用いて、脳の活動に伴う血流量の変化など脳機能賦活領域を可視化する方法。これには、BOLD信号※9を用いるのが一般的で、脳機能を研究するための最新の手法の一つとなっている。

※2)認知心理学研究:

心理学に情報処理科学の考え方を取り入れた学問分野。特に人間の脳と心の働きを情報処理の観点から解明する。

※3)認知:

脳科学・情報科学や心理学等では、外の対象物などを自覚し思考したりする処理過程。

※4)作業記憶:

学習や認知などの情報を処理するために一時的に保持される記憶

※5)即時記憶:

物の形や言葉などを極めて短時間保持される記憶。

※6)空間記憶:

空間に関する記憶。

※7)

小野塚実教授を中心としたグループによって行われた研究では、脳の各部位の神経活動の上昇の仕方は、咀嚼する強さや年齢に依存していることが報告されている。特に高齢者では、ものを噛むチューイングによって前頭前野における神経活動の上昇が大きいこと発見した。

※8)テスラ:

テスラは磁束密度を示す国際単位(記号:T)。1テスラは104ガウス(CGS単位記号:G)

※9)BOLD (Blood Oxygenation Level Dependent)信号:

1990年、ベル研究所の小川誠二先生が発見したMRI(Magnetic Resonance Imaging磁気共鳴画像法)におけるヒトの体の生理的活動を視覚化して測定する基本原理。血液中のヘモグロビンが酸素との結合度によって磁気特性が変化することに着目し、生体の活動領域で血流が増加する際のデオキシヘモグロビンの相対的濃度低下をMR画像コントラストとして捕らえることが可能であることを実験で示し、この活動依存成分をBOLD信号と命名した。この方法の発見は、メデイカル・イメージングの革命ともいわれており、脳科学や心理学の分野で、研究や臨床に広く使用されている。本研究ではBOLD信号は、文字を当てる作業と脳の背外側前頭前皮質における脳機能を反映する値を指している。

※10)大脳の前帯状回:

大脳半球内側面にある帯状回という領域の前側の部分。すなわち、ヒトとサル類の大脳の中心溝より前方の部分を前頭葉と呼び、この前頭葉の内、前頭前葉と呼ばれる部分の内側面の部分が前帯状回と呼んでいる。また、前頭前皮質の背外側に位置する背外側前頭前皮質は、作業記憶に関与していることがわかっている。

問い合わせ先

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