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放射線源からの放射線の革新的な校正法を開発

掲載日:2018年12月26日更新
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放射線源からの放射線の革新的な校正法を開発
~従来の放射線計測法を改める可能性を示す~

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴;以下、放医研)基盤技術センター研究基盤技術部の中村秀仁研究員は、放射線源から放出される放射線を高精度に測定する革新的な方法を開発しました。

従来の放射線源を用いた放射線検出器のエネルギー校正は、放射線源の構造によるエネルギー損失は無視でき、エネルギー分布はピークを中心として対称な正規分布である、という仮定のもとに行われてきました。しかし、中村研究員は、厳密な計測によってこれらの仮定が必ずしも成立しないことを確認し、より真の値に近い放射線のエネルギーや放射線量を測定する革新的な方法を開発しました。放射線は医療や工業など既に多くの分野で利用されていますが、この研究成果は従来法より精度の高くできる放射線計測方法の新しい概念ということができ、これまでの放射線測定手法に影響を与えると考えられます。

本研究の成果は、平成20年12月1日に米国科学誌Radiation ResearchのRapid Communicationに掲載されます。

背景

放射線計測器は常に放射線の量やエネルギーの絶対値を計測できるものではなく、基準となる放射線源で校正することで、正しい値が計測できます。放射線源から放出される放射線のエネルギーは文献やデータブック等に掲載されている代表的なものだけではなく、それに近いエネルギーのものも同時に放出されていることは知られていましたが、計測器の校正を行う際は一つのエネルギーとして取り扱っても問題ないとされてきました。また、校正用標準線源のように取扱易い形状に加工されたものは、放射線源自体が小さく、さらに薄い保護膜に封入される構造ですが、それらの影響はほとんど無視できるほど小さいとされ、これらの点について慣例的に放射線検出器の校正では考慮されていませんでした。

研究の概要

本研究では、測定の誤差としてしか扱われてこなかった放射線源中での放射線のエネルギー損失を正確に測定し、結果を評価することで、(1)放射線源外に放出される放射線のエネルギーは、その放射線が生成される際に持つエネルギー(理論値)より低い。(2)放射線源中での放射線のエネルギー損失にばらつきがあり、そのために放射線のエネルギー分布がピーク値を中心として非対称になる、という2つの物理現象を確認しました。

さらに、これらの影響をシミュレーション計算し、その結果を放射線の実測結果の解析に組み入れることで、放射線源から放出される放射線のエネルギーや放射線量を厳密に計測する方法を開発し、従来法に比べ非常に精密な放射線計測器の校正を可能としました。さらにこの技術を導入した放射線計測器で、従来法より高い分解能での測定が可能になりました。

研究の詳細

放射線測定器の校正に用いられる標準線源は、放射性同位元素の固まりでと、それを保護する膜で構成されています。線源で生成された放射線は、線源自身と保護膜を通過して放射線源の外へ放出されます。保護膜が厚くなればこれと放射線との相互作用により、放射線が失うエネルギーが大きくなります。従来は、この保護膜を薄くすることにより、線源の外に放出される放射線のエネルギーと、線源内で生成された際の放射線のエネルギー(理論値)とは変わらないものとして放射線計測器の校正を行い、様々な放射線計測が行われてきました。

図1は、放射線源の模式図です。放射線源は、線源とそれを保護する薄膜により構成されています。線源内で生成された放射線は、放射線源外に放出されるまでに、保護膜だけでなく、線源の中でもエネルギーが失われることになります。

薄膜放射線源の概要図

図1:薄膜放射線源の概要図。

図2は、放射線のエネルギー分布を示します。上述の通り、これまでは放射線源中のエネルギー損失は無視できる程小さいと考えられてきたため、校正用標準線源は、図2(a)のようにピーク値(Ei)を中心として対称な正規分布であるとして扱ってきました。しかし、中村研究員が詳細な測定を行った結果、放射線のエネルギーは、図2(b)のようにEiよりdEずれた非対称な分布を持つことが判明しました。

放射線源中での放射線のエネルギー損失を無視できるとした場合の放射線のエネルギー分布、(b)放射線検出器で計測される放射線のエネルギー分布

図2:(a)放射線源中での放射線のエネルギー損失を無視できるとした場合の放射線のエネルギー分布、(b)放射線検出器で計測される放射線のエネルギー分布

中村研究員は、図3のブロックダイアグラムのように、シミュレーション計算の結果を放射線計測器に組み入れ、エネルギー分布と誤差成分に分離して解析しました。

A:まず、放射線源中でのエネルギー損失を計算し、放射線のエネルギー分布をシミュレートします。B:次に放射線源から放出される放射線のエネルギー分布を放射線計測器で計測します。ここで得られるエネルギー分布は絶対値ではないので、C:実測したエネルギー分布のピーク値(B)、をシミュレーションで得られたエネルギー分布のピーク値(A)に合わせます。最後に、シミュレーションの結果に基づいて新たに導出した関数を用い、実測によるエネルギー分布から放射線計測器の誤差成分を分離します。

新しい解析方法のブロックダイアグラム

図3:新しい解析方法のブロックダイアグラム

この方法により、校正用の放射線源から実際に放出されるエネルギーを高精度で計測できることから、校正用線源と解析結果の両方を用いて他の放射線計測機器をこれまでの方法より高精度で校正することが可能になります。

さらに、この放射線計測器の誤差成分を分離する技術を適用する放射線計測法は、計測器におけるエネルギー分解能を飛躍的に向上させることから、特に複数の放射線が放出される放射線源の計測において、複数のエネルギー分布が重なり合う場合に有効です。

ここでは、実例を挙げて分解能が高いという点について説明します。図4は、新たに開発したプラスチックシンチレータを用いた放射線検出器CROSS-miniで、単一エネルギーの放射線を放出することで知られている207Biからの976keVK殻内部転換電子を測定し、得られた非対称なエネルギー分布です。この計測におけるエネルギー分解は8.6%(FWHM)であり、この解析技術を取り入れない場合に比べ1.3倍向上しました。この結果は、これまで分解能が悪いとされてきたプラスチックシンチレータにとって、注目すべき値です。

207Bi 976keV K殻内部転換電子のエネルギー分布

図4:207Bi976keVK殻内部転換電子のエネルギー分布。

図5は、図4のような非対称なエネルギー分布を正規分布で評価すると、赤の斜線の領域の面積分だけ、放射線量を少なく見積もってしまうことを示しています。

放射線源外に放出される粒子を放射線検出器にて検出した際のエネルギー分布の概要図

図5:放射線源外に放出される粒子を放射線検出器にて検出した際のエネルギー分布の概要図。

これが、測定の誤差範囲として扱われてきた背景として、放射線源からは複数の異なる放射線が放出されていることからエネルギー分布が極めて複雑になり、これを簡単に処理できるようにするため、ということが考えられます。

例えば、207Bi線源の場合だと、主としてエネルギーの異なる3本のガンマ線と、エネルギーの異なる8本の内部転換電子、計11本の放射線が群をなして放射線源から放出されます。また、137Cs線源からは、主としてガンマ線とベータ線、そしてエネルギーの異なる4本の内部転換電子、計6本の放射線が群をなして放出されます。このような放射線群を放射線計測器で測定すると、複雑なエネルギー分布が得られます。そのため、これまでは鋭いピーク箇所のみに着目し、正規分布を適用した解析が行われてきました。

本測定法では、このような複雑なエネルギー分布に対しても有効で、放射線のエネルギーごとの分布を高精度に分離する事ができます。図6と図7に、CROSS-miniで測定した207Biと137Csからの放射線群のエネルギー分布を示します。黒線は実測値で、破線は実測値を各放射線エネルギーに分離した結果であり、赤線がシミュレーションから導出した関数で、これと実測値はよく一致します。

このように、放射線の種類(電子、ベータ線、ガンマ線など)やエネルギーの大きさや放射線の数によらず分離出来るのも本測定法の特徴です。

207Biから放出された放射線群(11本)の複合エネルギー分布

エネルギーの大きさの異なる3本のガンマ線(569.7 keV,1063.6 keV,1770.2 keV)と8本の内部転換電子(K殻975.6 keV, L1殻1047.8 keV, L2殻1048.4 keV, L3殻1050.6 keV, K殻481.6 keV, L1殻553.8 keV, L2殻554.5 keV,L3殻556.6 keV)を分離。
図6:207Biから放出された放射線群(11本)の複合エネルギー分布。


137Csから放出された放射線群 (計6本) の複合エネルギー分布。図4で示した207Biからの976keV K殻内部転換電子は、このエネルギー分布から分離したもの

1本のガンマ線と1本のベータ線、そしてエネルギーの異なる4本の内部転換電子(k殻625.6 keV,L1殻655.9 keV,L2殻656.3keV,L3殻656.6 keV)を分離。
図7:137Csから放出された放射線群(計6本)の複合エネルギー分布。図4で示した207Biからの976keVK殻内部転換電子は、このエネルギー分布から分離したもの。

今後の展望

本研究の成果は、日本だけでなく世界中で行われてきた放射線計測の校正方法の概念を変え、その最適化を目指すものであって、放射線に関する規格に影響を与える可能性があり、研究に限らず放射線を利用した医療や産業へも影響を与えるものと思われます。また、これまで行われてきた放射線計測の結果を見直すことで、精度を更に向上できることが期待できます。

これまで分解能が悪いとされてきたプラスチックシンチレータでも高分解能での計測が可能である等の成果を得たことから、今後は本研究の成果を基に、医療画像診断装置の高性能化とコストダウンを図ると共に、環境モニターなどの様々な放射線検出器への展開が期待されます。

用語解説

CROSS-mini:

本年10月より独立行政法人科学技術振興機構(JST)原子力基礎基盤戦略イニシアティブを得て「次世代がん診断装置CROSS(Correlation Response Observatory for Scintillation Signals)計画」を開始しました。

CROSS-miniは、本計画のプロトタイプモジュールのことです。このCROSS-miniは、2枚のプラスチックシンチレータ板(6.2cm2×1cm)と1枚の4側面開放型NaI(Tl)シンチレータ板(6.2cm2×1cm)を交互に積層し、各側面を16本の光電子増倍管で覆うことで構成されます(図8)。放射線の飛来する方向まで計測できることを特徴とします。

(左) CROSS-miniの概要図。(右) CROSS-miniの写真

図8:(左)CROSS-miniの概要図。(右)CROSS-miniの写真。

本研究は、科学研究費補助金若手研究(B)(19760620)2007-2009年の助成によるものです。

問い合わせ先

独立行政法人 放射線医学総合研究所 広報課
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:info@nirs.go.jp