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量子生命・医学部門

中皮腫の画期的早期診断法の開発に成功-わずか数ミリの中皮腫をPETで画像化-

掲載日:2018年12月26日更新
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独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴)
分子イメージング研究センター※1
菅野 巖 センター長、
佐賀 恒夫 グループリーダー、
辻 厚至 主任研究員
順天堂大学医学部
樋野 興夫 教授

概要

アスベストが原因で発生する中皮腫※2は大きな社会問題になっています。早期に発見すれば治療成績が飛躍的に向上しますが、これまで良い方法はありませんでした。放医研と順天堂大学の研究グループは、中皮腫の早期画像診断を可能にするPETプローブ※3の開発に成功しました。このPETプローブは、生きた中皮腫細胞に特異的に結合する抗体※4を小型化し、これに高性能の放射性核種64Cuを結合させたもので、中皮腫を高感度に検出できる特徴を持ちます。マウスによるPET診断実験において、直径がわずか数ミリの中皮腫を鮮明に画像化することに成功しました。今後、人への適応の進め、PET診断で中皮腫の場所を特定し、早期発見を可能にすることを目指します。

本研究は、文部科学省委託事業「分子イメージング研究プログラム」(PET疾患診断研究拠点、研究総括菅野巖放医研分子イメージング研究センター長)の一環で実施され、「個別研究開発課題:アスベスト中皮腫を中心とする難治性がんの診断法開発に関する研究」のテーマとして、放医研と順天堂大学との共同研究により得られた成果です。

本成果は、核医学の基礎研究及び臨床研究における優れた成果を掲載するイギリスの著名な雑誌である『Nuclear Medicine Communications』オンライン版に1月12日に掲載されました。また、1月21-22日に開催される「分子イメージング研究シンポジウム2010」(放医研と独立行政法人理化学研究所が主催)において報告されます。

成果のポイント

  • 本研究では、中皮腫細胞に結合する抗体を小型化し、高感度の放射性核種64Cuを結合させたPETプローブの開発に成功した。このプローブを用いてPET診断することにより、早期の中皮腫の場所を特定することができる。血液診断とこの成果を組み合わせることで中皮腫の早期発見にめどがついた。
  • 本研究ではマウスモデルを用いているが、今後はヒトでの臨床研究に発展させ、中皮腫患者の予後向上のため臨床現場で実用化されることが期待される。

研究の流れ

研究の背景と目的

悪性中皮腫は、アスベストへのばく露が原因で発生する非常に予後の悪い腫瘍で、中皮腫と診断されてからの2年後生存率が約30%、5年後生存率が10%に満たないと報告されています。中皮腫の診断が非常に困難であり、進行したがんとして発見されることが原因のひとつです。早期に発見された中皮腫患者さんの外科療法における5年生存率は約40%との報告があり、早期に発見できれば、予後が大きく改善される可能性が高いことがわかっています。しかし、現在の診断法では、中皮腫を早期に発見することは非常に困難で、早期発見を可能とする新しい診断法の開発が切望されています。

順天堂大学では、悪性中皮腫の早期から発現しているERC/mesothelin(以下ERC)というタンパク質の高感度血液診断法を開発し、アスベストを吸引した可能性のある方を対象に、数万人規模の血液検査を実施しています。これにより、中皮腫が発生しているリスクの高い方を見つけ出すことが可能となりました。しかし、血液検査だけでは、体のどこにあるかわからない、小さなサイズの早期の中皮腫を発見することは困難でした。そこで、放医研と順天堂大学は、ERCを高感度に検出する画像診断法の研究を進め、放医研の技術を用いてERCに対する結合能が高い抗体を高感度が得られるPET核種で標識することで、ERCの発現量が少ない、小さなサイズの早期中皮腫を発見することが可能な画像診断法の開発に成功しました。

研究手法と結果

放医研・辻らの研究チームは、順天堂大学で開発された数種類のERCを認識する抗体の中から生きた中皮腫細胞に結合する抗体を選び出しました。この抗体を臨床現場で使えるよう約1/3の大きさに改良し、高感度に検出するために、放医研で製造したPET核種の64Cuで標識し、PETプローブ([64Cu]抗ERC抗体)を新規に開発しました。ヒト中皮腫細胞をヌードマウスに植え、中皮腫を形成させました。作成したモデルマウスに[64Cu]抗ERC抗体を投与したところ、投与後6時間で、直径がわずか数ミリの中皮腫を鮮明にイメージングすることができました(図1)。この中皮腫は、患者さんの中皮腫に比べ、ERCの発現量が低いことがわかっています(図2)。つまり、ERCの発現が低い早期の中皮腫の画像診断の可能性が高いと期待されます。

[64Cu]抗ERC抗体によると中皮腫の大きさ比較

図1 [64Cu]抗ERC抗体による
中皮腫イメージングヒトの中皮腫モデルマウスのPET画像。64Cu標識ERC抗体投与後6時間で直径数ミリの大きさの中皮腫(黄色矢頭)を鮮明にイメージングすることができた。

図2 中皮腫の大きさ比較
ヒトの中皮腫(左)と中皮腫モデルマウスの腫瘍(右)のERC(茶色)の発現量を免疫染色で調べた(紫色は核)。ヒトの中皮腫に比べ、モデルマウスの腫瘍は、ERCの発現量が少ないことがわかる。

本研究の成果と今後の展開

中皮腫の早期発見に必要な大規模スクリーニング法と病理診断法に関しては、優れた手法がありますが、その間をつなぐ、中皮腫がどこにあるかを見るための手法がありませんでした。本研究により、ERC特異的画像診断用PETプローブを開発できたことで、早期発見に必要な手法が一通り揃ったことになります(図3)。

今後、臨床研究を経て、臨床現場で実用化されれば、多くの患者さんの予後やQOLの改善につながることが期待されます。また、アジア諸国では、日本に遅れてアスベストの使用を禁止しており、日本と同じ問題を抱えています。中皮腫の早期発見のストラテジーが完成すれば、アジアへの貢献という意味でもたいへん意義深い研究成果と言えます。

中皮腫早期診断の流れ
図3 中皮腫早期診断の流れ
本研究成果により、中皮腫の早期発見・診断に必要な手法が一通り揃った。

用語解説

※1)分子イメージング

生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化することであり、生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。

体の中の現象を、分子レベルで、しかも対象が生きたままの状態で調べることができる。がん細胞の状態や特徴を生きたまま調べることができるため、がんができる仕組みの解明や早期発見を可能とする新しい診断法や画期的な治療法を確立するための手段として期待されている。放射線医学総合研究所(放医研)分子イメージング研究センターは、文部科学省委託事業分子イメージング研究プログラムのPET疾患診断研究拠点として研究活動を行っている。

※2)中皮腫(悪性中皮腫)

肺を包む「胸膜」、肝臓や胃などの臓器を覆う「腹膜」、心臓を包む「心膜」の表面に存在する中皮細胞に由来するがんを悪性中皮腫という。まれながんと言われてきたが、アスベストのばく露が発症に大きく関係していることが明らかにされ、労災に指定されている。非常に予後の悪いがんで5年後生存率は10%以下であると言われる。がんが進行した状態で発見されることが大きな原因のひとつであり、予後の大きな改善のために早期発見の方法を確立することが望まれている。

※3)PETプローブ

陽電子断層撮像(PET)装置を用いて腫瘍や精神・神経疾患の診断・検査等で用いられる薬剤のこと。測定したい機能の種類に応じて適切なPETプローブを選択するが、本研究では、中皮腫に特徴的なERCというタンパク質に結合する抗体(抗ERC抗体)を64CuというPET核種で標識した、[64Cu]抗ERC抗体を新たに開発して用いている。

なお、PET(positron emission tomography:陽電子断層撮像法)とは、レントゲン、CTやMRIと同じ画像診断法の一種で、がんの診断などに用いられる。陽電子を放出する核種で標識した薬剤を注射し、体内から出てくる信号を体の外で捉え、コンピュータ処理によって画像化する技術。

※4)抗体

生体が自分とは違った異物(抗原)の侵入を受け、その刺激に反応し、作りだすタンパク質の総称。その異物(抗原)だけに結合する性質があり、異物(抗原)を破壊して生体を防御する。例えば、インフルエンザウイルスが体内に侵入すると、それに対する抗体が体内で作られて、体を防御する。また、抗原に特異的に結合する性質を利用して、がん細胞に多く発現している抗原を認識する抗体を乳癌などの治療に使用されるなど、医学分野にも応用されている。

問い合わせ先

国立研究開発法人 放射線医学総合研究所 企画部 広報課
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail: info@nirs.go.jp