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肝移植における急性拒絶とその治療効果の画像診断に成功

掲載日:2018年12月26日更新
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肝移植における急性拒絶とその治療効果の画像診断に成功
PETによるがん診断のシステムで肝臓移植の拒絶反応を診断
早期の臨床応用に期待

概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴、以下、放医研)分子イメージング*1研究センター分子病態イメージング研究グループ(佐賀恒夫グループリーダー)の辻厚至主任研究員らは、藤田保健衛生大学(学長:野村隆英)、国立成育医療センター研究所(所長:名取道也)と共同で研究を行い、ラット同所性肝移植モデル*2を用いて、肝移植後に起こる急性拒絶反応とその治療効果をPET*3で画像化することに世界で初めて成功しました。現在、拒絶反応の確定診断には、侵襲性が高い生検*4が行われていますが、この方法では拒絶反応部位を採取できず、診断を誤ることがありました。そこで、肝臓全体を非侵襲的、且つ確実に診断する方法の開発が待たれていました。

今回の研究では、肝移植モデルラットを作出し、肝臓移植手術後からの経時的なPET診断を行い、急性拒絶反応が起こっている様子を画像化することに成功しました。また、急性拒絶群に免疫抑制剤を投与した治療実験では、拒絶反応が発生していないラットと同様の画像が得られ、免疫抑制剤の治療効果を画像で確認することに成功しました。

これらの成果から、今後PET診断により、移植手術後の拒絶反応診断や免疫抑制療法の治療計画を安全、かつ精度を高めて行うことができるようになることが期待されます。

本研究成果は、平成21年5月始めにThe Journal of Nuclear Medicineの5月号に掲載されます。

背景

肝臓は、代謝、合成、排出、解毒など多くの機能を担っている重要な臓器であり、機能が完全に損なわれると人間は生きていくことができません。国内では、肝炎、肝がんなどで、肝機能の回復が見込めない場合に、肝移植が行われる例は増加しており、既に4,700症例以上が実施され、その症例数は年々増加しています。近年、治療効果の高い免疫抑制剤が開発され、急性拒絶による移植の失敗は少なくなっていますが、拒絶反応を完全に予防することはできず、移植直後からの拒絶反応診断は非常に重要です。現在、拒絶反応の確定診断には生検が行われていますが、この検査方法は、侵襲性が高く、患者さんの負担も大きい上に、感染症などのリスクもあります。また、拒絶反応は、必ずしも肝臓全体的に起きている訳ではなく、部分的に起こるため、生検で拒絶反応部位を採取できず診断を誤るリスクもあります。そこで、肝臓全体を非侵襲的、且つ高い精度で診断する方法の開発が望まれていました。FDG*5を用いたPET診断は、がんの診断に使われている手法で、国内の200以上の施設で実施されています。FDGは、腫瘍だけでなく炎症部位にも集積することが知られており、炎症状態の診断にも利用できることが考えられていましたが、肝移植の拒絶反応の診断に使えるかどうかの検討は行われていませんでした。そこで、辻らの研究グループは、ラット同所性肝移植モデルを用いて、FDG-PETが肝移植の拒絶反応の診断に応用可能かどうか検討しました。

研究手法と結果

1)研究方法

主要組織適合性複合体(MHC)*6の異なるDAラットとLEWラット*7を用いて、非拒絶群(LEWラットの肝臓をLEWラットに移植、MHCの遺伝子型が同じなので拒絶は起こらない)と急性拒絶群(DAラットの肝臓をLEWラットに移植、MHCの遺伝子型が違うので拒絶が起こる)のラット同所性肝移植モデルを作製しました。移植2日後から9日後まで経時的にFDG-PETを行い、画像解析を行いました。また、急性拒絶群に免疫抑制剤のタクロリムス*8を、移植直後から8日後まで投与し、同様にFDG-PETを行い、画像解析を行いました。

2)研究結果

非拒絶群では、FDGの肝臓への集積はほとんど変化しないのに対し、急性拒絶群では、日に日に集積が増加していくことがわかりました(図1)。すでに移植2日後には、両者の間に統計的有意差があり、拒絶反応の初期にFDG-PETで診断できることが示されました。また、FDGの肝臓への集積は、不均一であり、臨床と同様の結果が得られました。病理解析の結果(図2)、FDGの集積部位と炎症細胞の集積部位が一致したことから、臨床において、FDGの画像を元に生検することで、より精度の高い診断の可能性が示されました。さらに、急性拒絶群に免疫抑制剤を投与した群では、FDGの集積が増加しませんでした(図1)。このことから、免疫抑制剤による治療の効果判定にもFDG-PETが応用可能であることが示されました。

PETイメージ
(図1)PETイメージ(矢印の部分に肝臓がある)

非拒絶群(拒絶反応がないラット)では、2日後から9日後まで、肝臓の部分に大きな変化は見られない。一方、拒絶群(拒絶反応を起こすラット)では、5日後には肝臓の部分にFDGが集積し、9日にはさらに強く集積している。治療群(本来拒絶反応を起こすラットだが、免疫抑制剤を投与したラット)では、ほとんどFDGの集積が見られず、治療により拒絶反応が回避されている状況が画像上で判別できた。

肝臓のFDG の集積とヘマトキシリン・エオジン
(図2)肝臓のFDGの集積とヘマトキシリン・エオジン(HE)染色(移植3日後)

実験に供したラットから肝臓を取り出し、FDGの集積と、HE染色による炎症状態を比較した結果。非拒絶群の肝臓は全体としてFDGの集積が少なく、HE染色を行っても炎症は観察されなかった。一方、急性拒絶群では、肝臓全体にFDGの集積が見られ、また部分的に強く集積している部分が観察された。FDGが特に強く集積した部分についてHE染色を行ったところリンパ球の浸潤などの炎症反応が観察された。

本研究の成果と今後の展望

今回の研究成果は、肝移植における急性拒絶反応や免疫抑制療法の治療効果を非侵襲的にもっとも一般的なPET診断法であるFDG-PETで診断できることを示したもので、移植患者の検査負担の軽減や移植の成功率のさらなる向上に役立つことが期待されます。

FDG-PETは、がん診断のために国内の多くの病院にも導入されており、それらのシステムがそのまま拒絶反応診断に転用することが可能なことから、臨床試験を早期に開始することも可能です。

用語解説

*1)分子イメージング研究

生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化すること。生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。放医研ではPET(陽電子断層撮像法)*3およびMRI(核磁気共鳴撮像法)装置を用いて腫瘍イメージング研究や精神・神経疾患など4つの分野について研究を行っている。

*2)ラット同所性肝移植モデル

同所性肝移植とは、肝移植の手術方法の一つであり、元の肝臓を取り新しい肝臓を同じ場所に移植する方法を示す。ラット同所性肝移植モデルとは、肝臓を摘出し他のラットの肝臓を元の場所に移植したラットのこと。ヒト臨床に近いモデルであると考えられている。

*3)PET(陽電子断層撮像法)

Positron emission tomographyの略称。画像診断装置の一種で陽電子を検出することによって様々な病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理し画像化する技術。

*4)生体組織診断(生検)

病変検出のためのスクリーニングや病変部の質的診断を目的に身体組織の一部を採取し病理診断を行うこと。バイオプシー(biopsy)とも呼ばれる。

*5)FDG-PET

がん診断・検診のために広く用いられている方法。診断薬としてFDG(フルオロデオキシグルコース)を用いてPET装置で診断する。肝臓移植の拒絶反応に特別に用意することが不要で、がん診断・検診のためのシステムの利用効率を上げることも期待できる。

*6)主要組織適合性複合体(MHC)

主要組織適合(遺伝子)複合体は、ほとんどの脊椎動物がもつ遺伝子領域であり、免疫反応に必要な多くのタンパクの遺伝子情報を含む大きな遺伝子領域のことを示す。MHCには主要組織適合遺伝子複合体抗原と呼ばれる糖タンパクの情報が含まれている。この抗原が細菌やウイルスなどの感染病原体の排除や、がん細胞の拒絶、臓器移植の際の拒絶反応などに関与し、免疫にとって非常に重要な働きをする。

*7)DAラットとLEWラット

いずれも実験動物用のラットの系統の一つである。DAラットは、Dark Agoutiラットのことであり、毛色が野生色。LEWラットとは、近交系ラットの一つであり、毛色が白(アルビノ)。これらのラットは、同じ系統のラット同士であれば上述のMHCが同じなので、拒絶反応は起こらない。しかし、例えばDAラットの肝臓をLEWラットに移植すると、MHCが異なるので免疫系の反応により拒絶反応が起こる。

*8)タクロリムス

Tacrolimus;藤沢薬品工業(現アステラス製薬)が開発・製造・販売している免疫抑制剤の一種の薬剤である。臓器移植あるいは骨髄移植後の患者の拒絶反応を抑えるための薬剤として世界で広く使用されている。

問い合わせ先

国立研究開発法人 放射線医学総合研究所 企画部 広報課
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:05;nfo@nirs.go.jp