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千葉地区共通情報

重粒子線が生成する活性酸素の可視化に成功~MRIによる画像化~

掲載日:2018年12月26日更新
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概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴以下、放医研)は、重粒子線※1を照射したゼラチンの内部で発生する活性酸素※2の分布を画像化することに世界で初めて成功しました。この成果は、重粒子医科学センター※3(鎌田正センター長)粒子線生物研究グループ(岡安隆一グループリーダー)放射線効果修飾チームの松本謙一郎主任研究員、および同、安西和紀チームリーダー、放医研分子イメージング研究センターの青木伊知男チームリーダー、昭和薬科大学の遠藤和豊教授、山本晴彦元神奈川大学教授、永田桂実習生らの研究グループによるものです。

水に放射線が当たると、水中に溶けている酸素と反応することにより、活性酸素が生成されることが知られています。しかし、放射線による活性酸素の発生と分布を画像として視覚的にとらえた例はこれまでありませんでした。

本研究では、活性酸素を捉える薬剤「ニトロキシルラジカル※4」を人体の生体組織に近いゼラチンで固めた試料に重粒子線を照射し、高磁場MRI装置により測定して、活性酸素が発生している場所の画像化に成功しました。

活性酸素の発生部位とその量が可視化できたことにより、放射線治療において、がん組織以外の正常組織を抗酸化剤※5により計画的に保護できる可能性が得られました。放医研では、この成果を活用して重粒子線治療を高度化し、これまで以上にきめ細かい重粒子がん治療の実現を目指します。

本研究の成果は、米国磁気共鳴医学会の科学雑誌『Magnetic Resonance in Medicine』5月号に掲載されています。

1.背景

放射線の生体への作用は、放射線が直接DNAを切断する直接作用と、放射線が体内で活性酸素を生成し、この活性酸素を介して作用する間接作用と2通りがあります。がん治療の場合、直接DNAを切断する作用は、放射線を照射する位置や量で制御しています。他方、活性酸素は、水に放射線が当たって生じる反応性の高い分子と、水中に溶けている酸素とが反応することにより生成するため、活性酸素の発生量や発生箇所をとらえてこれを抑制することができれば、治療時に正常な細胞の保護に用いることができます。重粒子線の生体への作用では、他の放射線治療と比較して活性酸素の発生量が少ないことは分かっていましたが、X線やγ線を含め、活性酸素の発生量や場所を視覚的にとらえた例はありませんでした。

近年、水溶液試料を用いた実験で、重粒子線を照射した水中に活性酸素種の1つであるヒドロキシルラジカル※6が生成する事実が報告されています。また活性酸素の消去剤(抗酸化剤)として知られるジメチルスルホキシドが、細胞への重粒子線の作用を少なくする事実も報告されています。すなわち、抗酸化物質を治療に併用してがん組織の周囲の正常組織を保護してやることが、今後の重粒子線治療の1つの方向性と考えられます。放医研では、従来以上にきめ細かいがん治療(高度化)を目指しています。そのために、重粒子線を照射した試料内部のどこにどれだけの活性酸素が発生するのかを視覚的にとらえることが重要であると考えて研究を進めてきました。

2.研究手法と成果

ニトロキシルラジカル(抗酸化物質)を含む反応溶液に人体の生体組織に近いゼラチンを加えて、プラスチック製の容器に入れて固めた試料を作成しました。この試料にある方向から、がん治療に用いられている炭素線を照射した後、この内部の様子を7テスラの高磁場MRIで撮像しました。T1強調MRI画像の信号強度の変化から、試料の炭素線照射部位における活性酸素の生成量を求めてその分布を画像で観察しました(図1)。これは、ニトロキシルラジカルが活性酸素と反応してそのMRI造影効果※7を失うことを利用して、活性酸素が発生した部位で画像強度が減弱する様子を画像としてとらえたものです。この画像から活性酸素の生成量を調べると、浅い部分からほぼ一定であり、ビーム終末※8付近(がん患部に相当)で小さいピークを見せることが分かりました(図2)。また、ビーム終末より深部(正常組織に相当)では活性酸素の生成はほとん殆ど見られませんでした。さらに、同じ線量のX線と比べると、重粒子線が生成する活性酸素の量は約1/3以下であることが確認できました。

この成果により、重粒子線がん治療に抗酸化剤を併用し、活性酸素の生成を抑制することによって、より効果的でかつ安全ながん治療を実現できる可能性が強まりました。またこのときに、どこへ抗酸化剤を作用させればよいかという極めて重要な情報も同時に得られました。

明るい部分の中に影のように見えている部分が活性酸素の発生 した部分に対応しています。
(図1)明るい部分の中に影のように見えている部分が活性酸素の発生した部分に対応しています。 画像を詳しく解析した結果、活性酸素生成量は浅い部分からほ ぼ一定ですが、ビーム終末付近で小さいピークを示しました。
(図2)画像を詳しく解析した結果、活性酸素生成量は浅い部分からほぼ一定ですが、ビーム終末付近で小さいピークを示しました。

3.今後の展開

本研究の結果を踏まえて、活性酸素の生成を局所で抑制することで、これまで以上にきめ細かい重粒子がん治療が実現できる可能性を見いだすことができました。この研究で用いたニトロキシルラジカルは、がん組織のMRI画像診断にも利用できます。また、それ自体も活性酸素を消去する効果を持っていますので、1回の投与で診断、治療時の活性酸素低減が可能です。今後、測定条件の最適化・高感度化、また、ニトロキシルラジカルの集積化により、さらなる重粒子線治療の高度化に貢献するものと考えています。また、X線やγ線を用いた治療においても、活性酸素を視覚化する技術を活用することができますので、通常の放射線治療への展開も期待できます。

本研究は、重粒子線の照射によって生体を模擬した試料内部で起こる化学反応を、分子イメージングの技術を駆使して視覚化することに成功したものです。放医研では、今後も各センターが協力しあって、がんを初めとするさまざまな疾病への臨床応用を目指した革新的な技術の開発および新たな情報の取得に取り組んでいきます。

用語解説

※1 重粒子線

加速器を使って作られる放射線の一種で、陽子より大きな質量を持った原子核からなる放射線を重粒子線と呼んでいます。放医研では、HIMACと呼ばれる大型加速器を用いて、炭素イオンを加速したビームをがんの治療に利用しています。HIMACでは鉄などの比較的重たい原子まで加速することが出来ます。

※2 活性酸素

酸素が化学的に活性になった化学種を指す用語です。一般に非常に不安定で強い酸化力を示します。狭義にはヒドロキシルラジカル、スーパーオキサイド、過酸化水素、一重項酸素の4つを指します。活性酸素は高い反応活性を持ち、外部から入り込んできた異物(微生物)の排除が可能であることがわかってきているため、この性質を応用することにより病気の治療や新薬の開発への貢献が期待されています。

※3 重粒子医科学センター

放射線医学総合研究所の5つの研究センターの1つで、主に、炭素イオンを加速器で高速に加速して作られる重粒子線によるがん治療および関連の研究開発などを行っている部署です。重粒子線による最先端の放射線治療を主導する研究機関として、治療法のさらなる高度化と全国的な普及を目指した研究開発に取り組んでいます。当センターで行っている重粒子線がん治療は、厚生労働省より先進医療として承認され、平成6年の治療開始以来、患者さんの総数は4,500名(平成21年3月現在)を超え、毎年の治療人数も年々増加しています。本成果は、当センターで行っている重粒子線がん治療における副作用の低減化や高度化などの研究の一環として得られたものです。

※4 ニトロキシルラジカル(別名:ニトロキシド)

分子上に比較的安定な不対電子を1つ持つフリーラジカルで、電子スピン共鳴(ESRまたは電子常磁性共鳴:EPR)を利用した測定の際に分子プローブとして用いられています。不対電子を持つので常磁性物質であり、T1造影効果を利用してMRIでも検出が可能です。当所が平成21年1月29日にプレス発表した「見える抗癌剤」の成果でもニトロキシルラジカルのMR造影効果を利用しています。

※5 抗酸化剤

物質の酸化を防ぐ薬剤のことです。保護すべき物質よりも酸化されやすく、つまり、その物質に代わって自分が酸化を受けることによって、その物質の酸化を防ぎます。ヒドロキシルラジカルやそのほかのフリーラジカルは、一般に物質を酸化する力が強い場合が多いので、それらと特異的に反応して消去するいわゆるフリーラジカル消去剤も抗酸化剤と呼べます。

※6 ヒドロキシルラジカル

活性酸素種の中でも最も反応性に富む分子種です。

※7 造影効果

試料の本来持っている緩和時間を変化させる薬剤(造影剤)等を用いて、MRIの画像強度を部分的に変化させ、見ようとする部位あるいは見ようとする化学変化を画像に現す効果のことを言います。例えば、がん組織に特異的に集まる造影剤を用いれば、がん組織を画像に浮かび上がらせることができるので、がんの診断が行えます。本研究では、活性酸素の発生部位を画像に浮かび上がらせるために、活性酸素と反応して造影効果が無くなる薬剤を用いて試料内部での活性酸素の発生を調べました。

※8 ビーム終末

重粒子線は、物質中をある程度の深さまで進むと、ビーム終末で急激にその物質に与えるエネルギーの量が大きくなります。ここで全てのエネルギーを物質に与えて停止してしまい、それ以上深くには重粒子線のビームが到達しません。

問い合わせ先

国立研究開発法人 放射線医学総合研究所 企画部 広報課
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail:05;nfo@nirs.go.jp