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統合失調症の原因究明に進歩~統合失調症では視床の神経伝達が変化する~

掲載日:2018年12月26日更新
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概要

独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴、以下、放医研)分子イメージング研究センター※1分子神経イメージング研究グループ(須原哲也グループリーダー)脳病態研究チームの荒川亮介博士研究員らは、陽電子断層撮影(PET※2)装置を用いて統合失調症患者の脳内では視床(脳内情報統合部位)のドーパミントランスポーターが増加しており、さらにその量が統合失調症の重症度と関連することを明らかにしました。

これらの結果は、統合失調症の病態仮説でもっとも信憑性が高いとされるドーパミン仮説※3の一部を証明するものであり、統合失調症の原因解明や治療法の開発に道を開くものです。

本研究成果は、文部科学省「分子イメージング研究プログラム」PET疾患診断研究拠点(研究総括独立行政法人放射線医学総合研究所菅野巌分子イメージング研究センター長)の一環として行われました。

放医研および日本医科大学、慶応義塾大学との共同研究により得られたものであり、英国の精神医学雑誌「Journal of Psychiatric Research」2009年5月19日のオンライン版に掲載されています。

研究の背景と目的

統合失調症は、人口の約1%が罹患するとされており、幻覚、妄想、無為、自閉、認知機能障害等のさまざまな症状が認められます。しかし、その原因については不明な点が多く、いまだに解明されていません。脳内では、神経細胞から放出されたドーパミンを細胞内に取り込むドーパミントランスポーターと呼ばれるタンパク質がドーパミン分泌量の調節を行っています。このことから、統合失調症患者ではドーパミントランスポーターの量に変化が起きていることが予測されており、神経伝達物質のひとつであるドーパミンの反応が過剰になることにより、統合失調症が発症するとしているドーパミン仮説が、もっとも信憑性が高いと考えられています。しかしながら、これまでのPETやSPECT※4を用いた研究では、脳内の線条体という限られた場所のみを対象としており、統合失調症患者のドーパミントランスポーターは、健常者と比較しても変化がみられないと報告されていました。

近年、スウェーデンで開発された[11C]PE2IというPETトレーサー※5により、線条体だけでなく、脳内の視床や黒質においてもドーパミントランスポーターの変化を測定する事が可能になりました。当研究グループは、脳に入る様々な情報を統合する役割を担っている脳の視床の働きに着目し、この場所におけるドーパミントランスポーターに関する研究を推進しました。このPETトレーサーを用いて、統合失調症患者と健常対照者の視床を含めたさまざまな脳内部位のドーパミントランスポーターの量を測定し、両者を比較しました。また、統合失調症患者のドーパミントランスポーターの量と臨床症状指標との相関をとることで、統合失調症の重症度との関連を調べました。

研究手法と結果

1)研究方法

本研究では8名の統合失調症患者と12名の健常対照者に[11C]PE2Iを用いたPET検査を行い、脳内のドーパミントランスポーターの量(結合能)を測定しまし(図1)、脳内の様々な部位でのドーパミントランスポーターの量を比較しました。患者群では、PANSSの指標※6を用いて検査当日の臨床症状の評価行い、PANSS指標の得点との関連を検討しました。

脳内の[11C]PE2IによるPET画像。
図1 脳内の[11C]PE2IによるPET画像。

2)結果

統合失調症患者群では、健常対照群と比較して約30%の視床ドーパミントランスポーターの増加が認められました(図2)。また、患者群の視床ドーパミントランスポーターはPANSS指標の総得点、陽性尺度、陰性尺度と正の相関が認められました(図3)。

健常対照群と統合失調症患者群の視床への[11C]PE2Iの結合能
図2 健常対照群と統合失調症患者群の視床への[11C]PE2Iの結合能。
統合失調症患者群の視床への[11C]PE2Iの結合能とPANSS指標の総得 点。
図3 統合失調症患者群の視床への[11C]PE2Iの結合能とPANSS指標の総得点。

本研究成果と今後の展望

健常対照群に較べると、統合失調症群の視床のドーパミントランスポーターの量は多く、また、重症度が高くなればなる程ドーパミントランスポーターの量が増加傾向にあるという結果が得られました。これらの結果から、統合失調症患者の視床ではドーパミントランスポーターが増量し、ドーパミン神経の活動が過剰になっていると考えられます。これまでにも、統合失調症に関して視床のドーパミンD2受容体の量が減少している事が報告されており、これらのことを考慮すると、視床のドーパミン神経系の過剰活動が、情報の統合に乱れを生じさせ、統合失調症の重大な原因となっている可能性が高いと言えます。本結果は、統合失調症におけるドーパミン仮説を強く支持するものと考えています。

統合失調症を含めた精神疾患では、原因が不明なものが多く、また、客観的な指標による評価が難しいのですが、今回の研究成果のようにPETによる精神疾患の原因解明は、最適な治療薬や治療法の開発に大きく貢献すると期待できます。

用語解説

※1)分子イメージング研究

生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化すること。生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。放医研ではPET(陽電子断層撮像法)およびMRI(核磁気共鳴撮像法)装置を用いて腫瘍イメージング研究や精神・神経疾患など4つの分野について研究を行っている。

※2)PET

Positron emission tomographyの略称。画像診断装置の一種で陽電子を検出することによって様々な病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理によって画像化する技術。

※3)ドーパミン仮説

統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想など)は基底核や中脳辺縁系ニューロンのドーパミン過剰によって生じるという仮説。ドーパミンは中枢神経系に存在する神経伝達物質で、アドレナリン、ノルアドレナリンの前駆体でもある。

※4)SPECT

単一光子放射断層撮影(Single photon emission computed tomography;SPECT)とは、人体の画像診断法の一つ。通常は、略してスペクト(SPECT)と呼ぶ。体内に投与した放射性同位体から放出されるガンマ線を検出し、その分布を断層画像にしたもの。PETと同じく、生体のさまざまな機能を観察することを目的に使われ、従来のCT装置では確認できなかった血流量や代謝機能の情報が得られるため、脳血管障害、心臓病、癌の早期発見に有効とされる。

※5)トレーサー

PET装置のがん診断・検査に使用する放射性物質(ポジトロン標識薬剤)。一般的な標識薬剤は、[11C]チミジン、[11C]メチオニン、[18F]FDG(フルオロデオキシグルコース)などある。[11C]PE2Iは、コカインと類似した化合物であり、ドーパミントランスポーターに対して選択性の高いPET検査用のトレーサーである。

※6)PANSSの指標

Positive and Negative Syndrome Scaleの略称。統合失調症の症状評価で最もよく使われる指標のひとつ。陽性尺度、陰性尺度、総合精神病理評価尺度の3つのカテゴリーからなる。

問い合わせ先

国立研究開発法人 放射線医学総合研究所 企画部 広報課
Tel:043-206-3026
Fax:043-206-4062
E-mail: info@nirs.go.jp