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がん細胞の“振る舞い”が見えるメダカ―がん研究の新しい実験モデルの開発に成功―

掲載日:2018年12月26日更新
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平成21年8月4日
独立行政法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴)
分子イメージング研究センター*1長谷川 純崇 研究員
放射線防護研究センター*2丸山 耕一 主任研究員

概要

緑色蛍光タンパク質(GFP)*3を導入したメダカのがん細胞を世界で初めて開発しました。これをメダカの体内に移植することで、生きたメダカの体内でがん細胞が増殖したり転移したりする“振る舞い”を観察することに成功しました。この成果を活用することで、生体内のがん細胞を観察しながら放射線の照射効果や抗がん剤の効果を確認することが可能となります。メダカは魚類ですが、がん細胞の振る舞いにはヒトと共通するメカニズムが多く存在すると考えられ、がんの基礎研究や治療研究のがん研究の新しい実験モデル*4として幅広く活用されることを期待しています。

本研究成果は、8月4日に、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)オンライン版に掲載されます。この専門誌は、生物科学・医学の分野で特にインパクトの大きい論文が数多く発表されており、総合学術雑誌としては、ネイチャー、サイエンスと並び重要とされています。

1.背景

がんの本態を解明する基礎的研究や放射線療法などのがんの治療法開発研究を行うには、がんのモデル動物*4の作製が不可欠です。現在は、主にマウスが使用されており、がん発生にかかわる特定の遺伝子を破壊したノックアウトマウスなど遺伝子改変マウス*5やヒトがん細胞を移植したマウスなどが開発され、多くの知見が得られています。しかし、マウスは皮膚が透明でないため、体内で日々刻々と起こるがん細胞の増殖や転移の過程を外表面から観察することができない課題がありました。生体内のがん細胞の増殖や転移過程を、がんを持った動物個体を生かしたまま、肉眼で観察し、詳しく調べることができれば、がんの本態解明や新しい治療法を開発していく上で非常に大きな進歩となります。この研究グループは、以前からメダカを使った研究を活発に行っており、個体間の遺伝的相違がほとんどない近交系メダカ*6の樹立や放射線影響研究など、メダカ研究の分野で世界をリードしてきました。今回、透明な皮膚のために体内の臓器を顕微鏡により観察できる小型魚類メダカに注目し、メダカのがん動物モデル*4の作製を試みました。

2.研究手法と成果

この研究グループは、20年ほど前にメダカのメラノーマ(黒色腫)がん細胞*7を世界に先駆けて樹立しました。これを活用して、緑色蛍光*3遺伝子を導入し「光るメダカがん細胞」*8を世界で初めて作製しました(図1)。免疫学的な拒絶反応がおきないように、近交系メダカ*6の腹腔内、もしくは、皮下に光るメダカがん細胞を移植したところ、体内に生着し、増殖していく様子を約2か月間にわたり直接観察することに成功しました(図2)。また、増殖しているがんの部位を高倍率の顕微鏡で観察したところ、生体内で増殖している個々のがん細胞が観察できました。このように、生きたままの生体内にある一つ一つのがん細胞を詳細に観察できることが、メダカがん動物モデルの大きな特徴です(図3)。

さらに、このモデルの放射線影響研究における有用性を調べるために、大量のX線(X線検査の5万倍)を照射したメダカに光るメダカがん細胞*8を移植したところ、照射をしなかったメダカに比べて高率にがん細胞が転移することを確認しました。この転移の様子も、比較的簡単に観察することができました(図4)。

光るメダカ細胞の作製
図1 光るメダカ細胞の作製

メダカのがん細胞が緑色の蛍光を発している。

メダカ体内でのがん細胞増殖の変化
図2 メダカ体内でのがん細胞増殖の変化

光るがん細胞をメダカ尾ひれの近くに移植した(移植翌日)。時間経過とともにメダカ体内でがん細胞が日を追って増殖していく様子見られる。

メダカ体内で増殖する一つ一つのがん細胞の観察
図3 メダカ体内で増殖する一つ一つのがん細胞の観察

左図:高倍率で観察すると、メダカ体内で増殖しているがん細胞一個一個がはっきりと観察できた(矢印)。右図:マウスモデルの例。このような観察は困難であり、がん細胞からの蛍光は認められるものの、一つ一つの細胞が認められるほどの詳細な観察ができない。

メダカ体内で増殖する一つ一つのがん細胞の観察
図4 放射線照射メダカで見られたがん転移

左図:尾ひれ近くにがん細胞を移植したところ(白矢印)、数日後、眼の周囲にがんが転移している(黄色矢印)。右図:がんの転移巣を拡大した写真。

3.今後の展開

この成果により、生体内で増殖や転移するがん細胞の“振る舞い”を簡単に観察できる非常にユニークな動物モデルが完成しました。こうした“振る舞い”をリアルタイムに直視下で観察できるようになったことで、がん細胞の本態解明に深く迫れる可能性が出てきました。また、メダカがんモデルは、重粒子線治療をはじめとする放射線治療や抗がん剤治療の効果を調べることにも有用であると考えられます。さらに、放射線によるがんへの影響研究にも有用であると考えられ、今後、がん研究に大きく貢献することを期待しています。

用語解説

*1 分子イメージング研究センター

体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化する研究のこと。生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。本成果に使用したMRI(磁気共鳴画像)装置によるがん治療に関する遺伝子機能発現解析研究もその一分野として行っている。放射線医学総合研究所では、PET(陽電子断層撮像法)およびMRI(磁気共鳴撮像法)装置を用いて腫瘍イメージングや精神・神経疾患など4つの分野について研究を行っている。

*2 放射線防護研究センター

放射線防護研究センターは、放射線を安全に安心して利用するために、放射線がヒトや生物種にどれほどの影響を及ぼすのかについて、その仕組みの解明や定量的な評価を目指して研究をおこなっています。

*3 緑色蛍光タンパク質(GFP)

Green Fluorescence Proteinの略、蛍光タンパク質の一種で緑色蛍光タンパク質という。昨年、このタンパク質を発見した下村脩博士がノーベル賞を受賞した。

*4 実験動物モデル・モデル動物・動物モデル

ヒトの病態に近い症状を持つ実験動物のこと。ヒトの病気の原因や治療法などを解明するために作製された実験動物であり、主にはマウス(ハツカネズミ)が使われ、がんや高血圧・糖尿病など様々なモデル動物が作製され、病気の解明に役立っている。

*5 遺伝子改変マウス

ヒトの遺伝子をマウス体内に組み込んだり、マウス自身の遺伝子に変異を導入したりすることにより人為的に作製されたマウスのこと。病態と遺伝子との関係を解析する、或いは遺伝子の働きを動物個体内で直接解析するなどの目的で作製されたマウスであり、主には遺伝子導入(トランスジェニック)マウスや遺伝子欠損(ノックアウト)マウスがある。

*6 近交系メダカ

実験動物において兄妹交配を20世代以上繰り返して作出した系統。近交系動物では個体間の遺伝的相違がほとんどないため、実験結果が均一になり実験動物として優れた点を持つ。また、同近交系間では移植後の拒絶反応がなくなる。放医研では、田口らによって世界に先駆けて約10系統の近交系が樹立され、実験動物としてのメダカが確立されている。放射線の生物影響や疾病の遺伝子レベルの解析など多くの研究に用いている。

*7 メラノーマ(黒色腫)がん細胞

メラニン細胞(メラノサイト)由来のがん細胞。メダカでは黒色素胞由来のがん細胞と考えられている。

*8 光るメダカがん細胞

GFPタンパク質を生成する遺伝子をゲノムDNAに組み込むことにより作製されたメダカのがん細胞。この細胞は常に蛍光を発しており、蛍光顕微鏡下で簡単に追跡することができる。

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