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量子生命・医学部門

ブロッコリーの抽出物スルフォラファンに放射線の増感作用があることを発見~がん治療において放射線との併用療法への可能性~

掲載日:2018年12月26日更新
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平成21年8月28日
独立行政法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴)
重粒子医科学センター(鎌田正センター長)
粒子線生物研究グループ*1岡安隆一グループリーダー、于冬研究員
茨城県立医療大学(学長:小山 哲夫)
保健医療学部放射線技術科学科 窪田 宣夫 教授・副学長の共同研究

概要

細胞培養実験と動物実験により、がん予防に効果を示すことで有名なブロッコリースプラウトなどからの抽出物であるスルフォラファン*2に、放射線に対する増感作用があることを世界で初めて確認しました。将来的には、放射線と化学物質スルフォラファンとを併用するがん治療法が考えられ、新しい化学・放射線療法の可能性を開くものと期待しています。

本研究成果は、平成21年9月1日、欧州の代表的な(同分野141雑誌の中で6番目に総引用数が多い)腫瘍学に関する専門誌であるInternational Journal of Cancerに掲載されます。

背景

スルフォラファンはブロッコリー、カリフラワー、キャベツなどに含まれる辛み成分で、1990年代のはじめに米国ジョンズ・ホプキンス大学のタラレー博士らによって、がん予防に効果があることが発見されました。そのほか、解毒作用、抗酸化作用などがあり、有用な物質であることも明らかにされています。最近ではピロリ菌の除菌効果があることも報告されています。また、がん予防とは違った視点から、細胞周期を停止させることやアポトーシスの誘発によりがん細胞の増殖抑制に寄与するという報告もなされています。2008年には、放射線医学総合研究所の関根研究員らが、スルフォラファンのみをがん細胞に投与すると、DNAの二重鎖切断*3が起こることを発見しました。しかしながら、これまでに放射線との相互作用を研究した例はありませんでした。このグループでは、スルフォラファンが放射線の治療効果を増感する効果があれば、併用によりがん細胞殺傷効果が高まり、がん治療の新しい可能性をひらく可能性があると考えて研究を進めてきました。

研究手法と結果

典型的ながん細胞のHeLa細胞*4をスルフォラファンで前処理した後にX線照射をすると、スルフォラファンの処理がないものと比べて、細胞の生存率が有意に減少しました(図1)。この結果は、スルフォラファンが放射線の効果を増感して、がん細胞が効率的に死滅したことを示しています。

研究手法と結果の画像1

図1 HeLaがん細胞を20μlのスルフォラファンで24時間前処理、その後X線照射した細胞の生存率を放射線の線量の関数で表したグラフ。スルフォラファンで処理した細胞(○)は処理なし細胞(●)と比べ、生存率が有意に下がっていることが分かります。
放射線増感作用の原因を調べるために、X線によって起こされるDNAの損傷でもっとも深刻であるとされるDNA二重鎖切断の修復過程に着目しました。スルフォラファンを添加した細胞群(スルフォラファンは広く溶媒として使われているジメチルスルホキシド(DMSO)で溶解しており、図中ではSFNとのみ記入)と未処理の細胞群をX線照射した後に、電気泳動法によりDNA二重鎖切断・修復を観測しました。その結果、スルフォラファンを添加した細胞は、切れたDNAの修復が遅く、残った損傷も多いことが分かりました(図2)。さらに、DNA二重鎖切断修復では、2種類の典型的な修復経路(相同組み換えと非相同末端結合)が知られていますが、スルフォラファンはその両方に影響を与えていることも示されました。その結果の一部として、スルフォラファンとX線を併用した場合は、細胞の死に方の一種である細胞死(アポトーシス)*5の増加も有意に認められています(図3)。これらの結果からと、スルフォラファンと放射線を併用することで、照射する線量を少なくしても同レベルのがん殺傷効果が得られ、放射線の正常細胞への影響を軽減することが可能にことが期待できます。

研究手法と結果の画像2

図2 電気泳動法を用いDNA二重鎖切断・修復を観測した例。スルフォラファンを加えた後、X線照射したがん細胞とスルフォラファンなし(DMSOのみ)の細胞を比較しています。A:電気泳動後の写真で、下に出てくる像が切断されたDNAを表す。スルフォラファンを加えた細胞では切れたDNAの回復が遅く、残った損傷も多いことが分かります。B:Aを定量化した結果で、スルフォラファン添加群(□)は、対照群(■;DMSOのみ)に比べ、修復が悪いことが分かります。

研究手法と結果の画像3

図3 アポトーシスのでき方をスルフォラファンのみ、X線のみ、両者併用の場合の3群で比較したデータ。A:アポトーシスの指標としてPARPとCaspase3という蛋白の発現量が、特に併用の場合に多くなっていることが分かります。B:他のアポトーシスの指標として細胞周期上で、サブG1期の細胞が増えていることが、特に併用療法の場合に明らかなことが分かります。
マウスに移植腫瘍を施した動物実験では、X線のみ、スルフォラファンのみ、スルフォラファンとX線の併用をした実験群を比べ、併用療法をした腫瘍の成長が単独の場合と比べて、抑制されていることが分かりました(図4)。スルファらファンの投与はX線照射の前に4回、照射後に4回腹腔に注射したときの結果です。

研究手法と結果の画像4

図4 マウスを用いて、HeLa細胞でマウスの足に移植腫瘍を作り、その腫瘍にスルフォラファンのみ、X線のみ、両者を併用した場合の3群で、がんの成長をその体積で示した。スルフォラファン単独(●)、ガンマ線単独(■)でもがんの成長率は落ちるが、併用(○)によってがん抑制効果が強まることが分かる。□は処理をしていない対照群を示す。
以上のことから、スルフォラファンはがん細胞の実験においても、また動物を用いた実験においても、放射線増感効果があることが明らかになりました。これらのデータは、今後の放射線・化学物質を用いるがん治療においてスルフォラファンとの併用療法の可能性を示すものと考えられます。

今後の展開

今後、放射線・化学物質を用いた併用療法に結び付ける一手段としては、スルフォラファンはイソチオシアネート系*6の化合物であるため、他の同系の物質にも同じような増感作用があるか否かの検討を進めることが考えられます。さらにX線やガンマ線との併用に加えて、放医研でがん治療を行っている重粒子線と併用した場合にはどのような結果が得られるかかが注目されます。これらに関しては現在、研究を進めているところです。

用語解説

*1 重粒子医科学センター

放射線医学総合研究所の5つの研究センターの1つで、主に、炭素イオンを加速器で高速に加速して作られる重粒子線によるがん治療および関連の研究開発などを行っている部署です。重粒子線による最先端の放射線治療を主導する研究機関として、治療法のさらなる高度化と全国的な普及を目指した研究開発に取り組んでいます。当センターで行っている重粒子線がん治療は、厚生労働省の先進医療として承認され、平成6年の治療開始以来、患者さんの総数は4500名(平成21年3月現在)を超え、年々増加しています。本成果は、重粒子線がん治療を推進するために必要な基礎生物学などの研究成果の一つとして得られたものです。

*2 スルフォラファン

スルフォラファンは、ブロッコリー、特にブロッコリーの新芽であるブロッコリースプラウトにより多く含まれている辛み成分です。これは、がん予防に効果があることが発見されているほか、解毒作用、抗酸化作用等として有用な物質であることも示されています。また、ブロッコリー以外で、スルフォラファンが含まれる食品は、菜の花、カリフラワー、キャベツなどがあります。

*3 DNAの二重鎖切断

DNAはリン酸・糖・4つの塩基からなる直鎖状で二重らせん構造をした遺伝物質であって、細胞分裂時に元のDNAとまったく同じコピーを2組作る。この二本鎖DNAの両鎖ともに切断が起こるために、細胞のDNA二重鎖切断は細胞の致命的な損傷となります。

*4 HeLa細胞

HeLa(ヒーラ)細胞は、ヒトに由来するがん細胞株。世界で最初に分離・細胞株化され、試験管内で細胞を用いる医科学研究で広く用いられています。

5 アポトーシス

遺伝的にプログラムされた細胞死のことであり、細胞が自殺機構を働かせて自ら死滅していく現象。細胞の萎縮・核DNAの断片化などを伴う。

*6 イソチオシアネート系化合物

イソチオシアネート(Isothiocyanate)は、「-N=C=S」という構造を持つ物質のグループで、イソシアネートの酸素原子を硫黄原子で置換することによって得られます。アリルイソチオシアネートはカラシ油に含まれ、辛みの原因となっています。

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