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量子生命・医学部門

PET技術を用量設定に用いた新薬が製造販売承認-統合失調症治療薬の至適用量を画像化技術で設定-

掲載日:2018年12月26日更新
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PET技術を用量設定に用いた新薬が製造販売承認
-統合失調症治療薬の至適用量を画像化技術で設定-

2010年11月4日
独立行政法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴)
分子神経イメージング研究グループ(グループリーダー:須原 哲也)

本研究成果のポイント

  • PET※1技術を用いて用量設定試験を行った統合失調症の新規治療薬が製造販売承認を得た。
  • 正確な用量設定を少人数の被験者で、迅速に行うことができる技術として注目される。

統合失調症の治療薬は、用量の設定が難しい医薬品のひとつと言われ、既に市販されている治療薬においても設定された用量が不適切であったために、副作用が生じている可能性が指摘されています。

近年、抗精神病薬の作用機序の解明が進み、薬が標的である脳内分子に結合している割合(占有率※2)が薬効には重要で、占有率が少なければ臨床効果が無く、多すぎると副作用が現れることがわかってきました。PETを用いれば、このような結合の状態を画像化・数値化することが可能であるため、占有率を正確に測定することができます。

(独)放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴、以下、放医研)の分子イメージング※3研究センターのグループは、ヤンセンファーマ株式会社による治験(第II相試験)の一部として新規の統合失調症※4治療薬であるパリペリドン徐放錠※5の至適用量設定の評価についてPETを用いて行いました。その結果、6mg/日が副作用の危険がなく薬剤の特性をよく反映できる用量と予測されました。この設定法は、被験者へのカウンセリングに基づく従来法に比べて精度が高く、より少人数の被験者で迅速に行うことが出来ます。ヤンセンファーマ株式会社はこの結果を申請資料の一部に組み込み、2010年10月27日にパリペリドン徐放錠(製品名:インヴェガ®錠)の製造販売承認を取得しました。

本研究成果は、PETを含む分子イメージングの技術を医薬品開発に応用し、実際に製造販売承認に至った例として注目され、今後この技術は、更に他の医薬品開発にも利用されるものとして期待されています。

研究の背景と目的

これまで、統合失調症の治療に用いられる抗精神病薬※6の多くは、動物実験の結果をもとにヒトでの用量を大まかに決めたうえで被験者に投与し、その反応を医師等がカウンセリングにより確認し、至適な用量・用法を決定してきました。しかし、この方法では判断の客観性が問題となる可能性もあり、最近になり設定された用量が不適切であったために、動作障害などの副作用が生じている可能性が指摘されています。

脳に働く薬物は、神経伝達物質受容体やトランスポーターという脳内分子に結合することで作用を発揮します。よって、薬物がどの程度、受容体やトランスポーターに結合しているかを調べることによって、客観的に薬の効果を予測・判定することができます(図1)。脳内の薬物による受容体占有率は、PETを用いることにより計測が可能です。薬物のない状態で受容体と結合するPETプローブ※7を投与した場合、脳内の受容体には、神経伝達物質とPETプローブが結合します。しかし、あらかじめ薬物を投与しておくと、薬物も受容体に結合するため相対的にPETプローブの結合量が少なくなります。つまり、PETプローブの結合低下の割合を定量化することによって、薬物の受容体占有率を算出することが可能になります(図2)。

本研究では、ヤンセンファーマ株式会社の依頼に基づき、統合失調症の新規治療薬であるパリペリドン徐放錠を用いた治験の一部として、放医研の世界最高水準の分子イメージング技術を用いてこの薬物の脳内受容体占有率を調べました。

PETを用いた至適用量決定
図1 PETを用いた至適用量決定
受容体の占有率から薬物の脳内結合量を見積る
図2 受容体の占有率から薬物の脳内結合量を見積る

研究手法と結果

本研究では、パリペリドン徐放錠服用中の統合失調症患者13名を対象に、線条体のドパミンD2受容体※8占有率を測定し至適用量について検討しました。パリペリドン徐放錠の一日用量は3mgが6名、9mgが4名、15mgが3名でした。線条体のドパミンD2受容体結合能の測定に適したPETプローブである[11C]racloprideを用い、男性健常者13名のドパミンD2受容体結合能をベースラインとして占有率を算出しました(図3)。

受容体占有率が70%以上で薬が効果を発し、80%以上で動作障害などの副作用が出現するという報告(Farde et al.,1988)があることから、70-80%を適切なドパミンD2受容体占有率とすると、パリペリドン徐放剤の至適用量は6-9mg/日と考えられ、6mg/日が副作用の危険がなく薬剤の特性をよく反映できる用量と予想されました。

パリペリドンの用量と線条体のドパミンD2受容体占有率の関係
図3 パリペリドンの用量と線条体のドパミンD2受容体占有率の関係
[11C]racloprideを用いた線条体のドパミンD2受容体占有率は、
3mg/日で57.9±4.5%、9mg/日で77.4±6.6%、15mg/日で
80.4±6.1%であった。

本研究成果と今後の展望

医薬品の製造販売をする時には、厚生労働大臣から品目ごとにその製造販売についての承認を受けなければなりません。承認を受けるには、臨床試験の試験成績に関する資料その他を添付して申請する必要があります。臨床試験は主に第I相から第III相に分類され、第I相では「健康なボランティアを対象とした安全性の確認」、第II相では「少数の患者を対象とした安全性の確認と用法、用量の設定」、第III相では「多数の患者を対象として実際の治療に近い形で効果と安全性の確認」を行います。本研究は、第II相の一部として行われた研究で、統合失調症患者を対象にPETを用いて脳内のドパミンD2受容体占有率を測定し、パリペリドン徐放錠の至適用量を予測したものです。その結果、薬物の効果が得られ、かつ副作用が起こりにくい適切な用量を科学的に正確に導くことに成功しました。これらの結果は、今後、実際の臨床においてパリペリドン徐放錠が使用されるにあたり、安全に、かつ必要十分な薬効を得ることにつながると考えられます。放医研の分子イメージング研究センターは、PETによる画像研究の設備が整備されており、こうした研究環境を生かすことにより、今後も新規薬物の開発や病態の理解に役立てたいと考えています。

用語解説

※1 PET

PETとはPositron emission tomographyの略称で、陽電子断層撮像法のこと。PET装置は、画像診断装置の一種で陽電子を検出することにより様々な病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理によって画像化する。

※2 占有率

脳内の神経伝達を行う部位の一つである受容体への薬物の結合の程度を表す。薬物が受容体に全くないときは0%、すべての受容体に薬物が結合していると100%になる。

※3 分子イメージング

生体内で起こるさまざまな生命現象を外部から分子レベルで捉えて画像化することであり、生命の統合的理解を深める新しいライフサイエンス研究分野。体の中の現象を、分子レベルで、しかも対象が生きたままの状態で調べることができる。がん細胞のふるまいや、アルツハイマー病や統合失調症、うつ病といった脳の病気、「こころの病」を解明し、治療法を確立するための手段として期待されている。

※4 統合失調症

統合失調症は、10代後半から20代前半にかけて発病することが多い精神疾患で人口の約1%が発症し、幻覚・妄想、刺激に対して感情変化が見られない症状や意欲の減退といった症状を発現します。

※5 パリペリドン徐放錠

抗ドパミン作用により統合失調症の陽性症状(幻覚、妄想など)に優れた効果を示すとともに、抗セロトニン作用により陰性症状(感情的引きこもり、情動鈍麻など)にも効果を有するとされるパリペリドンを、24時間にわたって血漿中薬物濃度を安定させることで、1日1回投与による統合失調症治療を可能にした放出制御型徐放錠剤である。

※6 抗精神病薬

主として統合失調症の治療に使われる薬で、メジャートランキライザーとも呼ばれる。ドパミンの受け手となるドパミンD2受容体(※8)に対する強力な遮断作用を有することで、ドパミンの神経伝達が阻害され、妄想や幻覚といった症状を抑えるとされる。
一方、抗精神病薬の服薬量が増加し、ドパミンD2受容体を遮断しすぎると副作用を生じる。このことから、現在では、高い抗精神病効果と副作用を軽減させた類いの抗精神病薬が開発されるようになり、それまでの従来型抗精神病薬(第一世代抗精神病薬)と区別して、第二世代抗精神病薬と呼ばれている。

※7 PETプローブ

陽電子断層撮像(PET)装置を用いて画像診断を行うために必要な放射性薬剤(放射性同位元素で標識された化合物)のうち、腫瘍や精神・神経疾患の診断・検査等で用いられるものを指す。測定したい機能の種類に応じて適切なPETプローブを選択するが、本研究では[11C]racloprideを用いている。

※8 ドパミンD2受容体

ドパミンは中枢神経系に存在する神経伝達物質で、運動調節・認知機能・ホルモン調節・感情・意欲・学習などに関わると言われている。脳内の線条体と呼ばれる部位において多く認められている。ドパミンD2受容体は、そのドパミンと結合する神経受容体、ドパミン受容体の一つ。

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