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千葉地区共通情報

高線量率環境下で核種分析が行える測定器を開発

掲載日:2018年12月26日更新
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高線量率環境下で核種分析が行える測定器を開発、東京電力(株)福島第一原発の事故現場で性能が実証

平成23年6月21日
独立行政法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴)
緊急被ばく医療研究センター被ばく線量評価部外部被ばく評価室
鈴木 敏和 室長

本研究成果のポイント

  • 高線量率γ線環境下で核分裂生成物からのγ線を直接分析可能なスペクトロメータ「ハイドーズ・アイ」を開発した
  • 東京電力株式会社福島第一原子力発電所敷地内で測定に用いられた結果、Cs-137とCs-134が主たるγ線放出核種と特定された

独立行政法人放射線医学総合研究所は、高線量率の原子炉施設でもγ線エネルギー分析が可能な放射線測定装置(γ線スペクロトメータ※1、愛称「ハイドーズ・アイ」)を開発し、東京電力株式会社(以下、東京電力(株))福島第一原子力発電所の事故現場で東京電力(株)に貸与し実際に使用されたところ、十分な性能があることがわかりました。

この装置は上記現場内に散乱する瓦礫のγ線エネルギー分析に用いられ、空間線量を与える主たるγ線放出核種がCs-134とCs-137であることが確認されました。今後、原発事故現場における瓦礫の撤去や建屋内での汚染核種同定に大きく威力を発揮するものと期待されます。

現場を移動しながら行うγ線エネルギー分析ではNaI(Tl)やLaBr3(Ce)シンチレータを用いる場合が多いのですが、これらはエネルギー分解能※2が劣り、十分な核種識別が困難です。一方、エネルギー分解能の観点からはGe半導体検出器が最適ですが、液体窒素冷却装置又は電気冷却装置により-190℃以下に常時冷却しておく必要があります。そのため、高線量率環境下では非現実的な重量の鉛シールドを使用しなくてはなりません。

「ハイドーズ・アイ」は多層型CZT半導体※3を検出器に用い、高いエネルギー分解能を確保しつつ、冷却を必要としない超小型のシールド付半導体スペクトロメータです。これにより初めて、50mSv/hを超える高線量率環境下で、容易にγ線エネルギー分析が可能となりました。

大きさは直径11cm、長さ14.5cm、重量は15kgです。測定できるエネルギー範囲は30~1333keV※4で、I-131、Cs-134、137、Co-60など代表的な核種が測定できます。

この検出器は現時点ではパソコンに接続して使用しますが、将来的には携帯情報端末に接続して使用できるように開発する予定で、ロボット等に装着することにより、無人で建物内の核種の分布を計測するなどの活用が考えられます。表1に従来の検出器との比較を示します。

表1 検出器の性能の比較

検出器 ハイドーズ・アイ
(1cm×1cm×1cm)
NaI(Tl)
シンチレーション検出器
(3"サイズ)
LaBr3(Ce)
シンチレーション検出器
(1.5"サイズ)
可搬Ge半導体検出器
(電気冷却型)
(6.5cmφ×3cm)
エネルギー分解能 2.0% 7.0% 3.5% 0.002%
冷却 不要 不要 不要 必要
シールド付重量 15kg 200kg 35kg 320kg

研究の背景

γ線により放射性核種の種類を調べることができるγ線スペクトロメータ※1は、今回の事故でも食品や飲料水の分析に力を発揮しています。高いエネルギー分解能※2(以下、「分解能」)が必要な定量分析には検出器部分にゲルマニウム(以下「Ge])半導体が用いられ、食品などを分析する定置型の分析装置のみならず可搬型の分析装置にも使われています。このGe半導体は安定した電源が必要で使用時には液体窒素等で冷やさなければならず、可搬型にした場合は装置が大型になってしまうという欠点がありました。

今回開発されたエネルギースペクトル分析装置は検出器部分にCZT半導体※3を用いることにより、冷却が不要となり装置を小型化させ可搬型にすることに成功しました。また、高線量率γ線環境下でも測定できるようになりました。

開発技術の概要

「ハイドーズ・アイ」(図1)は高線量率γ線環境下でγ線スペクトルの自動測定を目的に開発されました。検出器には冷却が不要なKromek社(英国)製CZT半導体検出器を使用し、この平板状検出器を積層化したことにより、高エネルギーγ線まで分析が可能となりました。測定できるγ線のエネルギーの範囲は3001333keVで、I-131、Cs-134、137、Co-60など放射線・原子力の事故時などに検出される代表的な核種が測定できます。

検出に使用されているセンサは高分解能であるにもかかわらず、超小型であるため、手で持てる重量の範囲内で鉛シールドを厚くすることができました。そのためγ線線量率が50mSv/hを超えるような場所でもエネルギー分析が可能となりました。

測定結果

5月19日、東京電力(株)並びに東電環境エンジニアリング株式会社が試験的に「ハイドーズ・アイ」を用いて、東京電力(株)福島第一原子力発電所敷地内に散乱する瓦礫のγ線エネルギー分析を実施しました。その結果当初の想定とは異なり、放射性ヨウ素は検出されず、識別可能なγ線はCs-137とCs-134のみで、その結果、高い空間線量率を与えるγ線はCs-137とCs-134であることが確認されました。(図2)

研究の効果と今後の見込み

この検出器は現在パソコンに接続して使用しますが、次段階では無線モジュールと一体化し、原子炉建屋等に投入するロボットに直接搭載可能なシステムを検討しております。

この無線システムは中継器を介して携帯端末とつながり、任意の場所からγ線スペクトル測定の制御とデータ収集が可能になると考えられます。

また、本スペクトロメータを量産化することにより、専門性を必要とするγ線エネルギー分析が、市販の携帯端末で容易にできる時代を迎えられるものと期待しております。

現時点での検出器は本年10月頃からの市販化を目指して特性データを取得中であり、携帯端末との接続型は2012年3月を目標にシステム設計を進めております。

ハイドーズアイの外観写真
図1 ハイドーズアイの外観写真
検出器からマルチチャンネルアナライザーまでの測定系一式は重量は15kg、直径11.0cm、長さ14.5cm、厚さ4.0cm鉛シールド内に収められています。USBケーブルからの電力供給のみによる使用が可能で、1本のケーブルをノートパソコンに接続するのみで計測が可能となっています。

瓦礫のγ線エネルギースペクトル(対数軸表示) 左下は主要ピーク拡大図(リニア軸表示)

図2: 瓦礫のγ線エネルギースペクトル(対数軸表示)左下は主要ピーク拡大図(リニア軸表示)

1カ所あたり5分間、測定しました。対象とした瓦礫の表面線量率は18mSv/h、検出器位置での線量率は約2.7mSv/hです。ここで、γ線エネルギースペクトルの左端に見られるk-X線ピークは、「ハイドーズ・アイ」のシールドに含まれる鉛が周辺のγ線により励起されて発生した特性X線です。放射性ヨウ素(I-131)が存在すれば、そのピークが見られるはずですが、減衰のため、測定限界以下となっております。

用語解説

※1 γ線スペクトロメータ

放射線を検出する装置の一つで、検出されたγ線のエネルギーの分布を波形(スペクトル)で示すことができる装置です。通常のスペクトルは横軸にγ線のエネルギー、縦軸に測定中にカウントされた数を示します。

放射性核種は、その核種に特有のエネルギーを持ったγ線を放出します。そのため測定されたγ線のエネルギーを調べることによって、そこに存在する放射性核種を調べることができます。

※2 エネルギー分解能

その装置で放射線のエネルギーを識別できる能力をいいます。この数値が小さいほど、精密に測定することができます。今回の検出器ではNaIシンチレーションサーベイメータよりも高い分解能を持っています。

※3 CZT半導体

カドミウム、亜鉛、テルル(CdZnTe)から作られた半導体のこと(正式な化学式はCd1-χZnχTe)。比較的原子番号が高く密度もやや高いところから、やや放射線を捉えやすくなっています。半導体検出器は一般に、半導体に電圧をかけて、電離させやすい状態にし、検出器内で放射線を電気信号に直接変換します。そのため非常にコンパクトで高い検出効率能を持ちます。

※4 eV(電子ボルト)

エネルギーの単位。定義は「1Vの電位差がある自由空間内で電子一つが得るエネルギー」とされ、1eVはおよそ1.602×10-19Jである。放射線(α線、β線、γ線)のエネルギーを示すときにも用いられます。

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