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千葉地区共通情報

世界最高速3次元スキャニング照射法を用いた治療を開始

掲載日:2018年12月26日更新
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世界最高速3次元スキャニング照射法を用いた治療を開始-日本発の次世代型重粒子線がん治療,新たな展開へ-

平成23年6月22日
独立行政法人 放射線医学総合研究所(理事長:米倉 義晴)
鎌田 正 重粒子医科学センター長

ポイント

新治療研究棟に設置された高速3次元スキャニング照射装置による重粒子線※1がん治療を2011年5月17日より開始し、6月10日に1人目の患者の治療を終了した。

独立行政法人放射線医学総合研究所(以下「放医研」)重粒子医科学センター※2では、新治療研究棟※3において、高速3次元スキャニング照射法による新しい治療システムを完成させました。1例目の患者さんへの重粒子線がん治療を、2011年5月17日より開始し、6月10日に終了いたしました。なお、2例目以降の患者さんの治療も既に開始しており、半年間程度10数名の患者さんに対して臨床試験を実施した後に、先進医療に移行する予定です。

今回の臨床試験に用いた治療システムは、複雑な形の病巣にも高速(最高で従来の100倍の速度)に照射可能で、さらなる線量の集中性および副作用の低減を実現できることから、日帰り治療の実現に向けた治療期間のさらなる短期化につながるものです。これらの成果は、日本発の重粒子線がん治療技術が世界に展開するうえで、重要なステップになります。

研究の成果

高速3次元スキャニング照射装置を中心とする新しい治療システムを備えた新治療研究棟の治療室の整備が完了したことを受けて、1例目の患者さんへの重粒子線治療を、2011年5月17日より開始し、6月10日に終了いたしました。1例目の患者さんは骨盤領域のがんの方で、4週間にわたり16回の3次元スキャニング照射法による重粒子線の治療を受けられました。2例目以降では骨盤領域の他、頭頸部領域の患者さんの治療も開始し、全て順調に治療が進んでいます。今後半年程度を目処に、治療人数が10数名に達するまで臨床試験を実施し、先進医療に移行する予定です。

照射領域が計画通りであることを確認するために、重粒子線照射によって体内に生じ、短期間で消失する放射性同位元素の分布をPET※4で撮像しました(図1参照)。その結果、1例目の患者さんで計画した領域に重粒子線が照射できていることが確認できました。

3次元スキャニング照射装置による重粒子線治療は国内初であり、国際的にもドイツの2施設(GSI※5、ハイデルベルク大学)に次ぐものです。また、重粒子線治療で拡大ビーム照射法と、スキャニング照射法の選択ができる施設は、世界で初めてです。

図の上方向から入射するビームを受けた患者さんの身体のPET-CTによる横断面画像。黄色の領域が治療ターゲットを、緑色の線が治療計画で設定した線量分布等高線(50%ライン)を示しています

図1 図の上方向から入射するビームを受けた患者さんの身体のPET-CTによる横断面画像。黄色の領域が治療ターゲットを、緑色の線が治療計画で設定した線量分布等高線(50%ライン)を示しています。PETによって測定した、放射性同位元素の集積度を白色の濃淡で示しており、これが計画領域(緑色の線)とほぼ一致していることがわかります。

拡大ビーム照射法(上図)と3次元スキャニング照射法(下図)の概念図

図2 拡大ビーム照射法(上図)と3次元スキャニング照射法(下図)の概念図。上図では、正常組織への線量付与があるのに対し、下図では腫瘍の形に合わせて照射ができることがわかります。

3次元スキャニング照射について

従来の拡大ビーム照射法(図2上参照)では、加速器からのビームを一旦腫瘍のサイズよりも大きく広げた上で、コリメータ・ボーラスなどを使用して、腫瘍の形に成形するものでした。これは、シンプルで安定しているというメリットがある反面、ある程度正常組織への照射が避けられず、複雑な形状の腫瘍への対応が困難であるという欠点がありました。

これに対し、今回の治療に用いました3次元スキャニング照射とは、1cm程度の細いビームで腫瘍の形に合わせて塗りつぶすように照射する方法です(図2下参照)。図3は患者さんの治療中に、照射している重粒子線をセンサーでとらえたものです。がんの形状に合わせて重粒子線を集中させていることがわかります。これにより、従来の拡大ビーム照射法では対応が難しかった複雑な形の病巣でも照射可能となるとともに、正常組織への照射を減らせるため、副作用の低減に寄与します。これは治療照射一回あたりの照射線量の増大を可能とし、治療期間の更なる短期化につながるものです。

今回使用した3次元スキャニング照射装置では、治療計画装置の最適化と合わせて、重粒子線の照射速度を従来の100倍まで高めることに成功しました。

1例目の患者さん治療時の重粒子線をセンターでとらえた画像

図3 1例目の患者さん治療時の重粒子線をセンターでとらえた画像。スポットの動きをリアルタイムに表示(左図)するとともに、断面ごとの積算照射量も表示(右図)しています。

この照射速度は世界最速であり、これまで拡大ビーム照射法に比べて1回の照射時間が、長いと言われてきたスキャニング照射法においても、拡大ビーム照射法と同程度の時間で照射を終えることができるようになりました。実際、1例目の患者さんの1回の照射時間は1分程度でした。これは患者さんの負担の軽減と、重粒子線治療の効率化に寄与するものです。

1例目の患者さんの治療に使用された治療室

図4 1例目の患者さんの治療に使用された治療室。ロボットアームの先につけられた治療天板に患者さんが横たわり、上部または側面から重粒子線照射を受けます。

治療室について

今回の治療に使用した治療室には、上記の治療装置に加えて、ロボットアームで作動する治療台が設置されています(図4参照)。患者さんは、この上に固定され、上部または側面から重粒子線が照射されます。この治療台とX線による位置決めシステムにより、患者さんの照射位置を精度よく迅速に決めることが可能になり、重粒子線治療の精度の向上と効率化に寄与しています。

今後の展望

3次元スキャニング照射装置を中心とした新しい治療システムを用いた重粒子線がん治療により、従来以上に副作用が抑えられ、重粒子治療の効率化が見込めます。これは、日帰り治療の実現に向けた治療期間のさらなる短期化につながるものであり、多くの人に重粒子線がん治療を受けていただける大きな一歩となるものです。

また、今後は4次元CT※6などの技術と組み合わせることで、呼吸などで動く部位に対する3次元スキャニング照射の臨床研究なども進めていく予定です。呼吸同期照射法を組み合わせた3次元スキャニング照射技術は世界初の技術であり、今後日本発の重粒子線がん治療技術を世界に展開するうえで、重要なステップとなると考えています。

用語解説

※1 重粒子線

原子番号がヘリウム以上の元素をイオン化し、それを加速器で高速に加速して作られる放射線の一種。放医研では炭素イオンを加速して重粒子線(炭素線)としている。このプレスリリースでは、「重粒子線」は「炭素線」を示す。

※2 重粒子医科学センター

放医研の5つの研究センターの1つで、主に、炭素イオンを加速器で高速に加速して作られる重粒子線によるがん治療および関連の研究開発などを行っている部署である。重粒子線による最先端の放射線治療を主導する研究機関として、治療法のさらなる高度化と全国的な普及を目指した研究開発に取り組んでいる。同センターで行っている重粒子線がん治療は、厚生労働省の先進医療として承認され、平成6年の治療開始以来、登録患者数は6,009名(平成23年5月末現在)であり、年々増加している。

※3 新治療研究棟

HIMACが設置されている重粒子線棟の隣に建てられた重粒子線がん治療専用施設で、内部には水平・垂直照射ポートを備えた治療室が2室ある。重粒子線はHIMACから供給されるため、重粒子線棟とはビームを引き込むための地下トンネルでつながれている。

なお、HIMACとはHeavy Ion Medical Accelerator in Chibaの略称で、重粒子線がん治療装置のことを示す。重粒子線によるがん治療では、加速器により炭素イオンを最終的に光速の約70%まで加速し、がん病巣に照射する。本装置は医療用としては世界初の重粒子線加速器で1993年に完成した。

※4 PET

PETとはPositron Emission Tomographyの略称で、陽電子断層撮像法のこと。PET装置は、画像診断装置の一種で陽電子を検出することにより様々な病態や生体内物質の挙動をコンピューター処理によって画像化する。重粒子線の照射を行うと、照射された組織が放射化されて一時的に放射線を出すようになる。このためPETを用いると重粒子線が照射された部分を確認することができる。

※5 GSI

ドイツ・ダルムシュタットにある重イオン科学研究所。原子核実験用の重イオンシンクロトロンを使って、ハイデルベルクにあるがんセンターと協力し、炭素イオンを使った重粒子線治療を1997年に開始した。開始当初より頭蓋底および頭頸部のがん治療に3次元スキャニング照射法を使用している。

※6 4次元CT

呼吸によって動く臓器や心臓などの立体構造をX線によって画像化し、その時間変化を観ることができる技術。静止した立体(3次元)に時間の次元を加えるという意味で、4次元CTと命名されている。

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