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福島県上空の民間航空機内で環境放射線を測定

掲載日:2018年12月26日更新
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福島県上空の民間航空機内で環境放射線を測定
-飛行中の機内で放射性物質の増加は認められず-

2011年8月5日
独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長:米倉義晴)
放射線防護研究センター規制科学研究プログラム 保田浩志チームリーダー

本研究成果のポイント

  • 福島県上空を飛行する民間航空機内の放射性物質の種類を確認できるガンマ線エネルギースペクトルを初めて実測
  • 上空飛行中の機内において東京電力(株)福島第一原子力発電所事故由来の放射性物質は検出されず、放射線量は平常時と同等であることを確認

独立行政法人放射線医学総合研究所(以下、放医研)放射線防護研究センター規制科学研究プログラム(米原英典プログラムリーダー)の保田浩志チームリーダーらは、2011年5月、福島県上空を飛行する民間航空機内において放射線の実測を繰り返し行い、得られたデータを解析した結果、東京電力株式会社福島第一原子力発電所(以下、東電福島第一原発)周辺の上空を飛行する間に東電福島第一原発の事故由来の放射性物質は認められず、機内で受ける放射線量は平常時と同等であることを確認しました。

本測定の成果は、放射線防護の観点から航空飛行の安全性を確認するとともに、東電福島第一原発から放出された放射性物質は民間航空機の飛行高度でもある対流圏上部(高度10Km~12Km)にはほとんど存在していない事を示しています。

研究の背景と目的

東電福島第一原発事故(以下、原発事故)の発生により、環境へ放出された放射性物質による被ばくに関して国民の不安が高まっています。地表面及びその付近の高さに関しては情報があるものの、旅客機が飛行する高度(10Km~12Km)に関しての情報は今まで取られていませんでした。放医研では、そうした不安を背景として、本邦航空会社の多くが加盟している定期航空協会からの要請を受け、福島県周辺の空域を飛行する民間旅客機内の放射線環境を把握し、航空飛行の安全を確認することを目的として実施しました。

研究手法と結果

2011年5月11日、18日、31日の羽田-札幌便※1往復及び比較として5月25日の羽田-福岡便往復の旅客機内において、ガンマ線スペクトロメータ※2(EMFジャパン社製EMF211型)を用いて空間ガンマ線のエネルギースペクトルを実測しました。同測定器の外観を図1に示します。

使用した測定器
図1:使用した測定器

3インチの円柱型NaI(Tl)シンチレータ※3に高圧電源・アンプ等が一体化したプローブ及びこれとUSB接続されたモバイルPCからなる、専用の制御ソフトウェアにより、あらかじめ定めた時間間隔でスペクトルデータを連続自動取得する機能を持つ。

測定結果は、いずれの便においても同様で、上空飛行中の機内では人工放射性物質由来のガンマ線の増加は認められませんでした。510keV※4付近にピークが観測されましたが、飛行位置(経度・緯度)に関係なく上空でのみ現れたことから、宇宙線による消滅ガンマ線※5(511keV)であり、機内に入り込んだ放射性物質に由来するものではないと判断されます。一例として、5月31日の羽田-札幌便で飛行中に得られたエネルギースペクトルを図2に示します。

5月31日に東京(羽田空港)から札幌(新千歳空港)へ飛行中の機内で測定した時のガンマ線スペクトル
図2:5月31日に東京(羽田空港)から札幌(新千歳空港)へ飛行中の機内で測定した時のガンマ線スペクトル。

横軸はガンマ線のエネルギーを示し、最大は10MeVのエネルギーである。縦軸はそのエネルギーが6分間に測定された回数を示す。飛行する一(緯度・経度)や高度によって値は変化するものの、510keV付近に消滅ガンマ線のピークが見られるだけで、原発事故による放射性物質のピークは見られない。なお、東電福島第一原発にもっとも近づいたのは、11時半頃で、水平距離にして約70Km、そのときの高度は約11Kmである。

また約3MeVまでの成分を詳細に観察しても、510keV付近以外にピークは見られませんでした。(図3)

札幌(新千歳空港)から東京(羽田空港)および福岡から東京へ飛行中の機内で得られた約3MeVまでのガンマ線スペクトル
図3:札幌(新千歳空港)から東京(羽田空港)および福岡から東京へ飛行中の機内で得られた約3MeVまでのガンマ線スペクトル。

縦軸は横軸に該当するエネルギーが3分間に測定された回数を示す。スペクトルに航路による違いは認められず、消滅ガンマ線のピークだけが見られ、原発事故による放射性物質のピークは見られない。なお、東電福島第一原発にもっとも近づいたのは、14時20分頃で、水平距離にして約50Km、そのときの高度は約12Kmである。

一方、新千歳空港に停機中の機内(図4)及び福岡空港に停機中の機内(省略)、羽田空港や新千歳空港の登場ロビー(図4、5)では、放射性セシウムのピークは認められませんでした。羽田空港に停機中の機内では、ごく微量の放射性セシウム(Cs-137:662keV、Cs-134:605keV,796keV)※6が検出されましたが(図5)、停機中の機内と搭乗ロビーにおける放射性セシウム由来のガンマ線の線量の差は毎時4nSv程度(年に換算すると35μSv程度、自然界の放射線から普段受けている放射線の量の2%程度)と小さく、この状況で長時間過ごしたとしても、健康上問題となるようなレベルではありません。

5月31日新千歳空港(搭乗ロビー及び停機中機内)で5分間の測定により得られたガンマ線スペクトル(~3MeV)。
図4:5月31日新千歳空港(搭乗ロビー及び停機中機内)で5分間の測定により得られたガンマ線スペクトル(~3MeV)。

Bi-214(609keV)やTl-208(2615keV)、K-40(1461keV)といった、建材等に含まれる自然起因の放射性核種は検出されたが、放射性セシウム及び消滅ガンマ線(510keV付近)のピークは見られない。

5月31日、羽田空港(搭乗ロビー及び停機中機内)で3分間の測定により得られたガンマ線スペクトル(~3MeV)。
図5:5月31日、羽田空港(搭乗ロビー及び停機中機内)で3分間の測定により得られたガンマ線スペクトル(~3MeV)。

機内ではCs-137(662keV)、Cs-134(605keV、796keV)などの放射性セシウムの他にBi-214(609keV)やTl-208(2615keV)、K-40(1461keV)といった、建材等に含まれる自然起因の放射性核種は検出されたが、消滅ガンマ線(510keV付近)のピークは見られない。ロビーでは放射性セシウムは見られない。

本研究の成果と今後の展望

本測定により、2011年5月時点における東電福島第一原発周辺上空を飛行中の民間航空機内では、原発事故に由来する放射性物質は検出されず、放射線量は平常時と同等であることが確認されました。この成果は、東電福島第一原発から放出された放射性物質は、対流圏上部(高度10Km~12Km)にはほとんど存在していないことを意味し、航空飛行の安全性が確認されたと言えます。

今後は、東電福島第一原発の状態を注視しながら、必要に応じて測定を行うことを検討しています。

用語解説

※1 羽田-札幌便

この航路は、羽田空港を出発し、福島県上空(東電福島第一原発より約70Km西)を高度11~12Kmで通過、約1時間半後に札幌・新千歳空港に到着する。復路(札幌-羽田便)も同様のルート(東電福島第一原発より約50Km西方)を取り、飛行時間もほぼ同じである。

※2 ガンマ線スペクトロメータ

放射線を検出する装置の一つで、検出されたガンマ線のエネルギーの分布を波形(スペクトル)で示すことができる装置である。通常のスペクトルは横軸にガンマ線のエネルギー、縦軸に測定中カウントされた数を示す。放射性物質は、その核種に特有のエネルギーを持ったガンマ線を放出する。そのため測定されたガンマ線のエネルギーを調べることによって、そこに存在する放射性核種を調べることができる。

※3 円柱型NaI(Tl)シンチレータ

シンチレータとは放射線が当たることで蛍光を発する物質をいう。放射線が物質を通過する際に、その物質の中の分子の周囲を回っている電子にエネルギーを与えるが、その電子は10万分の1秒から10億分の1秒という短い時間で元の状態に戻り、このときに持っていたエネルギーを目に見えないくらいわずかな光として放出する。この光をシンチレーション光と呼ぶ。ヨウ化ナトリウム(NaI)にタリウムを混ぜて作った結晶は、シンチレータとしての性質を持ち、検出器として利用できる。主としてガンマ線の測定に用いられるので混ぜられるタリウムはガンマ線をうまく捉えるために用いられる。またシンチレーション光をうまく捉えるために高圧電源、アンプを使用する。

※4 eV(電子ボルト)

エネルギーの単位。定義は「1Vの電位差がある自由空間内で電子一つが得るエネルギー」とされ、1eVはおよそ1.602×10-19Jである。放射線(アルファ線、ベータ線、ガンマ線)のエネルギーを示すときにも用いられる。

※5 消滅ガンマ線

電子と陽電子(絶対量が電子と等しいプラスの電荷を持つ他は電子と等しいあらゆる特徴を持つ粒子)が衝突して消滅することにより発生するガンマ線。電子の静止エネルギーに等しい約511keVのエネルギーを持つ。

※6 放射性セシウム

原子力発電の燃料であるウランなどが核分裂反応を起こして生成される放射性核種。東電福島第一原発の事故では、半減期が約2年のセシウム134及び半減期が約30年のセシウム137(いずれもバリウムの同位体を経てガンマ線を放出)等が環境に放出され、土壌や汚泥などの長期汚染が問題になっている。

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